19 捕らわれて
気がついたら、知らない部屋の床に転がっていた。
背中が冷たい。廃屋だろうか。カビ臭くて、息をするのも嫌になる。
「アリー! 気がついたか!」
声で少し安心した。ルッツだ。
でも、そのルッツも縛られていた。何が起こってるの?
「大人しくしててくださいよ。怪我しますぜ」
ナイフを持った御者が、無表情に言った。
「俺の警戒が甘かった。すまない」
ルッツが低くつぶやく。
「ううん。きっと父が助けてくれるわ」
期待は出来ない。でも、そうでも言わないと、心が折れそうだ。
「それはどうでしょうね」
その声に、体が固まる。
アランが入ってきた。いつも通りの笑顔。どうして? 信じられなかった。
「アラン! これはなんだよ!?」
「だからお前は二流なんですよ、ルッツ。ボスに認められない甘ちゃんだ」
「俺が何をした!」
「私はね、ボスのためなら何でもします。命だって惜しくない」
「こんなことして! 父が知ったら、あなた……!」
「殺されますね……ふふふ」
アランは椅子に腰をかけて、優雅に脚を組む。
「いいですか、お嬢様。あなたには縁談がある。ボスが勧めようとしているんです。でもね、ルッツが邪魔なんですよ」
「はぁ? なんでよ! ルッツはただの友達よ」
そう言いながら、アランが私の気持ちに気づいているのがわかった。
「そ、そうだ。俺は関係ねえだろ!」
アランが口の端を上げた。
「かわいそうなルッツ。ペットにまで成り下がったのに、結局は“お嬢様の友達”止まりとは」
「ペットって何よそれ? ルッツは大事な親友よ!」
「レッドリバー伯爵家から『黒豹の捜索依頼』がありましてね。ボスは『娘のペットなので手出し無用』と返事を出しました」
「ルッツ……?」
「はぁ……お前の護衛を願い出たら、ペットになれってボスが言ったんだ。それだけだ」
「それでずっと黒豹のままで……バカなの?」
「うるせー! バカじゃねぇわ!」
アランはクスクス笑う。
「バカですよ。だってお嬢様のためにタマを一つ取ったんですから」
私の時間が一瞬止まった。
──え? タマ? え?
「アラン! てめえ殺すぞ!」
「タマ? どういうこと? 説明して!」
アランが肩をすくめる。
「だから、お嬢様はルッツの《番》なんですよ。つまり──運命のつがい。なのにお嬢様はダリオンと結婚してしまった。ルッツは辛くて耐え切れなかったんですよ」
《番》。
その言葉が、胸の奥で破裂した。
私がルッツの番? そうなの?
「ルッツ……あんた、私のこと……好きだったんだ?!」
声が震えた。
「そうだよ。悪いか! アラン、俺を殺せ。アリーを解放しろ。こいつは俺を嫌ってる」
目が熱くなる。こんな時なのに、涙がこぼれそう。
「ううん。嫌ってない。好き。……大好き」
「このアホ! 黙ってろ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るルッツを見たら、余計に泣けた。
アランが腹を抱えて笑い出した。
「ははっ、いいですねぇ。恋と絶望が隣り合わせだ。あははは……」
その笑い声が壁に反射して、私の鼓動をかき乱す。
「お嬢様、縁談を承諾して下さればルッツは開放しますよ?」
「嘘言わないで。どうせルッツを始末するつもりでしょ。殺すなら、私も一緒に殺してよ」
「ふざけんなよ。アリーは生き残れ!」
「いやよ。一緒に死ぬわ!」
「ダメだ! 絶対ダメだ! 最後くらい俺に守らせろ!」
……そんな言葉、ずるい。縛られてなきゃ、抱きしめてた。
叔母さんの言葉が頭をよぎる。私はルッツが欲しい。心の底から。
「……という事です。もういいでしょう」
急にアランの声が優しくなった。
すると、御者が私達の縄を切った。
「この野郎!」
ルッツがアランに飛び掛かる。でも、あっさり蹴り飛ばされた。
「まぁまぁ。落ち着いて。これは二人のためですから」
アランの飄々とした声が、今はただ腹立たしい。
――その時。
「お前たちには死んでもらった」
父が入ってきた。静かな声で、物騒なことを言いながら。
「なんで過去形なの? まだ生きてますけど?」
「俺への報復にアリーも狙われている。だからお前は死ななければならん」
レッドリバーでも、狙われていたのは知ってる。
……でも、これはいったいなんなのよ?
「チッ、初めからそう言えっての。こんな芝居、必要ねぇだろう」
「お前がヘタレだから、こうしたんです。お嬢様にも危険を実感してもらえたでしょう?」
「十分よ。心臓止まるかと思った」
アランが満足そうにうなずく。
「馬車が襲撃され、お嬢様とルッツは死亡したと発表します。身代わりの遺体も手配済みです。これからは別人として生きてください」
「身代わりの……遺体?」
「死刑囚です。ご安心を」
安心なんて、できないわよ。やっぱりこの世界は恐ろしい。
報復に次ぐ報復。いつ終わるとも知れない。
それでも――ルッツが一緒なら別人でもなんでも、生き延びてやる。
読んで頂いて有難うございました。




