17 ミリオンとエリザ
ルッツは人の姿に戻っていて、自分の荷物のある部屋のベッドに寝転がっていた。
──もちろん、布団の下は裸。
「ルッツ、やっと話せるわね。どうなってるの?」
「ボスの命令だよ。決まってんだろ」
その返事にムッとしていると、エリザが勝手に入ってきた。
「ねぇ、黒豹見なかった? ルッツ? なんで同じ名前なの?」
「知らねーよ。出てけ」
「いやだ。あなた、傭兵でしょ? 黒豹探しなさい、命令よ!」
「はぁ?」
ルッツは布団を跳ねのけて立ち上がった。
「いやぁぁああーーーっ!」
エリザの悲鳴が宿中に響いた。──まぁ、無理もない。裸だもん。
「もう、早く服を着てちょうだい。目の毒だわ」
「うるせぇ」
ルッツはそのままスタスタと荷物の方へ歩いていく。
……ああ、でもその引き締まった背中、いや、ヒップライン……。思わず目を逸らした。
「行くぞ」
振り向いた彼は、いつものチンピラスタイルに戻っていた。
「その派手なシャツ、どこで買うの? ボタン取れてるけど」
「スラムの古着屋の売れ残りだよ。服なんて着られりゃいいんだ」
「今度、服を買ってあげる。前にビルド商店で買ってもらったお返しにね」
「……おう、悪くねぇな」
ちょっと照れたように笑うルッツ。その顔を見たら、なんか嬉しくなった。
──と、その時。廊下をドタドタと走る音が近づいてきた。
「妹を襲ったのはお前か! 捕らえろ!」
ミリオンだ。護衛がルッツに飛びかかる。
けど、一瞬で全員、返り討ちにあった。
「若様よぉ。こんなんで護衛とか笑わせんな」
「なっ……貴様、強いな。私の護衛にしてやる」
──ああ、こんなのが次の領主になるとか、この街終わるな。
「俺は王都の情報ギルド所属だ。話はそっちに通せ。言っとくが、俺は安くねぇぞ?」
ルッツがそう言って睨みつけると、ミリオンの顔は引きつった。
空気がピリついたその瞬間。
「それより黒豹はどこよ! 早く探してよ!」
エリザの声で、空気がふっと緩んだ。
「お探しの件は、王都の情報ギルドへどうぞ。私も所属しているから、依頼は受け付けるわ」
私がそう言うと、ミリオンの顔が青ざめた。
「……お前たち、情報ギルド員か。関わると厄介だ。帰るぞ」
「えぇー! あの黒豹が欲しいのに!」
「今は我慢するんだ」
そう言って、急いでミリオンはエリザを引きずって帰っていった。
情報ギルドの悪名は、やっぱりこの辺まで届いてるんだな。
……そりゃそうか。あのキスリー侯爵家を潰した組織だもん。
「やっと静かになったねぇ。一時はどうなるかと思ったよ」
叔母さんは外に向かって塩を撒いている。
「アリー、王都に戻ろうぜ。あいつら、また来る。宿屋に迷惑かけるぞ」
「そうね、帰ろっか。叔母さん、迷惑かけてごめんね」
「迷惑なんて思ってないさ。アリーが帰ると、また寂しくなるねぇ。いつでも戻っておいで」
叔母さんが私をぎゅっと抱きしめる。
本当は、まだ帰りたくなかった。
子どものいない叔母夫婦は、私を娘みたいに大事にしてくれるから。
「また帰ってくるよ」
私もそっと抱き返した。
***
父に連絡して三日経ったこの日、
私はルッツを連れて街の洋服店に向かっていた。
「なんか、デートみたいね」
軽く腕を組もうとしたら、スッと避けられた。地味に傷つく。
三歩前を歩くルッツの背中を見つめながら思う。
──私はこの背中を、これからも追ったままなんだろうか。
その隣に知らない女の人が立つ姿を想像したら、胸がチクッと痛んだ。
……いや、ダメ。ルッツにおしゃれなんて必要ない。
今の襟ナシ、チンピラスタイルで十分。女性除けになるし!
本当のところ、ルッツ自身の素材は最高なんだ。
磨けば、きっと誰よりも光る。
「何ブツブツ言ってんだよ。金あんのか?」
「あるよ。紫の、ラメ入りのシャツ買ってあげる」
「お、いいじゃんそれ」
「あと、ダボダボのパンツもね」
「それは楽でいいな」
……マジか?
冗談のつもりだったんだけど。
街角の洋服店に着くと、女性店員はルッツに似合いそうなシャツを次々出してきた。
「こちらなんてどうですか?」
「フリル? 女みたいだな、いらねぇ。白は汚れるし、ボタン多いのもダルい」
ルッツは一枚ずつ文句を言いながら放っていく。
私は無難な紺色とグレーを手に取って差し出した。
「これとか、似合うと思うけど」
「お前がいいならそれでいいよ」
うーん。なんか違う。
「やっぱりルッツっぽくないね。これにしよ」
私が指さしたのは、深紅のシルクシャツ。襟の形がちょっと変わってるやつ。
「パンツはこれ。試着してみて」
黒地に細いグレーのストライプ。冬用にはベージュのトレンチコート。
革靴も黒。全部そろえた瞬間――やばい、カッコよすぎる。
「まぁ、とてもお似合いです!」
店員さんの頬が一瞬で赤くなった。あ、これ、やりすぎたかも。
「悪くねぇけど……お前、金大丈夫か?」
「父にもらってるから余裕。次はアクセサリーね」
お揃いの、ちょっとしたやつでいい。
もちろん、ルッツには内緒で。




