15 ルッツ視点
馬車がガタゴト動き出すと、アリーが早速口を尖らせた。
「もう、話せないと退屈じゃないの。ルッツ、戻ってよ!」
俺は無言で尻尾だけ振った。黒豹のままでいるしかない。
──昨夜のことを思い出す。
俺はボスに頭を下げた。
『アリーをレッドリバーまで護衛させてください』
でもボスは腕を組んだまま首を横に振った。
『もっと腕の立つ護衛を付ける。おまえは不要だ』
胸の奥がぐっと詰まる。
それでも食い下がる俺に、ボスの声は冷たかった。
『アリーがおまえの《番》なのは知っている。だが、俺は娘を獣人にやる気はない』
俺はボスに恩もあるし、尊敬もしてる。でも恐れてもいる。
甘いのは娘のアリーにだけで、アランにすら時々、冷酷な顔を見せる人だ。
『じゃあ、なぜダリオンとの結婚を黙認したんですか』
恐る恐る尋ねると、ボスは苦い顔をした。
『ダリオンは最初からアリーを騙していたからだ。気付けばすぐ別れると思ったが、あのバカ娘は四年も信じ続けた』
胸が痛んだ。アリーがそれだけダリオンを愛していた証拠だ。
『ふん、だからダリオンは許さない。誘拐されてもギリギリまで生かしておいた。今後は死ぬより辛い目に遭わせ、一生償わせてやる』
ダリオンの発見、わざと遅らせたのか。背筋が冷えた。本物の冷酷さだ。
『ダリオンの実家の家族もそれなりに償ってもらう。それなりにな……』
そう言うと、ボスは改めて俺の顔を見た。挑むような目で。
『娘が戻れば、俺の後を継ぐにふさわしい相手と婚姻を結ばせる。おまえがまとわりつくのは迷惑だ』
『俺は、アリーと結婚したいなんて言ってません。ただ、護衛だけさせてください』
その時、後ろに立っていたアランがぼそっと言った。
『アリーお嬢さんの気持ちは、どうなんでしょうね』
ボスは即答した。
『ダリオンに惚れて結婚したくらいだ、ルッツなんて仲間程度の認識だろう』
図星だった。俺はアリーの新しい恋の予定にも入っていない。
黙ってうつむく俺に、ボスは追い打ちをかける。
『そんなにアリーのそばに居たいなら、ペットにでもなればいい』
冗談で言ったのかもしれない。でもそれは俺の尊厳をひどく傷つけた。
『俺は獣人ですけど、ボスと……どう違うんですか? アリーに相応しくないと言うなら、俺に足りないものは何ですか』
睨み返した俺と、ボスの後方にいるアランの目が合う。
アランは首を振って合図した──逆らうな、というサイン。
でももう引き下がれなかった。
『逆に聞きたい。おまえがアリーに相応しい理由はなんだ?』
『俺が一番、アリーを好きだからです!』
口にした瞬間、目を閉じた。──終わった、殺される。
だがボスは興味無さそうな声で、俺に命令した。
『くだらん、もう下がれ。ペットが嫌なら諦めろ』
そのまま部屋から追い出された。
思い返すたび、腹の奥が煮え立って、初めてボスを恨んだ。
──そして今朝。
気づけば荷造りしてた。尊厳なんて、とっくに捨てて。
くそ、俺、マジで頭おかしい。
アリーと離れるくらいなら、ペットでも何でもなる。
獣人の《番》って、こういう悲しい性なのかもしれない。
アランに「ヘタレ」って笑われても構わない。
俺は護衛ペットになる道を選んだ。だから、ずっと黒豹のままでいるんだ。
──そんなこと、アリーには絶対知られたくない。
「戻ってくれないと、ファルって呼ぶわよ?」
──ああ、うるせえ。
「もう! ルッツってば、なんとか言ってよ!」
──言えるかよ。お前のペットになったなんてよぉ!
レッドリバーの街に着いたのは夜だった。
アリーはすこぶる機嫌が悪い。
「ルッツ、着いたわよ。自分の荷物持ちなさいよ」
俺はストンと馬車から飛び降り、あたりを警戒する。
「それって新たな嫌がらせ? もう十分なんだけど?」
──俺はお前の護衛ペットになったんだ。お前を守ってやる。
だからお前は、俺を可愛がれ──!
読んで頂いて有難うございました。




