11 報復
ファルは、ルッツだった。
好きと嫌いがぐちゃぐちゃになってる。正直、好きの方が大きい。最近のルッツは昔ほどひどくない。父さんの命令だとしても、体を張って私を守ってくれたことには感謝してる。
でも今は、ファルの姿で私の部屋に伏せて、目も合わせない。無視してる。
「ファルってば、今日は冷たいね」
首に手を回す。いつもなら喉を鳴らして擦り寄るのに、横を向いたまま聞こえないふりだ。ふわっと、胸が痛む。
──ああ、これはルッツなんだ。知らないで何度も抱きしめて、顔にキスした。
ルッツだって、私の顔を舐めた。
「ねぇ、私たちは親友でしょ? 黒豹のときはルッツだってこと忘れるから、今まで通り仲良くしようよ、ファル」
言葉をかけると、ファルがふらりと立ち上がった。ベッドをひらりと飛び越え──ルッツに戻る。
「親友ごっこはもう終わり。ファルなんて最初からいねーよ! 俺はお前のただの護衛だ」
言い方が冷たい。胸がキュッと縮むのを感じる。
「そんな寂しいこと言わないで」
ベッドに上がろうとしたら、「来るなよ!」って全力で拒否された。
「俺、素っ裸だからな。見るんじゃねーよ」
「別に見ても平気よ。ダリオンはいつも裸で寝てたし」
「え、あいつと一緒に寝てたのか?」
「うん。だって夫婦のつもりだったから」
軽く交わした“おやすみ”のキス。騙されたのも知らず──あの頃は単純に、キスひとつで幸せだった。
「チッ!」
ルッツは舌打ちして服を着始め、私は彼の体に残っている痛々しい傷跡を見ていた。
するとルッツはぽつりと呟いた。
「お前の愛するダリオンとのケリが一気につくぜ。ボスは今日、キスリー侯爵家に向かうからな」
「なんで?」
「馬鹿! キスリー侯爵家への報復だ。ボスが襲撃されて黙ってるわけねーだろ」
胸がざわついて、なぜかジッとしてられない気分になる。
「ルッツ、私たちも行こう」
「は? 何言ってんの。お前はここで俺と留守番だ」
「ううん、ダリオンだけは、この手で牢屋にぶち込みたいわ!」
「お前がやらなくても、ボスが始末するさ」
父が片付けてくれるのは確かだ。私はそれでいいって半分諦めてた。叔母のところへ帰れば済む話だと思ってた。
でも、考え直す。四年間も騙されてたのに、このままでいいはずがない。
それに、襲撃したのがキスリー侯爵家なら、ダリオンも関わってるかもしれない。襲撃されたあの夜の恐怖が、胸の奥をざわつかせる。あのときルッツがいなかったら、私は死んでた。
「私、守られてばかりじゃダメなのよ」
「別にいいじゃねえか。俺が護衛してやるから」
「違うの。ダリオンたちの中で、私は見下していい人間だって思われてる。そうじゃないって証明したいの!」
ルッツは眉をひそめる。
「証明ねぇ……本気かよ?」
「本気。……見せてやるわ、私が誰なのか」
しばらく考えたルッツが、やっと面倒くさそうに訊いた。
「……で?」
「ルッツ、父たちを追いかけるわよ」
「……はぁ、ほんっとにめんどくせぇ。けど、止めても無駄だろ。そういう顔してる」
私はうなずいた。額に汗がにじむ。怖さより熱さが勝ってる。
「ただし約束しろ。無茶はするなよ」
声が意外と優しくて、「うん」としか言えなかった。
急いで門へ向かう。手にはピッチフォーク。なんだか場違いだけど、これが私の決意の形。
門前には父とアラン、それに屈強なギルド員たちがずらり。馬車が何台も並んでいる。
──あれ、暗殺に行くんじゃなかったの?
正面から堂々と侯爵家へ向かうつもりらしい。情報ギルドとして、ということだ。
父が私を見て、言った。
「アリー……ルッツも来たか」
「待っててくれたの?」
「来なければそれでもいいと思っていた。覚悟を決めたんだな」
情報ギルド長の娘で、裏社会を仕切る父の血筋。そんな立場を、私はもう受け入れるしかないのかもしれない。
「ええ。思い知らせてやるわ」
「それでこそ、俺の娘だ」
父の目がほんの少し笑った。
地味で平凡な娘のつもりだったのに、どうしてこんなに強気になれるのか。
きっと短い滞在で、裏切り、後悔、恐怖、真実――その全部が私の背を押しているんだ。
ルッツと共に馬車に乗り込むと、車輪が軋んで動き出す。
街へ出て道が伸びると、隊は二手に分かれた。
父が告げる。
「ビルド商会の連中にも参加してもらわなくてはならん」
「ダリオンと、決着をつけます」
「いいだろう」
父の顔は、勝利を確信している。私たちの行き先はキスリー侯爵家。そこには、まだ知らない真実が待っている気がする。
ルッツの肩が近い。思わず彼を見ると、目で「大丈夫か?」と訊いてきた。
「うん、大丈夫」
緊張で足は震えているけど、胸は高鳴なっていた。
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