1 夫はどこに?
私はアリー。
小さな村を飛び出して、
今、乗合馬車に揺られている。
夫のダリオンを探しに。
義父母の反対を押し切ってでも、行かなきゃと思った。
「だって、あの人一年も帰ってこないんだよ」
思わず口に出してしまって、前の席のおじさんがこちらをチラリと見た。
でも、そんなこと気にしてられない。
傭兵の彼は一年前、北部の領地戦に行ったまま戻ってこない。
結婚してからだって、帰って来たのは月に三日程度。
傭兵だもの、仕方ない。そう思ってた。
だけど一年もの間、手紙の一通もないのは、仕方ないじゃ済まされない。
心配しないほうがおかしい。
結婚した頃の私は、まだ十六歳の子どもだった。
でも、婚家で四年もこき使われているうちに、すっかり「大人」になった。
あの日、教会でふたりだけの結婚式をした。
指輪すらなかったけど幸せだった。
『君はまだ幼いから、もっと大人になってから夫婦になろう』
そう言われて、初夜すらまだ迎えていない。
『戦争が終わったら、本当の夫婦になろう。待っててほしい』
1年前の言葉を信じて、私は待った。
婚家の嫌がらせにも耐えて。
そう、ダリオンの家族は初めから私を気に入らなかった。
理由は、ダリオン一家は、犬の獣人。
私はただの人間族。
それだけで、私を嫁だとは認めない。
まるで使用人扱いだった。
寝たきりの祖母の世話。畑仕事に家事。
毎日、野菜を町まで運んで、帰りに買い物。
義母はまだ若いのに、腰が痛いからと何もしない。
祖父と義父は山で木の伐採、戻れば酒とタバコ。
「お前なんか、ダリオンに相応しいと思ってるの?」
義母はそう繰り返す。
祖母も「アリーは気が利かないねぇ」って文句ばかり言ってた。
その祖母も半年前に亡くなった。
でも、わかるよ。
だってダリオンは、日焼けが似合う美丈夫。
私はしがない町娘。
小麦色の髪に茶色の瞳。丈夫で働き者なのが、唯一の取り柄。
それでもダリオンは言ってくれた。
『好きだ』って。
私も彼が大好きで……だから、どんな苦労だって我慢できたんだ。
ゴトゴトと、
馬車が向かうのは、レッドリバー街。
メリサ叔母さんが宿屋を営む街だ。
私はそこの看板娘だった。
そして、傭兵ダリオンと出会った。
つややかな黒髪に、優し気な黒い瞳。
一目で、恋に落ちた。
*
半日かけて、ようやくレッドリバー街に着いた。
手紙を出しておいたから、メリサ叔母さんはちゃんと待っていてくれた。
「四年ぶりか。思ったより元気そうで安心したよ」
そう言って、力強く抱きしめてくれる。
「叔母さん……ダリオンが戦争に行って、音信不通なの」
すると叔母さんは眉をひそめた。
「それだけどさ。傭兵ギルドに確認したんだよ。北部で戦争なんてやってないそうだよ」
「え……嘘。だって、前金だって……お金をたくさん義母に渡してたよ?」
「ギルドがそう言うんだから、間違いないだろうね」
頭が真っ白になった。
「それじゃ、ダリオンは……一年も、どこで何をしてるの」
私が黙り込むと、叔母さんが低い声で続けた。
「ダリオン、ギルドを抜けたそうだよ」
「……もう傭兵じゃないの?」
「そういうこと。前はたしか王都のビルド商会の……仕入れ旅の護衛をしてたね」
そうだ。あの人はいろんな場所を旅して、お土産を持ち帰ってた。
「アリー、あんた……騙されたんじゃないのかい?」
「そんなことない! 私はちゃんと結婚して、ダリオンの家族と暮らしてたのよ!」
夫は言った。
『アリー、俺は留守が多いから家族を頼むよ』と。
だから私は必死に尽くしてきたのに。
「もしかしたら、《番》と出会ったんじゃないかねぇ?」
それは私が最も恐れている言葉。
「アリー……一応さ、兄さんに手紙出しておいたよ。専門家に任せないと埒が明かないと思ってね」
「……お父さんに?」
私の父は、王都の裏世界を牛耳る男。
表向きは情報ギルド、裏は情け無用の闇ギルドのボスだ。
「兄さんならすぐに見つけると思ってさ、ダリオンを」
「……そうだけど」
胸に漠然と広がる不安。
だって叔母さんも私も、あの冷酷な父から逃げ出して、この街に来たのだから。
読んで頂いて有難うございました。




