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後編:誰かに呪われた森



「さあ、来るぞ。亡霊に備えろ」


 男はエドワウリードが走っていった方向に舌打ちをしつつ、仲間達に合図をし、動いた。


 男達は次々と荷馬車に手を突っ込み、そこに隠していた武器防具を素早く身につけた。その次の瞬間、闇の中から何かが次々と飛んできた。


 闇を煮詰めて作ったつぶてに打たれた者達は悲鳴を上げたが、エドワウリード相手に舌打ちしていた男は「狼狽えるな。しっかり防御を固めろ」と仲間達に――否、部下達に告げた。


 男は荷馬車から下ろし、地面に設置した大楯の陰に身を潜めて様子をうかがった。自分達に向けて降り注いでくるものの正体を見極めた。


「やはり矢か」


 飛んできているのは矢だった。それも鏃も矢羽根も黒く染められた矢だった。暗闇に紛れ、一方的に攻撃できるように工夫されたものなのだろう。


「反撃は難しいな。お前達はとにかく防御を固めろ」


 飛んできているのは、所詮は矢。


 それも大軍が打ち込んできているものではない。あちこちから飛んできているとはいえ、数そのものは大したものではない。男は黒い矢が飛んできている方向に大雑把にアタリをつけつつ、弓矢に手を伸ばした。


「――――」


 男の弓から放たれた矢は、甲高い音を鳴らしながら闇を切り裂いていった。


「さすがに当たらんと思うが――」


 男の目的は森の亡霊を――襲撃者を殺す事ではない。


 自分達が囮となり、襲撃者の位置を割り出す事。


 そして、単独行動中の狩人に敵の位置を伝えること。


 密集して防御に集中している男達は、飛んでくる矢の数が少なくなりつつある事を感じていた。襲撃者の方はそれに遅れて気づいたようだったが、気づいた時にはもう手遅れだった。


「さすが領主殿。見事な囮役でしたよ」


 黒い矢が途絶え、何者かの悲鳴が聞こえた後、エドワウリードが戻って来た。


 男の部下が――領主の部下が彼女の独断専行を咎めたものの、領主はそれを手で遮って止めた。先にやるべき事があると考えたのだ。


「そいつが襲撃者か。他には?」


「森の中でノビてます。案内するんで回収を手伝ってくださいな」


 戻って来たエドワウリードは、黒い襤褸(ぼろ)を着込んだ男のエルフを引きずっていた。


 襲撃者の正体は、古戦場の亡霊ではない。


 森の近くで暮らしている住人だった。


 領主達が囮になっているうちに、エドワウリードが制圧した襲撃者は全員がエルフだった。彼らは「呪われた森」を通行する者達を夜闇に紛れ、襲撃していたのだ。


「近くの村人が追い剥ぎに手を染めているとはな……」


「おそらく、マンドレーの戦に参加していた古強者ですよ。昔より衰えてそうですけど」


「何十年前の戦いの事を…………いや、エルフなら十分有り得るか」


 彼らは襲撃者を全員生け捕りにし、尋問を始めた。


 領主が厳めしい顔つきで尋問する中、エドワウリードはニマニマと笑いながら襲撃者達の荷物を漁っていた。そして満面の笑みを浮かべ、襲撃者から奪ったものを領主に手渡した。


「面白いものがありましたよ」


「…………? 獣の爪牙で作ったナイフか?」


「ええ。これを使って傷跡を偽装したのでしょう」


 呪われた森で死んだ者達は、無数の獣に食い荒らされたような状態で見つかっていた。


 直接の死因は黒く塗られた矢だが、矢傷を消し、不気味な遺体を作るための道具として爪牙製のナイフが使われていたのだ。


 正体不明の化け物。呪い。亡霊。そういったものは恐怖を煽る。実体のある人間より恐ろしく感じる。「呪われた森」での活動を成功させるため、襲撃者達が行った工夫にはこの小道具(ナイフ)が用いられていた。


「吟遊詩人の情報通り。この森に、化け物なんていなかったでしょう?」


「ある意味、化け物より恐ろしいと思うがな」


 イタズラっぽく笑うエドワウリード。領主はその笑みを呆れた様子で見つつ、嘆息した。実害がある以上、実体のない亡霊などより余程恐ろしい。彼はそう思っていた。


 領主達は「呪われた森」で行われている事が、人間による追い剥ぎだとわかっていた。


 新たに赴任してきた領主は、信頼しているエドワウリードに事前調査をさせていた。その結果、呪われた森には人間がたびたび出入りし、待ち伏せを行っている痕跡が残っていた。


 領主は森に来る前に「呪われた森の噂」を流している吟遊詩人を捕まえ、尋問していた。吟遊詩人が襲撃者の仲間であり、森の恐ろしさに脚色している事も把握していた。


「噂の効果はあったようですね。領主殿の悲鳴も聞こえたし」


「俺の悲鳴ではないわ、たわけ」


 領主はエドワウリードを軽く小突き、「噂の効果があったのは確かだがな」と言った。


 この森が単なる「呪われた森」であれば、恐ろしい噂を流すのは逆効果。


 誰も寄りつかなくなれば、誰も襲えなくなる。襲撃者達の真の目的は別にあった。


「噂を流し、誰もここに寄りつかなくなれば、この街道を独占できる」


 呪われた森と恐れられていても、その中を通過する街道は最低限の整備が行われていた。それは襲撃者達が合間に修復しているものだった。


 この森を安全に通過できれば、国家間の行き来が楽になる。他の者達が恐れて使わなくなった街道を独占できれば、商売で優位に立てる。


 そう考えた襲撃者達は、噂を流し、死体も作り、商人役を務める者達も用意していた。


 領主は商人役(そちら)もつい先日、捕まえておいた。「隣国に急ぎの荷物を届けたい」「金はいくらでも出す」という囮の依頼を出し、それに食いついた者の後をつけて捕らえたのだ。


 最終的に領主自ら事件解決に動き始め、実際に森を訪れ、動かぬ証拠を手に入れる事にした。隣国に向かう商人のフリをして、自分自身を囮にする事で――。


「さあ、終わらせるぞ。事件も、噂も」


 全ての準備を終えた領主は、森の外に伏せておいた兵士達も動かし始めた。


 捕らえた襲撃者も連れ、森の近くの村へ――襲撃者達の本拠地に攻め入った。


 攻め入りはしたものの、血は流れなかった。


「お前達に仕事を頼みたい」


 領主は襲撃者とその家族に対し、「呪われた森」の整備と治安維持を依頼する事にした。


 森の事は彼らがよくわかっている。あそこは襲撃者達にとっての庭であり、城。余程の手練れが来ない限り、彼らが負けることは有り得ない。その力は森の街道の治安維持に役立つ。


 単に治安を維持するだけではなく、街道の整備も任せる。襲撃者達に丸投げするのではなく、領主側からも支援は行うが――。


「ここは交易の要所になる。お前達もそれを理解していたはずだ」


 後ろ暗い手段で独占するのではなく、領主という後ろ盾を得て、大手を振って発展する。既に流れた噂の払拭には時間がかかるかもしれないが、森が安全になれば多くの者が実利を追って森の街道を使い始めるだろう。


 襲撃事件については水に流すから真っ当に働け。それが領主の裁きだった。


 全ての黒幕だった村長は、領主の前で悔しげにしていた。だが、領主がこれからの事を語るたびに前のめりになっていき、最終的には平伏した。領主の提案に乗る事に決めた。


「お優しい決着ですね。領主殿」


「効率の問題だ」


 にんまりと笑うエドワウリードに対し、領主はそう返した。


「村人の協力者は他所にもいるから、根切りは難しい。皆殺しにしてしまえば、街道と宿場町の整備を任せる人員を他所から連れてこなければならん。彼ら並みにあの森に慣れた人員を育てるのは手間と時間がかかりすぎる」


「全部、我々(カヴン)が代行できますが――」


「そこまで頼らずとも、この問題は解決できる」


「ふぅん……」


 エドワウリードは笑みを消さぬまま、領主の顔を覗き込もうとした。領主はそれを嫌がり、顔を背けながら「被害者は納得しないだろうがな」と呟いた。


 エドワウリードは「死人は文句なんて言いませんよ」と言ったが、領主は言葉を返さず軽く小突いた。そして森を眺めつつ、最初に着手する仕事について語り出した。


「さて、まずは墓を作らせるか」


「森で死んだ者達の? そんなもの作るのが効率的なんですかぁ?」


「ええい、黙れ黙れ。あくまで嫌な噂を消すためだ」





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