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3話:空に舞う花びら

いつもご覧いただきありがとうございます。


 家に戻り、バタン、と二人で中に入ってガルトが腰の袋から取り出した石を叩いた。商人から仕入れている【光り石】と呼ばれるもので、強い衝撃を与えると、その衝撃の分だけ短い時間、淡い緑の光を放つ不思議な石だ。家の中の暗闇が照らされれば、憤怒の形相のガルトが闇に浮かび上がった。


「ハイネ、なぜ来た」

「俺も品物が見たかった! あんな、閉じ込められて、大人しくしてられるかよ!」

「お前は……!」


 強く胸倉を引き寄せられ、今まで見たことのないガルトの怒りに恐怖を覚えた。何かを言おうとし、ガルトはゆるりと手を離すとハイネを押して距離を取り、その拳で壁を殴った。メキッ、と凹んだのは壁の方だ。それにもまた怯えていれば、ガルトは一人でぶつぶつと言い始めた。


「ここにはもう居られない。逃げなくては……」

「ガルト、なんかわからないけど、悪かったよ……。でも俺だって、どんなものが外から来るのか、見たかったんだ」

「ハイネ、今すぐ身支度を整えろ。矢と、弓と、それから食べられる木の実、食料を背負え」

「なに、どうして、ど、どういう……」

「早くしろ!」


 怒号にびくりと震えあがり、ばたばたと自分のスペースから荷物を繊維袋に入れ、どうにか背負う。ガルトはその間にベッドの横に膝をつき、下から箱を取り出して中身を取り出した。それは先程商人のところで見た、鈍い色合いの剣と、装備だった。


「ガルト、そんなの持ってたのか!?」

「矢の本数を数えろ、絶対に間違えるな。紐も持てるだけ持つんだ」

「いいな、俺もそれ」

「早くしろと言っているだろ!」


 わかったよ! とハイネは紐を腕に巻いてまとめ、腰に吊るしたりと慌ただしく装備する。ガルトはガシャリと装備を着けて、一つの筒をハイネの胸に押し付けた。


「本当ならお前が十六になって、成人を迎えたら見せるつもりだった。安全なところに辿り着いたら、これを見るんだ、いいな?」

「安全、って、ここがそうだろ? 開けていい?」

「だめだ、ここは安全じゃない」


 トントン、と扉がノックされ、ガルトが素早く振り返る。


「あの、ハイネ? 大丈夫? 怒られてる……よね?」


 リマリだ。扉へ向かおうとした体をガルトに押さえられ、両肩を掴まれた。


「ハイネ、よく聞け。俺たちはこの【大木の村】を出る」

「え!? だ、だって、もっと勉強して、腕を磨いてって昨日」

「状況が変わった。詳しい説明はすまないが後にさせてくれ。あの商人の乗ってきた渡り鳥を奪って、ここを出る」


 ハイネは口端がひくりと引き攣った。突拍子もない話に、喜べばいいのか怒ればいいのかわからない。自分があれほどここを出て冒険に行きたいと願っていたというのに、ガルトの一存であっという間にそれが決まってしまった。昨日あれだけ酷い目に遭わせておきながらいったいどういうことだ、と怒りも沸いた。


「なんなんだよ! ほんと、俺はあんたの息子じゃないんだろ!」

「あぁ、違う、だけど弟みたいなものだ! 守りたいんだ!」

「何からだよ! 守られるような年じゃない!」

「ハイネ? 大丈夫!?」


 リマリの声がして、二人は叫ぶのをやめた。ガルトはもう一度声を潜めて言った。


「必ず理由を話す。けれど今は頼む、言うことを聞いてくれ。俺はお前を守る、お前は、その筒を絶対に無くすな」


 頼む、とガルトに懇願され、ハイネはあぁもう、とその手を振り払った。筒を胸元、服の中に突っ込み、ハイネはガルトを見上げた。


「わかった、わかったよ! ……どうすればいいんだ」


 ぐしゃっと髪を撫ぜられ、ハイネはそれも振り払う。今は何もかもが素直になれない。


「お前は俺のあとをしっかりとついてこい。何を目にしても、叫ぶな。足を止めるな、頼むぞ」

「……わかった」


 よし、とガルトは【光り石】を腰の袋に戻し、筒を抱えたハイネの手を掴んだ。それから、扉を開けた。ガチャリと開けた先にはリマリが居て、驚きに表情を強張らせていた。


「あの、ガルトさん、私が扉の紐を」

「リマリ、もう構わない。悪いが少し急いでいる」


 あの、と手を伸ばすリマリを置いてガルトは先ほどまで居た広場に戻った。少し人が減っていて、商人たちは自前の酒を手に悠々自適に過ごしている。こちらに気づくと歓迎するように立ち上がり、腕を広げた。


「団長さん、長老たちは向こうで会議中だ」

「そうか」


 言いながらガルトは商人を思いきり蹴り飛ばした。どがら、がしゃりと品物を背中で踏み潰して転がる商人に目もくれず、ガルトはハイネを渡り鳥の背にぐいっと乗せた。憧れの渡り鳥だ、ついている鞍を握り締め、感動を覚えた。


「お前何しやがる! おい! 【大木】の奴ら!」

「ガルトさん!?」

「団長!」


 ガルトは商人の品物の中からいくつかの袋を肩に担ぎ、ハイネの後ろに飛び乗った。それから鈍色の剣を抜くと渡り鳥を押さえていた紐を斬り裂き、叫んだ。ハイネは背後からの雄叫びに耳を塞ぎ、渡り鳥がケーッ、と鳴きながら走り、大木の端から落ちるように身を落とした。


「うわぁあ!」


 浮かび上がりそうな体を背後から鞍を掴んだガルトが押さえ、渡り鳥の手綱を掴んで引き絞った。落下しながら風を掴んだ渡り鳥が両翼を広げてばさりと羽ばたく。何度かそれを繰り返せば安定し、滑空が始まる。びゅおうと音を立てて顔を通り過ぎていく風の冷たさ。新鮮な空気が肺を満たしていく。思わず広げた両腕、ハイネは、わぁー! と意味もなく笑って、叫んだ。そこへヒュンッと弓矢が飛んできた。慌てて腕を畳む。


「戻れ! ガルト!」


 商人の渡り鳥を借りたか、【大木の村】の自警団が威嚇射撃を行ってくる。ガルトの向こうを振り返れば、自警団が二人、怒りに顔を真っ赤に染めている商人が一人、追いかけてきていた。


「村のためだ! 恩を返せ!」


 叫ばれた声にハイネはガルトを見上げる。ちらりと視線は受けたものの、ガルトは渡り鳥の操縦にまた視線を戻す。


「村のためとか、恩とか、何?」

「昔、まだ三つのお前を連れて、俺は【大木の村】に辿り着いた。ここで生きられるように頭を下げた」

「俺も、俺も外様(とざま)なのか! なんで!」

「頭を下げていろ!」


 ヒュウン、と矢の音が近づく、精度が上がってきている。威嚇から攻撃に変わりつつあった。ちら、と振り返れば商人が矢を番え、真っ直ぐにこちらを狙っていた。


「ガルト! 本気で狙われてる!」

「掴まっていろ!」


 ぐん、と渡り鳥が降下を始め速度が上がる。耳がキィンとするような感覚があり、耳を押さえたくなった。薄い白い霞の中にばふっと突っ込み、その中で渡り鳥の体勢を直させた。霞みを射抜くように矢が飛んでくる。ハイネはどうしてこんな目に遭うのかと矢が自分に降り注がないことだけを祈り続けた。

 暫くしてガルトが手綱を引き絞り、渡り鳥を上昇させた。白い霞を突き抜けて顔を出せば、追手はいなかった。後ろを見て安堵した時、ドッ、と鈍い音がガルトの背中でした。次いで、渡り鳥の翼の一部を矢が抜けた。ケーッと翼をばたつかせた渡り鳥に、ハイネは慌てて鞍にしがみつき、弾みで胸元に入れていた筒がするりと抜けて、落ちてしまった。ハイネは真っ青になって叫んだ。


「ガルト!」

「くそ、まだ居たのか……! ハイネ、手綱を!」


 押し付けられ、慌てて受け取った。手綱を引くも押すもできず、ただ今の状態を保つことに努めた。ガルトはハイネが体にかけていた弓を奪い、矢筒から矢を抜き、番え、こちらよりも高い位置で待ち構えていた相手に向かって迷いなく矢を放った。ハイネには、背後の音で矢が放たれたこと、それが人に命中し、悲鳴を上げながら落ちていくことしかわからなかった。ケーッ、と乗り手を失った渡り鳥が鳴き、寂しさから身を寄せるようにこちらに高さを合わせてきた。群れる習性のある渡り鳥の素直な行動だ。


「もう追手はいないようだ」

「ガルト、怪我は? さっき、刺さるような……」

「そうだな、いいか、ハイネ。渡り鳥は羽を休められる場所を知っている。無理に操ろうとするのではなく、身を任せていればいい」

「え、うん……」


 浅く、細かい息をしながら、ガルトはハイネの肩を叩き、手綱の掴み方を教えてきた。


「どこか街に着いたら、俺の所持品を金に換えて、体を休められる場所、それから、仕事を探すんだ。それから、そうだ、髪を染めないと」

「ガルト?」

「追手も面倒だ、俺の体はそのまま、空に落とせばいいから」

「おい待てって、ガルト!?」


 うぅ、とガルトの体が横にずれて慌てて支えた。渡り鳥の背が広くてよかった。重い荷物を運ぶだけあって、二人の体重もものともしないでくれる。どうにかガルトを自分の横に倒れ込ませることができ、背中を見た。そこに矢が刺さっていて、ハイネはどうすればいいのかわからずに手が彷徨う。矢を射ったのが【大木の村】の者ではないのはわかった。【大木の村】ではこんなに綺麗なシャフトの矢を持つ者はいない。


「矢、矢が、誤射で刺さった時、は」


 枝を、幹を飛び移る際に矢と紐はよく使う。その際、人への誤射について、学んだ記憶もあった。決してあってはならないことだ。だが、確実にないとは言えないので、学ばされたこと。


「シャフトの長さを見て、深く刺さってたら矢羽を切り落として押す、浅かったら、引く」


 見たところ、ガルトが着けているギュッ、とした感触の巻きもののおかげで深くはなさそうだ。となれば、引き抜くしかない。


「ガルト、矢、抜くぞ!?」


 うぅむ、と痛みに脂汗をかきながら、ガルトは藍色のマントを手繰り寄せて噛んだ。よし、とハイネはガルトの背に刺さった矢を掴み、ぐっと引いた。想像以上に刺さった矢が抜きにくいことに困惑した。大木に刺さったものであれば、シャフトを掴んでぐいぐいと揺らせばいずれ抜けるのだが、人の肉を前に同じことはできない。ハイネは何度も、何度も掴んでは引き、掴んでは引き、ようやく矢を抜いた。やった、と喜んだのも束の間、次はそこから血が溢れはじめて叫びそうになった。


「どう、どうすればいい、ガルト!」


 なぁ、と顔を覗き込めば青い顔で意識を失っていてハイネは泣きそうになった。とにかく、意味があるかはわからないが傷口を押さえた。ぬるっとした生温かい鉄の臭いのするそれが指の隙間からじわりと溢れてくる。


「話してくれるんだろ、詳しい説明はあとだって、ガルトが言ったんだ! 頼むから死なないで!」


 バサ、と渡り鳥の羽ばたく音だけが響く。

 暗闇の中、どうした、と言ってくれる、低く優しい声は返ってこない。いつだって自分よりも先に起きていて、寝顔なんて見たことはなかった。ぐったりとした顔が見たいわけじゃない。


「ガルト! なぁ、起きてくれよ! こんな空の上で、一人にしないで!」


 ぼろ、と涙が零れた。あんなに大嫌いだったのに、どうして。


「お願い、誰か……! 誰でも良いから、ガルトを助けて!」


 ハイネの叫びに呼応して、傷口を押さえた手のひらからぶわりと風が巻き起こった。するすると白く輝く蔦のようなものが光から伸びて花を咲かせ、花びらを風に散らしながらハイネたちの周りを嗅いだこともない馨しい風が包む。ハイネは手のひらが熱くなって思わず傷口から手をどけた。光はそのままそこに留まり、血を流していたガルトの傷口がじわ、じわ、と塞がっていった。最後、光は一輪の花となって空に飛んで、ぱつん、と消えていった。


「なに、これ」


 う、と呻くガルトの声に、花が消えた軌跡を眺めていた視線を戻す。


「ガルト!」

「……ハイネ? 追手は!」

「いない! もう、もういない」


 周囲を見渡し、ガルトは息を吐くと手綱を手に取った。


「すまん、意識を失っていたようだが、いったい何が」

「わからない」


 今起きたことをどう説明すればいいのか、ハイネはわからなかった。ガルトは体勢を戻すとハイネをぐしゃりと撫でて、前を向いた。


「渡り鳥に任せることにはなるが、とにかく、どこかで一度休もう」


 うん、とハイネは手のひらに残っている熱を隠すように握り締めた。




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