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1話:ヘーゼルナッツの眼


 木々が大地を創る。

 風が鳥を運び、道を創る。

 水は降り注ぎ命を創る。

 火は灯りを創る。

 恵みに感謝しなさい。

 あなたを生かす世界を愛しなさい。


 大昔から歌われた子守唄、この世界に生きるものであれば皆が知っている歌。揺り籠で泣く赤子に降り注ぐ子守唄。きらきらしてパチパチして、その時の星空がとにかく綺麗だったことを、なぜかよく覚えていた。


 昔話で村の長老が話してくれたことがある。仕事に忙しい親の代わりに、集めた子供たちへ語ってくれたうちの一つ。

 今暮らしているこの大木は、かつて大地にあって、()()()いなかった。けれど、ある日、空の女神様が大地の神様と喧嘩して、空に近いものは空へ、大地に近いものは大地へと、分かたれてしまったのだと。

 それから、大きな、この木の上で人々は暮らし始めた。空に浮かんでから木々に生りはじめた様々な木の実や果物。根についていた少ない土をかき集めて太い枝の上に畑を作り、鳥の運ぶ種を植えて食料を。雨が降ればそれを大木の窪みや葉の桶に溜めて、風が吹けば土が飛ばないように囲いを作って。長老は大木は我らの住処であり恵みなのだと締め括った。


『じゃあ、この空の下には土があるの? 大木以外もあるの?』


 そう尋ねれば、長老はあるかもしれん、ないかもしれん、と言葉を濁した。その時、決めたのだ。ならば自分がそれを確かめよう、と。


「――ハイネ! 止まれ! 止まらんか!」


 木々の上を走る。太い幹に矢を撃ち、結び付けてあった紐を腕に巻いてぐぅんと振り子運動で次の枝へ。矢は無駄にしてしまうが紐は回収、飛びながら途中で斬って後を追えないようにする工夫付き。走りながら次の矢に結び付けてまた同じ手順で。


「いい加減にしろ!」


 矢を番えた先にバサリと落ちてきた男に、青年は慌てて矢を下ろした。踵を返して逃げる方向を変えようとした首根っこをぐいっと引かれ、そのまま叩きつけるようにして押さえ込まれた。


「くそぉ! 離せよ!」

「馬鹿者が」

「捕まえたか! まったくこのクソガキ! 夜に抜け出すなと、何度言ったらわかる!」


 ゴツンッと拳骨が落ち、押さえ込まれたままだったので頬も打つ。いてぇ、と文句を言えば追いかけてきていた大人たちが少しだけオロッとした。今だ、と拘束を抜け出そうとしたが、背中で押さえ込んでいる奴だけは微動だにしなかった。


「おい! どけよ!」

「ハイネ、皆に迷惑をかけるな」

「放っておいてくれよ! 俺は外に出るんだ!」

「勉強をしてからだ」


 そんなの待ってたらいつになるんだよ! と、押さえ込まれた青年、ハイネは叫ぶ。背中に居た男は手早く紐でハイネを縛り上げると肩に担いだ。ぐるぐるとすっかりみのむしのようになったハイネはそれでもうねうね、びちびちと跳ねて抵抗を示した。男は盛大な溜息をつくとハイネを下ろし、結んだ紐を三本の矢に結び付け、射った。大木の幹に刺さったのを確認し、ハイネを足でごろりと転がして木から落とした。


「うわあぁ!」


 ぐんっ、ぶらん、と本当にみのむしのようにぎこぎこ揺れながら、ハイネはほーっと息を吐いた。


「ハイネ、よく見ろ。我々が暮らすこの大木の上以外に、大地はない」


 男が腕を組みながら言う言葉に、ハイネはふんと顔を背ける。他の男たちを戻らせ、そいつだけが残って座り込んだ。


「そろそろ大人の仲間入りなんだ、物分かりが良くなってもいいものだと思うぞ」

「うるせぇ! ガルト、これ外してくれよ、今夜がチャンスなんだよ!」

「なんのチャンスだ」

「言えるかそんなの!」


 はぁ、と呆れたような息が聞こえた。村の自警団、団長を務める男は頬杖をついてハイネを見ていた。

 ハイネは大きなヘーゼルナッツ色の眼でそれを睨み、三つ編みにした白髪をジタバタと揺らした。ギシッ、と紐が軋んで少し怖くなり、そっと下を見る。ひゅうっと吹き抜ける風、さらさらと流れていく白い霞。落ちたら死ぬと教えられている底のない【空】が口を開けて待っているように思えた。


「ハイネ、この【大木の村】の外に出たければ、まずは勉強と、鍛錬だ」


 団長ガルトは自警団を示す藍色のマントの中から木を削って作った水筒を取り出して喉を潤す。っぷはぁ、と美味そうに飲んで、ぐいと口元を拭う。ガルトは深い緑色の髪を編んで後ろに流していて、左頬に傷があるので険しい顔に見えるが、目元は優しい。髪と同じ色の眼でハイネを見遣り、声を掛けた。


「白髪の一族は大木の守り手、特に学ばなくてはならないし、腕を磨かねば」

「そんなの、俺がなりたくてなるわけじゃない!」

「ハイネ」


 諭すように名を呼ばれ、ふんっと再びそっぽを向いた。どうにか抜け出さなくては、けれど、ガルトの奴しっかりと手首も結んで縛り上げやがった。まったく抜け出せない。ガルト本人は水筒を傾けながら夜空に視線を移している。あいつ酒を飲んでやがるな。


「良い夜空だな。風も心地いい、こういう日は渡り鳥が……」


 ハッ、とガルトがハイネを見た。不味い、気づかれた。


「お前、渡り鳥の背にでも乗ってここを出るつもりだったな!?」

「うわー! なんでバレんだよ!」


 渡り鳥は木から木へと渡っていく大きな鳥だ。その背に乗って移動する商人や、旅人、中には飼い慣らして運航便などをやっている者もいる。ハイネのいるここは風が渡りにくく、年に一、二回、渡り鳥が来るかどうかだ。だからこそ、今夜はチャンスだった。ガルトはさっと飛び降りるとハイネに飛び掛かり、重さで矢が抜ける。落下していく感覚に悲鳴を上げているうちにガルトは矢を幹に放ち、開幕、ハイネがやったように振り子運動で別の枝に飛び移った。そこにどさりと落とされて、ハイネは恐る恐る顔を上げた。


「どうして正攻法で行かないんだ」

「時間が掛かるから……」

「当然だ! 今夜はそのまま漏らして寝ろ!」

「そんな! おい、待てよガルト! ごめんって! ガルト!」


 うわぁん、と大木の夜にハイネの叫びが響き渡った。




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