甘くて苦い噺
──一人で街を歩いていたところ
「何してんの?」
そう、声を掛けられた。
※※※※※※
「ゼラフくん。奇遇ね、こんなところで会うなんて」
「ああ、ゼーレの後ろ姿が見えたから声を掛けてみたんだが……何してんの?」
二度目の問い掛け。確かに最近彼と会ってなかった気がする。
その目には単純な疑問しか浮かんでいない。
「何でもないわよ?ただ、お店巡りしてただけ」
「お店巡り?」
「そう。ここの大通り美味しいタルトやパイがあるって聞いたから」
「ふーん、なるほどねぇ」
別段興味もなさそうに答える。
自分から質問しておきながらその反応はと思いはするものの慣れたものだ。
この分だと本当にたまたま出会しただけなのだろう。
「そうだわ。これからタルトとパイのお店に行こうと思ってたの」
「うん。行ってくれば?」
「アナタも一緒に行きましょう?」
「いや、俺あんまり甘いものは……ゼーレが食べるならゼーレだけ行ってこいよ」
眉間に若干シワを寄せて断ってくるがつまらないのでこちらも諦めない。
「いいじゃない、時間あるのでしょ?」
「……それは、まあ」
「なら決まりね!あそこのミートパイなら甘くないし一緒に食べられるわ!」
「あー、はいはい……お前はホント強引だよな」
「失礼ね、ちゃんと合意を取ってから行動に移してるわよ」
「俺には?」
「ノーカウントね」
「理不尽の極みだぞゼーレ」
腕を掴んで引っ張っていくが特に抵抗することもなく大人しくされるがままになっている。
──何故だか、昔こんな風に歩きたかったような、そんな夢を見た気がする。
「はい、あーん」
「は?」
「だから、あーん」
「……何で?」
「……」
「……」
「……暇だから?」
「自分で食べられるし、自分で食べなよ」
「そっけないわね」
「ここに無理やり連れてきたのお前だろ」
「アナタに拒否権はないわ」
「せめて人権は与えてくれよ」
その時路地裏に走る女性が見えた。
それを追うように路地へ入る男達。
……嫌な予感がする。
「……ゼラフくん」
「ん?」
「ちょっと行ってくるわね」
「は?いきなり何を」
返事を待たずに駆ける。
路地裏へ入ると案の定追い剥ぎだ。
──狭く、薄暗く、誰もいない。襲われても助けはない。
(……ああ、頭がチリチリする)
誤魔化すように地面を踏み込む。
幸いここは路地裏。影が出来ているので凍結させる。見てる人はいない。
地面から氷を生み出す。しかしそれだけでは終わらせない。
(──終わらせられない)
まだだ。まだ、足りない。手を振り上げると生まれる氷。狭い、暗い、これではあそこから出ることは──
「ゼーレ!」
後ろから呼ばれた声に振り向くと振り上げた手を掴まれ、見慣れた赤い目が見えた。
「……ゼラフくん?」
「やりすぎだ。この辺一帯を永久凍土にするつもりか?」
気付けば路地裏のあちこちから氷が出ている。
彼の言う通りやりすぎたらしい。
「……あの男達は……逃げたみたいね」
「逃げるところは俺が見てた。ほら行こう。タルトもパイもまだなんだろ?」
今度は自分が彼に掴まれ引っ張られる。
「ごめんなさい、手間取らせたわね」
「別に大したことじゃない」
そうやって歩きだした彼の後ろ。
──それがなんだかひどく心地よかった。