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22話

 気がつけば、夢から覚めていた。

 見慣れた天井を眺めながら、ジェラルドは大きくため息を付いた。戻ってきたということは、失敗したのだ。

 ルスフォード行きを避けてもアデリーナは火事に巻き込まれ、火傷を負った。そこで目が覚めた。つまり、彼女はあのまま心を閉ざしてしまったということだろう。

 彼女を救うというジェラルドの願いが叶えられない限り、何度も夢を見続けると魔女は言っていた。


「次は……うまくやらなければ」


 やり直せるとはいえ、アデリーナが傷つくことに変わりはない。何度も繰り返したくはなかった。


 ジェラルドはその日の夜も夢で過去へと戻った。

 アデリーナとの関係構築もカールへの復讐も問題なく行い、前回と同じくアデリーナはウルフスタン邸に住むことになった。

 同じ轍は踏まないよう、屋敷での火の管理は厳重に行った。万一ランプなどから引火した場合でも初期消化の対応なども使用人に命じている。アデリーナの部屋も火事に備えて逃げやすい場所にした。

 

 そして、前回ウルフスタン邸で火事が起こった日が訪れた。


「ミュージカル?」

「ああ。一度見に行きたいと言っていただろう? 今日の分のチケットがあるから、行ってみないか?」

「いいわね! 支度してくるわ」


 大衆向けのミュージカルだが、そこそこの富裕層が集まると聞いていたからか、アデリーナは綺麗な服装に着替えた。喜びを抑えきれない彼女の姿に、ジェラルドも胸が踊るのを感じた。


「ミュージカルって初めて。楽しみだわ」


 声を弾ませながら、アデリーナはジェラルドの右腕に手を添えた。こうしてエスコートして歩くのもすっかり馴染んだものだとジェラルドは内心思う。


 ミュージカルは喜劇だった。登場人物たちにはそれぞれに不幸や苦悩があったが、彼らは前向きに生き、幸せを掴もうとしていた。

 そのまま芝居が続いていれば、物語は幸福な結末で幕を閉じただろう。初めての観劇の良い思い出となったに違いない。

 けれど、そんな幸せな日常で終わることは許されなかった。


 クライマックスに差し掛かった頃、劇場に焦げた臭いと煙が漂い始めた。火事だと誰かが叫ぶ。周囲は一気にパニックに陥った。

 我先にと出口へ向かう人混みに押されて、ジェラルドはアデリーナと引き離された。


「アデリーナ!」


 名を呼ぶが、人々の叫び声や怒号にかき消されてしまう。


 火の勢いは凄まじく、その姿を見せたかと思うとあっという間に舞台を飲み込んだ。そのまま勢いを弱めず、観客席にまでその手を伸ばしている。

 逃げ惑う人々をかき分けてアデリーナを探そうにも、煙が充満し錯乱した現場では不可能だった。


 ジェラルドは必死に声を張り上げアデリーナを呼ぶが、応える者はいない。気がつけば人混みに流され、外に出ていた。

 

 劇場の外も混乱していた。怪我をした者も多く、あちらこちらで手当が行われている。

 

 ジェラルドは周囲に目を走らせ、アデリーナを探す。

 胸騒ぎが収まらない。この日、火事が起こったのはウルフスタン邸のはずだった。なのに、今回は劇場で発生した。

 まるで、アデリーナを追うように。


 焦るジェラルドの目が、見慣れた赤色を捉えた。

 ジェラルドはゆっくりとその赤に近づいた。心臓の音が嫌に大きく響く。目の前の光景が嘘であってほしかった。

 

 介抱する女性が何度も呼びかけるが、横たわった女性――アデリーナが目を開ける様子はない。だらりと垂れた彼女の腕と煤けた頰には赤く爛れた火傷があった。


 失敗したのだ。ジェラルドはそう悟った。

 世界から一気に色が消える。灰色の世界で、地面に広がる彼女の髪の赤さが目に焼き付いた。




 

 目覚めてからしばらくの間、ジェラルドは動かなかった。ぼんやりと天井を見上げ、先程の夢を反芻する。


「火事を避けても、どの道アデリーナは火事に巻き込まれてしまうのか……?」


 たった二回では断言はできない。だが、その可能性は高いと思えた。あの火事はアデリーナを狙っているのだとなぜだか確信した。

 ともすれば悲観に走りそうになるのを堪え、ジェラルドは今後の対策を考える。

  

 火災現場である自宅と劇場を避けるとしても、あの日はいつ火事に巻き込まれてもおかしくないつもりで行動したほうがいいだろう。


「アデリーナが火傷を負うのは俺から離れた時だ。なら、何があっても俺が傍にいれば守ることができるかもしれない」


 この身を盾にしてでもアデリーナを守ろう。そうすれば、彼女を救えるかもしれない。

 だが、希望に満ちたジェラルドの決意は、夜毎繰り返す夢によって少しずつ摩耗していった。


 火事は場所を変えても必ず起こり、ジェラルドが身を挺して庇っても、どんな対策をとろうとも、必ずアデリーナに傷を残した。目が覚める度にジェラルドは塞ぎそうになる心を鼓舞し、次の手を考え続けた。

 やがて、ジェラルドはひとつの仮定をたてた。


「俺は……アデリーナと決別するべきなのかもしれない」


 何度も過去を繰り返す内に、芽生えた疑念。そんなわけがないと否定したかったが、他のあらゆる可能性をひとつずつ潰していった結果、アデリーナとの婚約を解消する道しかないと気づいたのだ。


 アデリーナとの繋がりを失うのは身を切られるような思いがするが、彼女の幸せな未来には変えられない。彼女のためならどんな苦痛でも耐えてみせると誓ったのだから。


「アデリーナの笑顔が失われないなら、それだけで俺は十分だ」


 言い聞かせるようにジェラルドは呟いた。

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