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18話

 雲ひとつない晴天の下、カールの葬儀は行われた。

 長年治療院や孤児院に寄付をし、街に貢献してきた男の葬儀であるにも関わらず、参列者は少ない。


「恐ろしい男よね。あれだけ凄惨な事件を起こしておいて、素知らぬ顔で善人のふりをしていたんだから」

「しかも、その罪を孤児に被せてたんでしょ? 親切な人だと思ってたのに、人ってわからないものよね」


 喪服を着た女性たちが声を潜めて話している。葬儀の場に相応しくない振る舞いだが、死者に対して厳しい目を向けているのは彼女たちだけではない。


「焼死とは、あの男にお似合いの死に方ですね」

「ええ。罪人は神の審判を受ける資格すらありませんから」

 

 参列者の多くはカールに良い感情を抱いていなかった。先日、焼身自殺をした彼が遺した遺書が原因だ。


 カールの遺書――ジェラルドが偽造したそれは、十年前にカールが犯した罪の自白文だった。資産目当てでハロルドに近づき、言葉巧みに自分に有利な遺書を書かせ、家族もろとも始末した。そして、その罪を孤児のブライアンに被せて殺めたことが綴られていた。

 

 カールは年々重くなる罪の意識に耐えきれず、自身の後継者となるジェラルドにすべてを相続して自害した。世間ではそう信じられている。


 カールの遺書に疑念を抱くとすれば、ただひとり。

 埋められていく棺をぼんやりと眺める頼りない背中に、ジェラルドは声をかけた。


「アデリーナ」


 びくりと細い肩が揺れた。振り向いた顔はやつれ、疲労感が滲んでいる。

 父親の死。そして白日の下に晒された彼の罪。突然降りかかった不幸をアデリーナは受け止めきれてない。そのせいか、印章をジェラルドに託したというカールの遺書の矛盾にも気づいていないようだ。


「ジェラルド……」


 ジェラルドの姿をその瞳に映したアデリーナはやつれた顔に安堵を滲ませた。

 カールの悪事が露見してから、アデリーナの環境は一変した。これまでは多少傲慢に振る舞ってもカールの慈善活動のおかげで遠巻きにされる程度であったが、悪人の娘になった以上、今後は針のむしろだろう。

 カールが死者となったため、アデリーナに義憤をぶつける輩もでてくるかもしれない。


 ジェラルドは優しくアデリーナの肩を抱いて慰めた。彼女は照れることも突っぱねることもせず、素直にジェラルドの腕の中で涙を零した。


 それを見た周囲の人間達が囁きあう。悪人の娘と婚約破棄もせずあのように慈悲を見せるとは、なんて素晴らしい人間なのかと。かつてカールに浴びせた美辞麗句で、ジェラルドを褒め称える。


 ひどい茶番だとジェラルドは思った。





「療養?」

 

 言葉の意味を理解できないというように、アデリーナが目を瞬かせてジェラルドを見る。その顔は葬儀の時よりマシにはなったとはいえ、まだ心労の色が濃かった。

 

 カールの葬儀から二週間が経った。ジェラルドはカールの遺言通りに引き継ぎの手続きやリントン家の財産の整理に追われていて、アデリーナとこうして落ち着いて話をするのは久しぶりだった。

 

「そう。あなたが以前暮らしていたルスフォードにリントン家所有の屋敷があるんだが、そこでしばらく暮らしてみないか?」


 カールの財産は大半を寄付に回したが、アデリーナが一生生きていけるだけの分は残していた。彼女が暮らしに困ることはないだろう。

 今住んでいるリントンの屋敷はアデリーナの名義に変えているので、このままここに暮らすこともできるが、ジェラルドはできればそれは避けたかった。

 だから、わざわざルスフォードにアデリーナ名義の家を買ったのだ。


「確かに色々あって大変だったけど……そこまで体調悪くはないわよ?」

「だが、この街はあなたにとっては暮らしにくいだろう? 現に、あれからほとんど外に出ていないと聞いているよ」

「それは……」


 カールの死後、リントン邸の使用人は不慣れなアデリーナに代わり、ジェラルドが管理している。通いだったメイドを住み込みに変え、アデリーナの様子を報告させていた。


「社長……いや、カール氏と呼んだ方がいいか。彼の悪事が知れ渡ったこの街では居心地が悪いはずだ。それに治安がいいとはいえ、いつ変な正義感を拗らせた輩に狙われるかもわからない」


 アデリーナは何か言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまった。少し視線を彷徨わせた後、ジェラルドを見て頷いた。


「そうね。……そうした方がいいと、私も思うわ」


 アデリーナからも賛同を得られてほっとしたと同時に、ジェラルドはわずかな不安にかられた。微笑む彼女の瞳に諦念の色があったからだ。

 だが、ジェラルドはその胸騒ぎを気のせいだと無理やり思い込み、話を進めた。 


 十日後、アデリーナはジェラルドが用意した女性の案内人とともに汽車に乗ってこの街を去った。



 

 仕事を終え、帰宅したジェラルドは自室のベッドにぞんざいに身を投げ出した。

 長きに渡る復讐を終え、遠回りはしたが実父の会社を引き継ぐことができ、日々充実しているはずだった。だが、ジェラルドは胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に陥っている。

 

 これまでのジェラルドの人生は目標がはっきりしていた。

 エルドレッドであった頃はターナー家の跡取りとして勉強をすること。ジェラルドとなってからはカールに復讐をすること。

 今は目標が無くなったから、こんなにも虚無感があるのだろうか。


 いいや、違う。目標なら実父の会社を成長させるなり、慈善事業にもっと力を入れるなり、いくらでもあるはずだ。

 それなのに無気力である理由はひとつしかなかった。

 

「アデリーナ……」


 二日前、見送った彼女の姿が脳裏に蘇る。彼女は吹っ切れたかのように明るい笑顔を取り戻していたが、ジェラルドには強がりにしか見えなかった。

 今、彼女はどうしているのだろう。

 

 ルスフォードまで鉄道は敷かれていないため、近くの駅まで汽車で行き、乗合馬車に乗る手筈になっている。トラブルが生じていなければ、そろそろ到着している頃合いだ。

 ルスフォードは彼女にとっては幸せな思い出が多い場所だ。きっとあの街で過ごせば気持ちも回復していくだろう。


「彼女が元気になれば、婚約破棄もしやすくなるはずだ」


 復讐を果たした今でも婚約破棄をできない理由は弱りきった彼女を捨てることへの罪悪感に違いないとジェラルドは決めつけた。

 いくら彼女に好意を持っていようが、仇の娘であることには変わりはない。結婚などできるはずがない。決して超えてはならない一線だとジェラルドは己に言い聞かせていた。


 考えるのに疲れ、目を瞑ろうとしたジェラルドの耳にノックの音が飛び込んだ。

 

「おくつろぎのところ、失礼します。緊急事態が起きまして」


 平時は落ち着き払った執事が焦る様子に、ジェラルドは何故か諦念を浮かべたアデリーナの笑みを思い出した。

 嫌な予感を覚えながら、扉を開ける。執事がもたらした情報はジェラルドに大きな衝撃を与えるものだった。

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