15話
アデリーナの母、エイダ・リントンの墓は墓地の奥の方に建てられていた。
「お母様、今日は紹介したい人がいるの」
花束を墓に供え、アデリーナは墓石に触れた。
「婚約者のジェラルドよ。お父様が選んだんだけど……いい人なの。婚約者が彼で良かったと思ってる」
母親の前だからだろうか、彼女の表情はいつもよりあどけなく、紡ぐ言葉も素直だった。
ジェラルドはアデリーナの隣に立ち、胸に手を当てた。
「初めまして、ジェラルド・ウルフスタンと申します。社長……カール氏の元で日々学ばさせていただいています。若輩者ではありますが、お嬢様を幸せにすると約束します」
はたから見れば誠心誠意を込めて婚約の挨拶をしているように見えるだろう。好青年を演じるのは得意なのだから。
「ありがとう。きっとお母様喜んでるわ。……私以外が会いに来るのって初めてだったし」
「……社長は来られないのか?」
尋ねながらも答えは予想できた。
エイダは火事で亡くなったと聞いている。身内を火事で亡くした者の中には遺体が焼かれている事実から目を逸らしたいのか、既に魂が消滅したのだからと墓に来ない者もいる。だが、カールが妻の墓参りをしないのはそれが理由ではないだろう。
これまでのカールの態度やアデリーナの話から、あの男が妻のエイダに憎悪に近い感情を持っていることは明らかだったからだ。
「私が知らない間に来ている可能性はあるけど……でも、多分お葬式以来お父様はここには来てないと思うわ。お母様の故郷は遠いし、この街に来てすぐに体調を崩したから友人もいなくて……だから、ずっと私しか来てないの」
アデリーナは悲しげに目を伏せた。供えた花束が大きなものなのは、訪れる人間がいない寂しさを誤魔化すためなのかもしれない。
「お父様とお母様、昔は仲が良かったのよ。だけど、お母様が亡くなる少し前からお母様を怒鳴りつけるようになって……」
それはカールの幼馴染と偶然再会してから起こったという。
「その時、お父様よく言ってたのよ。『さすがは赤毛だ、この裏切り者。エイダ、結局お前もクリラッサと同じなのか』って」
「クラリッサ……」
「ターナー家の奥さんと同じ名前でしょ? だから、私びっくりしちゃって。……当時はわからなかったけど、もしかしたらお父様があれほど怒っていたのは……」
アデリーナは触れてはいけないものに触れてしまったかのように、そこで口を閉ざした。
俯いた彼女の顔を長い髪が隠す。母親譲りと言われ、カールが厭う鮮やかな赤い髪。
かつて、赤毛は忌み嫌われていた。神話では悪神や悪魔の使いは常に赤毛であり、忌み子の象徴だったからだ。赤い髪は邪神の化身。裏切り――不義の証だと。
『ははっ! いい気味だな、ハロルド。すべて、お前の自業自得だ』
あの悪夢の一夜にカールが放った言葉の意味をジェラルドはようやく理解した。あの男はただ財産が欲しいという理由だけでターナー一家を殺めたわけではなかったのだ。
ハロルドとクラリッサが不貞を犯したというのはカールの妄言だとわかっている。あの父の目に母以外の女性が映るはずがない。カールも両親の仲睦まじさを目の当たりにしているのに、何故そんな妄想に取り憑かれてしまったのか。
『』
カールは頻繁に父を褒めていた。商才があること、品性方正なこと、顔が良いこと、モテること。ことあるごとに感心していた。
笑顔だったから好意的な感情から言っているものかと思っていたが、それが劣等感の裏返しだったら?
カールの妻も父と幼馴染だったのなら、かつて父と恋仲だったのだろうか。いや、父は母が初恋だと言っていた。
なら、可能性があるとしても向こうの片想いくらいだろう。それが、劣等感に苛まれるカールの目には不貞に映ってしまったのだろうか。
「ごめんなさい、変な話をしちゃったわね。……ねぇ、この後、予定がないならどこかでお茶でもしない? 私、すごくお腹が空いちゃったの」
アデリーナは明るく振る舞い、出口へと歩き始めた。だが、ジェラルドがついて来ないことに気がついたのか、立ち止まって振り返る。
「どうしたの?」
振り向いた拍子に、アデリーナの赤い髪がふわりと広がる。
青い空に映えるそれに触れたいと、ジェラルドは思った。拳を握ってその衝動を抑えていると、アデリーナがジェラルドの頬に触れた。
「あなたは……普段しっかりした人なのに、時々迷子の子どものような顔をするのね」
「孤児だからかな。……ずっと迷っているんだろう」
だが、ジェラルドはもう道に迷って途方に暮れる子どもではない。自分の道を選んで進んでいかなければならない大人だ。そして、ジェラルドはとうの昔に進む道を決めている。
胸にある未練を振り払うように大きく息を吐くと、ジェラルドはアデリーナをまっすぐ見つめた。
「アデリーナ。あなたに頼みたいことがあるんだ」