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椅子取りゲームで転生した先は弱小魔族の王女だった。【Ⅰ】  作者: 柚木 壱
魔族の国 ブラックフォレスト王国
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森番 3

サツキナの肩から鴉が飛び立った。

鴉は壁を目掛けて飛んで行く。

それを見送るとサツキナは鐙で馬の腹を軽く蹴る。

馬が走り出した。

ぐんぐんスピードを上げる。

森が後ろに流れて行く。飛んでいるみたいな速さだ。

サツキナは体を低くして手綱を操る。頭の中は馬を走らせる事しか考えていない。

馬とサツキナは一体となる。



最後のカーブを曲がった先に巨大な壁全体が見えて来た。

壁は高くそびえ周囲に続く断崖絶壁の岩山に繋がる。

岩山の先は見えない。ただ垂直に切り立った面だけが雲の上まで伸びている。

馬が速度を緩める。サツキナは体を起こした。

馬の太い首を撫でながら労いの言葉を掛ける。



「サツキナ・イダロッテ様。ようこそ参られた」

「冬御殿」から腰の曲がった老婆が出て来た。

老婆の頭にも角がある。そして顔には森番を示す文様があった。

彼女は杖を突きながらゆっくりとサツキナに近付く。

トットが舞い降りた。それは老婆の曲がった背中に止まる。


老婆は片手を胸に当て、膝を少し曲げる。膝を曲げるのは上位の者に対する礼儀である。これがこの国の女性の挨拶の仕方だ。サツキナも片手を胸に当てる。

「こんにちは。ザベルお婆ちゃん」


「ルーベルもようこそ」

老婆は馬にも声を掛けてごつごつとした手でそのわき腹を撫でる。

馬は首を回して老婆のなめし皮の様な手に鼻面を押し当てる。

「今回は如何程ですかの?」

「荷物があったから。それに途中、トットが降りて来たから2ルワンと言う所ね」

サツキナは笑った。

1ルワンは1時間である。


「キジ肉のパイを焼いて来たの。良いキジ肉が手に入ったから」

サツキナは馬の手綱を水飲み場の柵に括り付けると、その背中から土産物を取り出し始めた。

「ザベルお婆ちゃん。城下には市が立ったわよ。すごく賑やかよ。野菜と果物を買って来たわ。ズーガの干し肉も」

ズーガとは水牛に似た大型の草食動物である。イエローフォレストでは盛んに飼育されている。


「サツキナ様がいらっしゃるとトットが教えてくれました。お茶を用意して御座います。どうぞお入りなさい」

背中にトットを乗せたザベル婆さんが手招く。

サツキナは荷物を持つとザベル婆さんの後に続いた。





冬御殿のドアの前では初老の女性が小さな子供を抱いてサツキナを出迎えた。

「こんにちは。ロネス」

サツキナは痩せたその女性に声を掛けた。

「こんにちは。サツキナ様。ようこそいらっしゃいました」

ロネスは子供を片手で抱いたまま膝を曲げる。


「こんにちは。アン」

サツキナは丸い目で自分を見詰める女の子の頬に指で触れる。

女の子はくすぐったそうに笑う。

「赤ちゃんはまだ産まれないのかしら?」

サツキナはロネスに言った。

「もうそろそろ産まれるでしょう。産婆がサンドの小屋へ行っています」

ロネスは答えた。


アンは弟か妹が生まれるので、冬御殿に預けられたのだ。

冬御殿ではこんな風に現役を引退した森番達が小さな子供を預かる事がある。

出産は夫と産婆で行う。時には夫だけで行う事もある。

自分達で作った子供なのだから自分達で取り上げるのだ。


「サツキナ様。折角来てくださったのに、生憎今日は煉瓦の土を取りにみんなで出掛けてしまっているのですよ。今、ヨハンを呼んで来ますね」

ロネスは言った。

「いいのよ。ロネス。帰りに寄るわ。クドの丘ね。天気もいいから良かったわ」

サツキナはそう言いながら荷物を台所へ運ぶ。



「それにそんなにゆっくりもしていられないの。3日後にリエッサ王妃への返事をしなくてはならないのよ。800万ビルドの結婚準備金を払えって言われているの。もう、馬鹿みたい」

「800万ビルド!」

ザベル婆さんは驚く。

「そんなお金が有るのですか?」

「ある訳ないでしょう? いつもかつかつなんだから。800万ビルドがあったら森番全員の給料5年分だよ」

サツキナは言った。


「どうするのですか?」

「うーん。重臣達は負けて貰って、分割で払うかなんて言っているけれど、王は、もう払いたくないって言っているわね」

「そりゃあそうですよ」

ザベル婆さんは腕を組む。



「リエッサ王妃はもう新しいダンナの子供を妊娠しているらしいわ」

サツキナは言った。

「何と! 喪も明けぬ内に?!」

ザベル婆さんは目を剥く。

「やれやれ、して、お相手は?」

「何と言ったか……そうそう。アクレナイト侯爵の息子とか言っていたけれど。暫くブルーナーガの海賊征伐で王都を離れていたらしいわよ。そうだ。ルイス・アクレナイトって言っていわた。きっと、砂ゴリラの様な人だと私は予想しているの。……ウチが800万ビルドを断ったら、そのダンナが私達を成敗しに来るらしいわ」

サツキナは笑った。


「アクレナイト侯爵は存じております。しかし、あの方の息子殿はまだ20を過ぎた位では無かったかと……」

ザベル婆さんは首を傾げる。

「若い男が好きなのよ。魔女だから」

サツキナは笑った。

「精力を吸い取るのよ。でも、良く知っているわね。ザベルお婆ちゃん」

サツキナは言った。

「森番は情報通なのです」

ザベル婆さんは笑った。



「アクレナイト侯爵は先見の明が御有りになり、進歩的な考え方をされる方という噂ですが……。

よく、息子をスズメバチに差し出しましたね。ふっふっふ。何か弱みを握られているのかも知れない。……どちらかと言うなら、アクレナイト侯爵の若君はリエッサでは無くサツキナ様に丁度宜しい年頃かと」

ザベル婆さんはフォッフォッフォッと歯の無い口で笑った。

サツキナは呆れた顔をした。

「何を言っているの? だってもう赤ちゃんもいるのよ? それに、こんな弱小魔族の王女なんか誰も貰ってくれないわよ。人間達は」

サツキナはそう言った。



「おや、我々も人間ですよ」

「でも、人間には角なんか付いていない」

「ちょっと骨の構造が違っただけで、同じ人間です」

ザベル婆さんは真面目な顔で言う。

「人間には魔力なんか無いわ。しょぼい魔力だけれど、それだって人間には無いのよ」

サツキナは言った。


ザベル婆さんは慈悲深い表情でサツキナを見る。

「それはですね。サツキナ様」

「はいはい。分かっています。私達は竜の末裔だからですよね」

「その通り」

「ブラックフォレスト王国の紋章である竜は」

ザベル婆さんがそこまで言うと、サツキナは笑って遮った。

「お婆ちゃん。分かっているから大丈夫。もう耳ダコだよ」

「なら、宜しい」

ザベル婆さんが笑って言った。



サツキナは目の前に置かれたお茶を一口含む。

バスケットに入れられたパンを千切って蜂蜜を付ける。

「ここの蜂蜜は本当に美味しいわね」

そう言ってもぐもぐとパンを食べる。



「さっきの話の続きだけれどね。結婚の話。……これは内緒だけれど私には前世からの婚約者がいるのよ。ザベルお婆ちゃん」

サツキナは言った。

「名前も知っているの。嘘だと思う?」

ザベル婆さんは首を横に振る。

「この世に不思議な事は沢山ありますからね」



「有難う。お婆ちゃん。……それでね。私は結婚するならその人としたいわ。いえ、その人としか結婚したく無いの。……その人にも角が生えていればいいのだけれど。まだ、出逢っていないのよ。このブラックフォレスト王国のどこかにいるといいわ」

サツキナはそう言った。


ザベル婆さんはにこにこと笑って

「どこにいようが、イエローフォレストだろうが、ブルーナーガだろうがレッドデザイアーだろうが、もっと遠い異国だろうが、神様のお導きで必ず会えますよ」と言った。

「神様か」

サツキナは天を見上げる。

ミケツカミの椅子取りゲームが蘇る。

「天の神様は駄目ね」

サツキナは呟いた。


「神様は天にはいらっしゃいません。神様がいらっしゃるのは、この深いダッカ杉の森です」

ザベル婆さんは言った。

「だからダッカ杉の森に祈りなさい。この婆もサツキナ様の為にお祈りいたしましょう」

ザベル婆さんがそう言って頭を下げた時、長屋の扉が開いた。

 

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