森番 1
北に高くそびえる『壁』に向かう道は曲がりくねった一本道だ。
道の両側にはどこまでも森が広がる。
その道を黒い馬が走る。馬の背中にはサツキナがいた。
「ブラックフォレスト王国」。
その名の通り国は深く黒い森に覆われていた。
青い空に一羽の鴉が現われた。
ちらりと空を見上げ、それを認めたサツキナは手綱を引く。 馬は走るのをやめて歩き出す。鴉は漆黒の翼で風を切り、サツキナの肩に舞い降りる。
「お迎え、有難う。トット」
鴉は首を傾げてサツキナを見る。
「今日はキジ肉のパイを焼いて来たの。新鮮なキジ肉を猟師が届けてくれたのよ。あなたも分けてもらってね」
「城下には市場が立ったわ。イエローフォレストやブルーナーガから続々と商人がやって来て、海産物や果物や野菜を売っているのよ。沢山買って持って来たの」
サツキナは馬の背に吊り下げられた荷物を振り返る。
「今年は雨が多かったからウチの森でも沢山のブラックマッシュルームが採れたわね。どこの国でもスパイスは高騰しているからいい値段で取引が出来ると思うわ」
イエローフォレストやブルーナーガから船でやって来る商人達は稼いだ金でブラックフォレストのブラックマッシュルームを購入して持ち帰る。それぞれの国に特有のスパイスはあるが、このブラックフォレストでしか採れないブラックマッシュルームはスパイスの女王と呼ばれている。
どこまでも続くダッカ杉の根元に生える赤くて小さなキノコ。
それが成長して傘を開く前に採取する。
実はブラックマッシュルームは毒キノコである。そのまま食べれば、大体の人間は呼吸困難に陥り死んでしまう。また、キノコ全体に毒が有るので触れるだけで皮膚に炎症を起こす。
ブラックマッシュルームを採取できるのは毒に強い魔族だけである。
ブラックマッシュルームの毒を抜くにはロロ湿地に生えるミドリケサゴケという水草と一緒にぐつぐつと煮る事、半日。その後、ミドリケサゴケを煮詰めた汁に1週間漬けて置く。水は毎日替える。すると赤かったキノコが徐々に黒くなる。
黒くなると毒が抜けた印である。
その後、綺麗な水に晒す事一週間。これも毎日水を取り替える。キノコは真っ黒になる。
真っ黒になったそれを薄切りにして天日干しをする事一ヶ月。雨に晒してはいけない。
カリカリに乾燥したブラックマッシュルームを袋に入れて売りに出す。
ブラックマッシュルームを砕いて肉料理に使うと肉の臭みが消えて、何とも香ばしい味になる。固い鹿肉も極上のステーキになる。
ブラックマッシュルームは万能のスパイスだ。肉料理だけでは無く魚料理にも使える。
ブラックマッシュルームと岩塩をまぶした大きなキナロ鯛にアツアツのオリーブオイルを注ぐ。お祝いには欠かせない料理だ。
ブラックマッシュルームの収穫は秋に行われる。
収穫する量は決まっている。採り過ぎてしまっては将来の財源が危うい。
これと言った産業の無いブラックフォレスト王国ではブラックマッシュルームで得た金は大きな財源となっている。
ブラックマッシュルームの収穫と加工と販売は主に女性の仕事だ。
それこそ国中の全女性達はこの時期、ブラックマッシュルームに掛かり切りとなる。