椅子取りゲーム 1
気が付いたら真っ白い靄の中を歩いていた。
靴が無い。
そう思った。
ずっと裸足で歩いていたのだ。気が付かなかった。
靴はどこへやってしまったのだろう。
いくら考えても思い出せなかった。
どれ位歩いたのだろう。
ざわざわという微かなざわめきが耳に届いた。
耳を澄ませると、それは言葉の様に思えた。
次第に霧が晴れて来る。周囲の様子がぼんやりと見えて来た。
そこは大きな部屋になっていた。
いや、ただの空間だろうか?
兎に角、椅子だけが置いてあるのだ。
その椅子も色々だった。
座り心地の良さそうなふかふかの椅子から、白い羽で飾られたロココ調の華麗な椅子。持ち運びの出来る小さな椅子、子供の頃、教室にあった生徒用の椅子やピアノの椅子、ワーキングチェアや普通のパイプ椅子。大理石で作られた椅子。古代の遺跡にある様な。……石? ぽつんと石がある。あれも椅子?
な、何、あれ? あの鉄の椅子。剣で出来ている? 鉄の玉座? 趣味悪!
うわっ。電気椅子があるよ。あれには絶対に座りたくない。
気が付くと私の周囲には人が集まって来ていた。
それぞれの顔を見回す。
みんな白い顔をしている。信じられない程真っ白だ。
そして白い服を着ていた。
私は自分の顔に手をやった。
私の顔もあんな風に白いのだろうかと思った。
「あれ、あの人、見た事がある……」
私は自分の向かい側にいる背の高いイケメン男性に目をやった。
私はじっとその人を見る。
私の視線に気が付いたのだろうか? その人もこちらを見ている。そして首を傾げている。
「誰だっけ……?」
私は腕を組んで考えた。
空が明るくなった。
誰もが空を見上げた。
何か知らんけれど、ハレルヤ的な音楽が鳴り響いた。
私達はあっけに取られる。
曲の最後の音が余韻を響かせて消えた。
みんなざわめき出した。
「静かに」
天から厳かな声が降って来た。
誰もが天上を見上げる。
「私は下界転生RPG管理局 人事部担当 ミケツカミである」
「はい?」
「今から転生先を決める椅子取りゲームを開始する」
「転生先?」
「何? それ?」
「椅子取りゲーム?」
私達は口々に言葉を発する。
「静かに」
ミケツカミ様が言った。
「説明が終わるまでは口を開いてはならぬ」
誰もが黙った。
「お前達はつい先日、飛行機事故で亡くなった」
「ええっ?」
驚きの声があちらこちらから上がる。
「マジで?」
「嘘やろ!」
「全く覚えとらん」
人々は騒めく。
「静かにせいと申したはず」
ミケツカミが言った。
広場はしんとなる。
天の声は続く。
「なので急遽、次の転生先を決めねばならぬ。お前達が座った椅子が次のお前達の運命の椅子となる。どの椅子がどの運命に繋がっておるのか、それは行ってみないと分からない」
「今から音楽が鳴り始める。時計回りに椅子の周りを回る。音楽が止まったら椅子を選んで座る。だがお前達は総勢13名。椅子は12個しか無い。一人は椅子に座れぬ。その者には特別な運命が待ち構えておる。
その者は所謂『雪隠に落ちた』と言う事になる」
ミケツカミさんは言った。
「雪隠に落ちた? 雪隠って何?」
私は呟いた。
隣にいたオヤジが言った。
「便所だよ」
「ええっ?便所?」
私は驚いた。そしてごくりと唾を飲み込んだ。
「質問は受け付けぬ。次が待っておるのでの。儂は忙しいのじゃ。では宜しいか? 椅子の後ろに丸いマークがあるであろう。一人一人、そこに立つのじゃ」
私達は何が何だかよく呑み込めない内に言われるがままそれぞれが丸の中に立った。
辺りがしんとなった。
私は体が震えて来た。
死んだから心臓は動いていないはずなのに、心臓がバクバクと鳴る。
と、兎に角、椅子に座らなくては。便所になんか落ちたくはない。
椅子、椅子、……私は椅子を見渡した。一番いいのはあの豪華な革張りのソファだろう。それともあの白くて羽が一杯付いたロココ調の椅子だろうか。……いや、それともあの大理石の椅子だろうか。だが、多分みんなそう思っている筈だ。みんないい椅子を狙っている筈だ
私は周囲を見渡した。半分以上は男性だ。争って自分が勝てるとは思わなかった。
クソ! チートが欲しい!
私は覚悟を決めた。
誰も狙いそうにない「石」に決めた。石の人生。すごく貧しい感じがするけれど「石の上にも三年」って言うじゃない。何とかなる。便所よりもマシだよ。
まず石を狙う人はいないだろう。そう思った。
「こんなんで次の転生先が決まるのか? やってらんねえな」
隣の若造が言った。
「音楽、スタート」
ミケツカミ様の声が降って来た。
「ひえっ」
私はぴょんと跳ねた。
「あんたはウサギかよ。いいから早く行ってよ」
また男が言う。
「うるさいわね。行くわよ」
私は返す。
♪たりらりらーん♪と能天気な音楽が流れる。
リズムが取りずらいったらありゃしない。
みんな椅子から離れてしまうと急ぎ足で次の椅子に向かう。そして椅子に辿り着くと、そこからなかなか離れようとしない。
「おい、早く行けよ」
「分かっているよ。おい、押すな」
「お前が行かないからだろう」
小競り合いの声が聞こえる。
「スムーズに歩きなさい」
注意が降って来た。
「ずるは許さん」
ミケツカミさんが言った。