二話 残念女冒険者
「ぷはぁー、もういっぱい!」
「おいアイツ、確かこの前ランク昇格した──」
「あぁそうだな。期待の新入だろ? どうしたんだ……?」
「たまに見かける相棒が居ないな。もしかして振られたのかな?」
「さぁ……ってか何妄想してんだ。それはないだろ」
時計の針がだいぶ進んで夜の時間。
冒険者ギルドはいつもの賑やかさを取り戻しており、どこもかしこも冒険者達が楽しそうに、雑談したり酒を飲んだりしていた。
その中に一人だけ。
飲み干した大量のジョッキでテーブルを占拠している者がいた。
(なんでふかヴォルフ先輩。なんであんなぶっきらぼーに捨てるんですかぁ。そんなに無能だったんですか私!?)
いつもは凛々しさを残している顔を真っ赤にして無駄にしている女性。体も緑色の髪の毛もグッタリしているし、しゃっくりも出ていると女性として色々台無しにしているエリスだった。
「あんな言い方は無いですってぇ…………」
「おいおい。泣き出したぞ」
「辛い事があったんでしょうね〜」
見事に残念美人と化している彼女はご覧の通り出来上がっている。
彼女は追放宣言をしたヴォルフが出て行った後、貰う予定だったアイテムや金貨は全て無視して部屋を出て行った。
ぐちゃぐちゃになった感情を吐き出すようにクエストを受注せずにモンスターを狩って狩って狩まくる。
……で、気がついたら日は落ちててやけ酒を飲んでいた。
カロリー? 太る? そんなのどうでもいい。今は体の健康より心の健康の方が大事だと、ジョッキを取ろうとして。
「じゃあよんはいえを……」
「もう七杯目よ? そこまでにしておきなさい」
片腕のエルフに取り上げられる。私の精神安定剤を奪ってのは誰だと見上げれば、宝石のような緑の瞳がよく見えた。
この冒険者ギルドのカウンターから来る人で緑の瞳を持つエルフといえば一人しかいない。
「ミナーシャさん……?」
「はい、酒に潰れている貴女を心配して来た所長さんです。明日もクエストあるんでしょう?『ちゃんと体調を直しなさい?』」
優しい音色がエリスを包む。
ミナーシャは喋っただけなのにまるで魔法でも受けた様にエリスの心が少し軽くなっていた。
ぼんやりした視界も元に戻り、僅かにあった胸焼けも引いてきている。心も体も健康に戻れば、自然と会話もできる様になった。
「……そう、ですね。ちょっと飲み過ぎていました。すみません」
その暖かい目をみると不思議と頭が冷めていく。気づいた時には謝罪の言葉を発していた。
「よろしい。やけ酒は周りに迷惑が掛かるからね。それに貴方はシルバーとはいえ、夜中の街で酔っ払った女性が一人というのは色々危ないから」
ギロリと彼女が周りを見れば、何人かが慌てた様に視線を逸らす。これでエリスはあの所長の保護下に置かれたも同然。
レジェンドクラスの実績持ちを相手に襲う奴は居ないだろう。
「でもこんなに飲むなんて……一体何があったの?」
所長さんと一緒にテーブルの上を見ると、空のジョッキで埋め尽くされていた。
ジョッキの外から出てきた水滴が木の床に落ちる様をみてどれだけのスピードで飲んでいたのか今更思い知る。これは止めに来るわけだ。このペースで行っていたら店を出る前に戻していただろう。
「えっーと、そうですね。私、パーティーを解散……いや追放されちゃって」
「……あらあら、それは」
所長さんの目が少し細める。冒険者全盛期の時代だった終末事変後の世の中、パーティーの解散自体は珍しくもないが追放はちょっと珍しい事だ。
「でもおかしいわね。貴女はシルバーに上がったばかりでしょ? 追放する理由が見当たらないのだけれど……」
「まあ珍しいですよね。自分で言うのもあれですが将来有望な人間を追放するなんて。でも理由は何となくわかります」
ましてや追放されたのが期待の新人。それを手放すのは余程のバカか、それとも……
「あの人が強いからですよ」
圧倒的な強者か。この二択しかない。
そして彼女の場合は後者。
「………………そういえば。貴女のパーティーを見たことが無かったわ」
「クエスト受注する時はいつも一人ですからね」
よくギルドでの勉強と称して一人で行かされていた。
もしかしたらあれも追放するための準備みたいなモノだったのだろうか。そう思ったエリスはちょっと落ち込んでしまう。
(……いやいやダメダメ。私はもうあの先輩と道は別れたの。なら落ち込んでばかりじゃなくて先の事を見ないと!)
顔を振るって気持ちを変える。頭の中がスッキリしている今は、少しでも先の事を見るべきだと考える内容をシフトした。
その間に椅子に座ったミナーシャがエリスに問う。
「それで気になった事があるんだけど、今後はどうするの?」
「……えぇ〜と、実はあまり考えてなくて。メンバーが見つかるまではソロで活動するつもりなんですけど」
ヴォルフが置いて行ったお金やアイテムはほっぽり出してしまった彼女。お酒代は払えるが明日からの生活費を払えるほどのお金は持っていない。
報酬金が高いクエストを受けるか?
でもそういったクエストは大体難易度が高い。いくら二ヶ月でブロンズからシルバーに上がった私といっても、一人では心許ない。
せめて二人以上で行動したいがそもそも私には他のパーティーに入る当てがない。実力を売れば……いやシルバーはキツイ。
かといって一人でも心配ないクエスト、例えば採掘クエストになると今度はお金が少なくなる。それじゃあ生活が……。
(うーん、どうしよう。あの時お金でも受け取っていれば……)
「なら私がクエストを回しましょうか?」
今更あの宿に戻るのもあれだしこれは困ったな……そう考えていたら思わぬところから助け舟が出てきた。
「え、でも」
「勿論クエスト人数は二人以上よ。ちょうど貴方と同じ様にソロで活動しようとしている人がいてね。私としては心配だから少しの間は組んだらどう? 仮パーティーの申請とかはこっちでやっておくから」
「そこまでやってもらうのは申し訳ないっていうか──」
「金もそれなりに付くし、どう?」
「はいやります!」
所長さんがこちらの心を見透かしたかの様にクエスト用紙を出してくる。困惑しながら受け取ったエリスは目を見開く。何せ書いてある事が彼女の要望にピッタリな物が多いからだ。
所長が言った通りクエストは二人以上じゃないと受けられなくて、尚且つ難易度は比較的簡単な採掘クエスト。なのに報酬金はヴォルフから教わった相場の二倍はある。
なんだこれとエリスは睨みつける様に紙を見る。
(え、なにこれありがた……けど怪しくない?)
タイミングといい話が良すぎるのだ。
確か世の中には冒険者を騙そうとするクエスト依頼者がいると聞いた。他にも最近は随分と減ったがギルドぐるみで受領条件が簡単で高い報酬金を餌に、死亡率が高いクエストを出す所もあったと言う。
勉強して良かったと思うエリス。
全部先輩から教わった事も思い出して複雑な気持ちにもなるエリスだが。
私を罠に嵌めようとしているのか、さっきまで私を優しくしていたのはこの為だったのかと、クエスト用紙をの僅か上からシド目で所長を見るエリスだったが、また心を見透かされていたようだ。
所長は子供を見る様な暖かい笑顔でエリスを見ていた。
「ふふ。しっかり警戒心持ってて偉いぞ。世の中には詐欺クエストとかぼったくりとかあるからね。そう言う心構えは持っておきなさい」
「は、はい……」
何故か頭を撫でられてしまった。
「勿論これはそう言うクエストではないわ。紙の右上見てみなさい」
「あ、ほんとだ。赤くて大きいハンコが」
赤色でギルド依頼と書いてあった。
つまりこれはギルドを管理している国からの依頼という事にもなる。
一般からの依頼と違ってクエスト内容はある程度は保証できるだろう。
「すみません! よく見てなくて」
「別に良いわよ。つい最近来たばかりの貴女が知らなくても無理ないし。こんな物見たら詐欺だって疑いたくなるわ」
けどね、と続けていいながらミナーシャはクエスト用紙に書かれたとある単語を指さす。
そこには「宝珠石」と言う単語が書かれていた。
このクエストで採掘対象となっている資源として。
「宝珠石……?」
「この街の近くにはね、高値で売れる資源が沢山眠っているの」
「……私は知りませんね。あの人追放するからわざと教えなかったのかな」
「ん?」
「あ、いえ。なんでもありません。とりあえずこれが大丈夫なのは分かりました……ところでその資源っていうのは?」
種類は魔法石に分類されているが、ここまで高値になるものは聞いた事がない。宝珠石の名前もエリスは初めて聞いた名だ。
「新種の魔法石。紫色に黒く濁った邪悪な感じが出てる宝石みたいなので、魔王の魔力の残滓が入ってるの」
「何それ本当にとって大丈夫なんですか!?!?」
魔王とか言う大陸全土を一度焼け野原にした奴の名前にメチャクチャびびって席を立ってしまった。
「大丈夫よ。大聖女の元、国の組織が審査して問題なく活用できるって分かってるから」
「あぁそれなら大丈夫ですね」
同時に全土の焼け野原を全て草原に戻した化け物の名を聞いて、びびっていた心が一瞬で消えた。ついでに後ろに倒れた席を戻して座った。
「それでどうする? クエスト受ける?」
「……お願いします。ただ一つだけ聞きたい事が」
「ん?」
「なんでこんなにしてもらえるのですか?」
エリスの意を決した表情が見える。
彼女からすればシルバーとはいえソロの冒険者。その上追放されたばかりとバツイチと、ギルド側から見れば信用が悪い。
この質問は失礼だと感じながらも、どうしてそこまでして貰えるのか気になってしまった。
「……うーん。運営側の私がこんな事言うのはあまり良くないんだけどさ」
テーブルに肘をついて何かを懐かしむ様に彼女は言う。目線は目の前に居るエリスではなく、もっと遠い所に向いている様な。
(あれ、どこかで……?)
既視感。
所長としっかり話したのは今回で初めての筈なのに、見覚えがある。つい最近、同じ様な目をした人を見た気がする。
結局エリスが所長の答えを聞く前に、その結論に辿り着く事はなかった。
「ちょっとダブったんだよね。ほっとけ無い過去の知り合いと」