十話 予兆
『……そうかそうか。それはご苦労であったな』
「あぁ私のミスでもあるが、今回の敵は色々と例外すぎだ」
場所は冒険者ギルド。
そこでは歴史的快挙を成し遂げたエリス達を祝うための宴会が行われていた。みんながみんな、エリスを褒めたり感謝の言葉を送っていたり、賑やかで平和な時間が流れている。
エンコウン街を拠点とする冒険者達がご馳走にありつけながら、笑顔でガヤガヤしている光景が見えるのはまさしく勇者パーティーの二人とエリスが居たからこそ。
ただしミナーシャはその中には居ない。
彼女がいるのは誰もいない隅っこ。
壁にもたれながら頭の中で会話をしていた。
持っている赤いワインが暗い影の中で美しく浮き出ており、それを飲んでいるミナーシャの表情はどこか沈んでいる。
『ククッ、貴様がそこまで言うか。かの最新の狩人も弱くなったのう?』
「否定はしない。だがまぁ、私もずっとこのままではいないさ。進んでいくとしよう……」
自分の監視不足のせいで、新人のリッカに取り返しの付かない傷を負わせてしまった事にため息が出そうになるミナーシャ。
だが口から出る一歩手前で踏ん張り飲み込む。
自分は長寿種のエルフだ。他の人間種なら一日で終わる事も、それ故に数ヶ月時間を掛けてしまう事もある。
そんなのんびりしている時間はないと自分で自分を叱った。今は心に傷を負っている仲間と、新しくパーティーに入ったエリスの事を進めるべきだろうと、目の前で胴上げされている彼女を見た。
「エリス、おめでとう!」
「ディピィグルヴェルフを冒険者になって半年もしないうちに倒すなんて」
「祝え祝え! 俺の奢りダァ!」
「エンコウン街の英雄ーー!! ヒュー!!」
「ちょ、ちょっと、私だけじゃなくて先輩のお陰━━」
「今日は一日通して飲みまくりだぁ!」
『そちらは宴会で忙しいようじゃの。なになに、例のエリスとやらはそこにおるのか?』
「あぁいる。今は胴上げされて困惑してる所さ」
目の前の光景を見て、メナーシャは過去の自分たちの事を思い出す。確かレイが良くされていたなと、懐かしい気持ちになっていた。
「それで次の話に移ろう」
『お主が言っておった贈り物の事だな』
ただ自然と笑みが浮かんだ時間はごく僅か。
本題に入ろうとすれば、彼女の表情は真剣なものになった。
「宝珠石……というより、魔王の残滓の影響を受けた魔物達は選別して送ってある」
『そうか……例のディピィグルヴェルフは無理か。出来ればアレを研究したかったのが……』
「無理なお願いだな。奴はヴォルフの手で完全に殺されたよ。そうでもしなければこの平和は掴めなかった」
『……ならば仕方あるまい。今回送られてきたサンプルでできるだけ原因解明に近づけるとしよう』
「それとだ、治療が必要なリッカという女性もそちらに送った。死ぬことはないだろうが事情が事情だからな、サンプルより早く着く」
『そうか、それで━━』
「しょ、所長さーん!」
誰かの助けを求める声。
というよりエリスの声だ。
古の森跡では勇敢な戦いぶりを見せたというのに、今の彼女はなんとも頼りない。
強大な悪意には強くとも、無意識な善意の嵐には弱いらしい。
というより既に人混みから抜け出した彼女は目がクルクルしている。抜け出すまでの道のりはさぞかし困難だったのだろう。
『……今の声は我にも聞こえたぞ。この声の主がエリスという訳か』
「あぁ」
ミナーシャも伝えたい事は全て伝えた。
彼女は忙しいのだ。これ以上の無駄話も必要無いと魔力を弱めていく。
「私のミスで産んでしまった怪我人だ。出来ればリッカの事を頼みたい」
『━━出来れば?』
はずだったが魔力の繋がりが強まった。
エリスへ辿り着く直前、その言葉は聞きづてならないと待ったを掛けた。
偉大な彼女のめちゃくちゃ、めちゃくちゃに高いプライドに触れたが故に、それは見逃せないと言葉を告げる。
『一体誰に言っていると思っている?』
彼女もかつて魔王を倒した人間の一人。
同時に世界に最も貢献した歴史的人物。
『我はこの世界において最も偉大な人間』
魔王の瘴気によって死にかけていた大地を蘇らせ、それからたった数年で数千万も救った神の使いと呼ばれる者。
ある人はこう言う。
世界を救った救世主と。
ある人はこう言う。
彼女こそ神から授けられて奇跡の具現化だと。
勇者とは別方向で世界を救った光の使者。
その者の名を━━
『大聖女ジェネス様じゃぞ』
━━回復分野において
彼女は言う。
傲慢でも油断でもなく絶対的な事実として。
━━我に不可能という言葉は存在しない
その言葉を最後に魔力の繋がりは途切れた。
同時にミナーシャはエリスの前に辿り着く。
「エリスさん。宴会はどうかしら? 前よりもいっぱいお酒が飲めたと思うけど」
「人があんなに集まったらお酒どころじゃありませんよ〜」
最新の狩人としてのミナーシャを潜め、優しくて頼れる(自称)ギルド所長としてのミナーシャになってエリスに話しかける。
ただエリスはあまり調子が良くなさそうだ。
目をグルグル回している様子からしてどれだけ周りの冒険者に話しかけられたか。
「そうね。今の貴方はこの街を救った英雄よ。人気者になっちゃうのも仕方がないわ……ほらこれ。あそこじゃお酒も碌に飲めないと思って」
「ありがとうございます………………美味しい」
「フフッ。気に入ってくれて良かったわ」
木の方の腕であらかじめ取っておいたワインを渡せば、エリスは両手で小さいワインを掴んだ。
見るからに慣れていないその様からして普通の少女のよう。
「……少し顔色が優れないわね」
「……………………」
だからこそ影のかかった表情も分かりやすい。
昔の誰かと違って表情が良く表に出てくる。
「さっき大勢の冒険者に揉まれた……訳じゃないか」
「あ、はい。その……」
「エリスちゃん。一回外に出てみない? オススメのスポットがあるの?」
「オススメのスポット……?」
「えぇ。きっとエリスちゃんも気にいるわ」
とにかく優しい表情を見せる事を心がけてそう話す。
エリスも断る理由がない。
よってそのまま二人は騒がしい屋内から一転。静かでのどかな外へ場所を移した。
「こんな所、初めて来ました。すごく高いんですねここ」
「えぇ。本当ならギルド関係者しか入れない場所だからねぇ」
「え、そんな場所に入って良かったんですか……?」
「大丈夫よ。今回は特別だから」
場所は変わってミナーシャ専用に建てられた監視塔。
高さ三百メートルを誇る塔は遠くまで見渡せる。目のいい人なら古の森跡よりもさらに先の景色まで。
彼女もそうだ。持ち前の視力で目の前で広がる景色を余す事なく堪能できていた。
「すごい……綺麗」
月夜に照らされたどこまでも広がる壮大な自然。
朝や昼とは違った暗く静かな側面を持つ自然も、それはそれは味なものなのだろう。
日が昇っている時によく通った平原だが、時間と視線の高さでここまで変わるものかとエリスは感動している。
確かに所長がオススメするのも分かる。こんな景色は滅多に見られない。
「ここに来て良かったです。こんな綺麗な景色なんて人生で一度や二度見れる見れるかどうか━━」
「ごめんなさい」
「所長さん……?」
「リッカちゃんの件よ」
エリスの隣ではそう言ったミナーシャの表情は硬い。
いつもの優しい表情は奥に潜め、視線は少し下がっている。
「古の森跡の管理を任されていながら、ディピィグルヴェルフに気付けず二人を危険な場所へ送ってしまった。その結果、リッカは片腕を失い、エリスも命の危機に合わせてしまった……原因は私にあります」
そうしてエリスと向き合って、ミナーシャは頭を下げた。
「仕方ありませんよ。正直言ってあのディピィグルヴェルフは異常でした。すぐ近くにいた私達でも、攻撃されるまで感知できませんでしたし……」
ただエリスは謝罪は受け取るが、ミナーシャの行動に非があるとは思っていない。
自分に油断がなかったかと言われれば否定はできないが、恐らく本気の魔力探知でも見つける事は不可能だっただろう。
ヴォルフとの戦闘を見れば分かる。
常識なんて物差しで測れない化け物だった。
「それに聞きましたよ。あの時にエンコウン街まで迫ってきた魔物達を仕留めたのはミナーシャさんだって」
宴会の時に副所長から伝えられた情報だ。
「ミナーシャさんがいなければ街は酷い事になっていました。だから顔を上げてください。ミナーシャさんや先輩がいなければ、私もリッカもこの街も、この世から消えていたかもしれないんですから」
そう目の前で頭を下げているミナーシャに言う。
エリスの言葉をどう受け止めたのか、そこから少しの沈黙が続いたが、意を決したようにミナーシャは顔を上げた。
「……………………………………そう言って貰えると、こちらも助かるわ」
ミナーシャの表情は少し柔らかくなっていた。
「まぁミスをした代わりにと言う訳じゃないんだけど、リッカは信頼できる人の所に預けたわ」
「ミナーシャさんが信頼している人ですか。でもあの傷はミスリル級の人でも治すのは難しいのでは」
「大聖女ジェネス」
唐突にビッグネームを聞かされたエリスの目が大きく広がる。時に死者すら生き返らせたという逸話を持つ彼女の事だ。
奇跡を意図的に起こせる超人の下へリッカが行ったと言う事は……?
「もしかして無くなった片腕も……」
「治るでしょうね。あ、もちろん医療費とかその辺りの問題は私が解決しておいたから。主に私の地位と実績を使って」
指を一本だけピンと伸ばしながらいたずらっ子のようにミナーシャは笑った。どうやらリッカの冒険者生活は終わらずに済んだようだ。
同時に彼女も夢を追い続けられる事が分かった。
「……………………良かったぁ〜〜〜〜」
「リッカちゃんの事は私が保証するわ。少なくとも元の生活には戻れるでしょうね」
「うぅぅ〜〜よがっだァァァァアアア」
「もーこらこら。抱きつかないのー」
「あ゛り゛か゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛」
リッカの同伴者としての責任を感じていたエリスは、予想外の朗報に歓喜の大声(?)を出していた。まるで後悔や疲れといった暗い感情を吹き飛ばすように、彼女の心がスッと軽くなる。
「あ、だけど私から一つ訂正いいかな? ミスをした私が言えた事ではないけど」
「?」
抱きつかれながらも全然動じないミナーシャが仕切り直しと声をかけた。というより人差し指をエリスの目と鼻の先まで持っていっている。
たった一点違う。
そう強調するように。
「貴方は私やヴォルフのおかげで街が助かったといっていたけど、それは間違い」
「え……?」
「貴方もよ」
狩人である彼女の目は、エリスの目をしっかりと射抜いた。
「……戦ってたのほとんど先輩でしたよ? 私との戦いなんて相手からすればお遊びみたいなものだったし……」
自信なさげに後ろへ下がるエリスだが、最新の狩人が捉えた獲物を逃すはずが無かった。
「今日は散々だったけど、私の目までは狂ってはいないわよ。ヴォルフがトドメの一撃を放つ直前に放った、見事な弓矢の攻撃は私も見てたからねー」
「え、アレ見えてたんですか……?」
「私はこう見えて目はとっても良いから」
メガネを触りながらそう言うミナーシャ。
「側から見ていても分かりやすかったわよ。貴方、ゾーンに入っていたでしょう?」
"ゾーン"
聞きなれない言葉だが、エリスは否定できない。
見える世界がスローモーションのように動く、まるで自分が特別な存在になれたような。心を端から端まで満たす万能感と言うべきか。
ディピィグルヴェルフに放つ直前に、不思議な感覚に陥っていたのは事実だ。
具体的な言葉で表す事はできない。
だがこれだけは言える。
おの瞬間にエリスは、更なる上の段階に至っていた。
「見える全てがスローモーションになって、万能感で満たされる……それはね。人が限界を超えた時に感じるものよ。ようは強くなったってこと」
「わぉ、なんか心の中で思っていた事をドンピシャで当てられた気分です。ミナーシャさんってエスパーですか?」
「さぁて、それはどうかな?」
あの時に感じた感覚を全て当でられてしまえばエリスはただただ驚くしかない。
ミナーシャもそんな彼女を見て、図星と理解したのか。優しそうな笑みを続けて話を続けた。
「まぁ私がここに連れて来たのは、そう言う事じゃなくて」
「リッカの事ではないのですか?」
「それもあるけど、私が伝えたいのは感謝よ……ほら」
「…………?」
ミナーシャが顎を動かした先は隣の景色。
丁度平原が見える方向とは真逆の景色を見ろと促す。
「平原の夜景もいいんだけど、貴方に見て欲しいのはこっちよ」
彼女が言った見て欲しい景色は何なのだろうか?
その言葉の意味を探りながら振り返ったエリスに見えたのは…………
いつもの街の景色だった。
「━━━━━━━━━━」
真っ暗な無機物だらけの夜景。
ただそこらかしこに光の玉がたくさん見えて、直接見えはしないけど生き物の息を感じ取れる景色が広がっていた。
耳をすませば今でも酒場で騒いでいる冒険者達の声が、誰かが歩く音が聞こえてくる。
自然とは違った美しさを誇った景色が広がっていた。
「私もたまにここへ来ることがあるけど変わっていないねー。全く」
そう。変わらない。
変えられるはずだった美しい街は健在のままだ。
「少なくともヴォルフが普通に殺せば古の森跡は消えて資源は無くなる。そうなればこの街は貧困に陥っていただろうね」
間違いなくこの街は生きている。
エリスはこの光景に言葉にできない感動を覚えていた。
「百体の魔獣は私が仕留めた。ディピィグルヴェルフはヴォルフがいれば普通に|殺せただろう」
━━ただ
「エリスがいなければこの街はハッピーエンドを迎える事は出来なかった。君のお陰で、この街は救われたんだよ」
━━ありがとう
最後の一言でエリスは本当に何も言えなくなった。
恥ずかしそうに手すりに乗っけた腕で顔を隠してしまった。
それを後ろからゆするミナーシャ。
さも姉妹のような光景が広がり、時間はゆっくりと流れていく。
「う、で、でもなぁー」
「どうしたの。まだ悩みがあるのかな?」
少し時間が経って、エリスは不安そうに呟く。
リッカの件も終わった。けれど彼女にはまだ解決できていない部分がある。
一日前から始まった。
ある意味この大きな騒動に巻き込まれた原因と言えるあの出来事の事を。
いつの間にか消えていた彼の事が。
「悩みというか……先輩とまた離れ離れになったなって」
「……あぁー」
少し悲しげな顔をするエリス。
彼女は気づいていた。宴会の時から自分が尊敬する先輩の気配が消えている事に。
『それじゃあ、これでさよならだ』
「…………………………」
また置いて行かれた。
あの言葉を思い出して彼女は我慢するように自分の胸の中心に手を置く。
「あーいや。ヴォルフは認めてると思うよ?」
ただなぜか。
痛々しいエリスとは対照的にミナーシャはなんか、雰囲気が軽かった。もうその問題は終了しているぞと言わんばかりに。
「そうです、かね。先輩またいなくなっちゃったし……」
「そうでしょヴォルフ?」
「そうだな」
「まぁ、私なんて━━先輩っ!!?!??!!」
エリスにとってすごい聴きなれた男の声。
彼女が驚いて後ろを振り向けば、黒髪で眼帯をつけた男……ヴォルフが立っていた。
「え、あ……あのぉーいつの間に」
「……ついさっきだよ」
「………………………………ホッ」
さっきまでの会話を聞かれていたら恥ずかしさで死ぬ所だった。そう尊敬する先輩の返答を聞いて安堵するエリス。
(ヴォルフ、気を遣って嘘ついたな)
ただしミナーシャは途中からいた事に気づいている。
「あ、あの……先輩は何でここに?」
「私が呼んだのさ」
「……所長?」
ついエリスが所長と呼んでしまう。
さっきまで一緒に話していた人が、急に人が変わったように感じたから。
メガネを外したミナーシャの声が変わる。
さっきまで優しさで溢れていた声から、弓矢のような鋭い声へ。
振り返ったエリスが見たのは、先程までいた優しい女性ではなく歴戦の猛者としての狩人だ。
エリスとの対談は終わり、ヴォルフがこうして現れたならこれからの事を話すべきだろうと、ミナーシャは切り替える。
「ミナーシャ、頼まれた調査クエストで何か分かったか?」
「あぁ分かったよ。……嫌な事に私の予想が当たってしまった」
「つまり魔王の再来か」
「あぁ」
話し合いは簡潔に。
ただしヒョイっと落とした言葉の威力は災害級。
息を呑むエリスを他所に会話は進む。
「少し前から宝珠石の動き……主に私達が破壊の使者と戦った場所にある宝珠石におかしな動きが感知された」
煙管を咥えながらこめかみを押すミナーシャ。
これから起こる出来事を想像してしまったのか、面倒そうな雰囲気がダダ漏れだ。
「エリスも聞いておけ、これはお前にも関係する話だからな」
「……はい」
現実から逃れるように吸っていた煙管を離す。
「ヴォルフやその他の信頼できる冒険者達に調査を依頼したが、その結果、異常な魔力活動と人類に対する悪意の動きが見れた」
「人類に対する悪意ですか? それって……」
特殊な言い方にエリスがオウム返しするが、言い終える前に彼女は分かった。
というより分からないはずがない。
彼女達は今日、その一例とも呼べる化け物に遭遇したのだから。
「つまり……エンコウン街以外にも破壊の使者みたいな奴らが居ると言う事になる」
それが事実なら街が消滅する所で済む話ではない。
国……いや最悪の場合、人類が滅ぶ可能性がある。
「……十数年前と一緒だな」
「そうさ。あの悪夢がまた迫ってきている。すぐそこまでな」
終末事変の再来。
それが彼ら達の短い会話を聞いたエリスが、真っ先に思い浮かべた言葉だった。
「ヴォルフ、お前に最上位機関の指令を教える。
━━かつて私達が破壊の使者と戦った場所を巡れ。
そこで問題があればすぐに解決させ、時に今回のディピィグルヴェルフの様な魔物がいたら始末しろ」
ミスリル級の冒険者でも達成するのが不可能な指令だった。だがヴォルフはミスリル程度の冒険者ではない。
「分かった」
何の反論もなく受けた。
というより魔王との戦いが終わった今でも、強敵と殺し合いをする日々なんて彼にとって日常と変わらないのだろう。
「エリス。今言ったことは秘密にしろ。今の段階で言いふらしても大きな混乱を招くだけだからな」
「……分かりました」
ヴォルフに向いていた目線がエリスへ移る。
目を向けられたエリスは蛇に睨まれた感覚に陥るが、すぐに返事をした。
「ただ所長さん。一つ質問してもいいですか?」
「なんだ」
同時に一つの疑問が。
そんな重要な情報をなぜシルバー冒険者がいるここで話したのか。
命令を受けながらも早速起こっている矛盾にエリスは疑問を感じていた。
「今の情報、私が聞いても良かったの、ですか……?」
もちろんミナーシャもわかっているだろう。
彼女はこれといった変化もなく淡々と話を続ける。
「問題ない。というより、その為にここに来てもらったからな」
ミナーシャの言葉に顔を傾けるエリス。
さっきまでの会話と今の言葉には何の接点がないようにみえたが。
そんなエリスの考えを見通しているのか、ミナーシャはヴォルフをもう一度見ながら、次の指令を出した。
「ヴォルフ、もう一つ指令だ」
「そうか……君が呼んだのは」
ヴォルフも薄々気付いていたのだろう。
彼も淡々としながらも、次にミナーシャが何を言うのか分かり切っていた。
「ヴォルフ、この旅にエリスを連れて行け」
静かな夜に大きな風が流れた。