真の令嬢は同じドレスに二度腕を通さない
ぱしゃり。
「あら、ごめんあそばせ」
毎期恒例の王家主催の夜会にて。
今回初参加となる新進気鋭の子爵家令嬢、ヴァイオレットにワインをぶちまける令嬢がいた。
侯爵令嬢スカーレット。真紅の豪奢なドレスを身にまとった彼女は、黄色と青のドレスの取り巻き二人を従えて、ワインを頭からかぶったヴァイオレットをにやにやと取り囲む。
「お話に夢中になってしまって、そこ居たのに気が付きませんでしたわ?」
新人つぶし。
格付け。
令嬢にとっての戦場は夜会である。
新たにエントリーしたライバルに、一発かまして立場をわからせる。
それがスカーレットの戦い方であった。
戦いは最初が肝心。ビビったほうが下。
それは夜会という戦いでも同じこと。
つまり先手必勝であり、仕掛けるほうが有利なのである。
戦装束たるドレスを汚されてしまっては、敵は撤退するか徹底抗戦するかしかなくなる。
だが三対一という戦力差。
戦いは数。
つまり。
勝ったなガハハ。
この時、スカーレットは数多の令嬢を潰してきたこの戦術が、今回のニューフェイスにも通じると確信していた。
従う二人も同じだったろう。
だがしかし。
「あらあら、こちらこそ、気づかずに申し訳ございませんでしたッ!」
「ガッ!?」
ヴァイオレットはそうではなかった。
伏せていた顔を上げると同時三人に囲まれていることもものともせず一瞬で首魁たるスカーレットの前まで詰め寄ったかと思うとその肩に手を置きワインにまみれた頭を下げたのだ。
申し訳ございませんでした、と。
見事な謝罪であった。
滴るワインごとヴァイオレットの額がスカーレットの顔面を襲う。
これに対し肩をつかまれたスカーレットは反射的に身を引こうとしたができず、打点をずらして相手と同じ額で受けることしかできなかった。
そしてさらには打ち負けた。
「スカーレット様ッ!」
「なにをする子爵令嬢ッ!」
動きについていけなかった取り巻きが声を上げる。
だが、暴力的な返杯を受けたスカーレットの口元は笑っていた。
「なかなか丁寧な謝罪ですことッ!」
スカーレットは腕を内側から回すようにして肩をつかんでいたヴァイオレットの手を外し、先ほど思わず引こうとした分を、そして打ち負けた分を取り戻そうとするかのように前に踏み込んだ。
密着状態。
ドレスによって強調されているお互いの胸がつぶれあうほどの。
双方顔面はワインにまみれ、胸元まで垂れている。
にらみ合い。
子爵令嬢と侯爵令嬢という、本来なら格の違う二人が、今この場では互角であった。
「ふッ」
「はッ」
真の令嬢に退転はない。
二人はあるいは愛する者同士の接吻かという距離でにらみ合い。
示し合わせたかのように同時に頭を引いて。
ぶつけ合った。
再度の頭突きは引き分けだった。
双方ともに反動で体が後ろに下がる。
だが体勢は崩れていない。
バイオレットも。
スカーレットも。
にやりと笑い。
「素敵な馬のしっぽですわねぇぇぇぇぇぇッ!」
「素敵なドリルですことぉぉぉぉぉッ!」
お互いの髪形を誉めあいながらクロスカウンター。
相打ちからヴァイオレットが腕を取りに行きスカーレットが円の動きでこれをさばいたかと思うとヴァイオレットは身を低くしてタックルをつぶし損ねたスカーレットはそのまま体を持っていかれもろともに料理の並んでいるテーブルにどんがらがっしゃん。
「スカーレット様ッ!」
「くっ、加勢よッ!」
周りで見ていたほかの令嬢も、見ていなかった料理を物色していた令嬢も巻き込まれ状況は乱闘へと移行していった。
「今年も始まったようだな。君のお眼鏡にかなう娘は現れるかな?」
「どうでしょうね。あのスカーレットが敗れるようなら、フフフ」
夜会の最上位位置にて、赤いドレスの王女マリーは心底楽しそうに笑う。
毎期恒例の夜会における令嬢の乱闘はひとつの風物詩。
令嬢たちの激しい戦いによって、夜会の終わりに立っている者たちのドレスは元の形を残していないのが通例だ。
だから夜会を最後まで楽しむことのできる、真の令嬢は同じドレスに二度腕を通さない。通せない。
そして、赤いドレスは強者の証。
返り血を浴びても目立たない色は真の淑女にこそふさわしい。
真紅のスカーレットはやり口は姑息だが、それはそれとしてその色にふさわしい力も持っている。
しかし、その上を行くのが王女マリーの血色のドレス。
“血濡れ”マリーは目の前の乱闘をしばし眺める。
視線の先ではちょうどスカーレットの取り巻きがパワーボムを決められていた。
「スカーレットの戦いが決着したら、と思っていましたが。うふふ。我慢できそうにありません」
ふわふわのストールを婚約者に預けると、弾む足取りで乱闘へと歩を進めた。
「皆さんばかり楽しむなんてずるいわ。わたくしも、ま~ぜ~てッ!」
こうして今日も、多くのドレスが消費されるのであった。