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ホントの私、ホントのキミ

作者: はじめアキラ

『女の子が知らない男の子の真実ー!それは、今の男の子もホントは、おしとやかな大和撫子が好きだってこと!』


 ぽろり、と。今まさに箸で掴みかけたミニトマトが、皿の上に転がり落ちた。

 私はぽかん、と口を開けて――流れていくバラエティ番組を見つめる。いかにも胡散臭い占い師(?)のような人物が、アンケート結果をアニメ声で説明していた。普段なら休みの日であってもそうそうつけないような番組。見ていたのは、たまたま録画したドラマを見終わってしまって、他に見るものがなかったというそれだけの理由に尽きる。


『“色気があるのはいいけど、やっぱりパンツスタイルよりスカートの方が可愛いと思う!”“足を開いて座るような女の子とはぜーったい付き合いたくない!”“産毛がちょっとでも生えていると女の子としてどうかと思う”“喋り方も可愛い方が好き、さばさばした男っぽいのはちょっと引く”“男のリードに身を任せてくれる女の子の方が、プライドが傷つかなくていい!”……ふむふむ、そんな意見は現代のご時世でも多いんですねえ。見た目も中身も、女の子らしい子が好きって男子は多いようですよ!』

「……ま、まじ?」


 私は思わず、今日の自分の服装を見下ろした。幸い、先ほど出かけて帰ってきたままなので、普段のようにおうち仕様=ジャージスタイルでごろごろしていたわけではない。それでも、自分の服装に女らしさがあるかと言われたら――皆無だとしか、言いようがなかった。水色のワイシャツに藍色のジーパン。外に出かける時はジーンズ系のジャケットを羽織って、青系のボーイッシュな帽子をかぶって歩くのが私のスタイルだ。要するに、服装からして非常に男っぽいのである。頑張って“ユニセックス”と表現するのが限界だ。

 なんせ、幼い頃から女の子らしい服装が大嫌いだった私である。なんであんな、引っ掛けたらすぐ破れそうなスカートを履いて、足を露出して歩かなければいけないのか。女言葉は可愛いと言われるのに、男言葉を少し使っただけで乱暴だと非難される理不尽(これは、男の子が男言葉を使ってさえ言われがちであると思う。そもそもなんで中学の英語の教科書の和訳は、女の子はがっつり女言葉で喋るのに男の子は一人称で“俺”と言うことさえ許されないのかさっぱりわからない)。

 外を思い切り駆け回り、自由に歩き回るなら断然男の子に近い服装の方が気楽だ。大学生の今でこそさすがに控えてはいるが、中学生までは普通に“俺っ娘”であった私だから尚更である。男の子になりたいわけではない。ただ、男の子であった方が断然自由だと思うのだ。女らしくしろ、おしとやかにしろ、女の子なのにマナーが悪い――そんなことをガミガミ言われるのなんかうんざりなのだから。

 そう、そんな自分の生き方を、今の今まで否定などしたことはなかったのである。――現在進行形で、彼氏と呼べる相手さえいなかったのなら。


『自由な時代、女性も働く時代ではありますが!だからこそ、女性らしさを発揮することが大切ということなんですね。女性らしさを生かし、女性らしく細かやな気遣いができる人に魅力を感じる男性は多いみたいです。そこのアナタ、女の子らしさを磨くのを忘れていたりしませんか?デートで男の子の意思もきかないで、ぐいぐい自分の行きたい方向に引っ張って行っちゃってたりしませんか?それ、相手は本当は嫌かもしれませんよ?』

「ま、ま、まじで……」


 ずずーん、と落ち込む私。いや、今付き合っている彼――いつきは草食系の優しい年下男子であるし、私がいつも姉御肌を発揮してデートコースを決めることに不満を言ってきたことは一度もないが。

 本当は、彼も嫌だったりするのだろうか。

 おとなしいのをいいことに、自分の意見を封殺されてばかりだと不満を抱え込んでいたりしないだろうか。


――ど、どうしよう。もしそうだったら。


 ここまで私が、彼のことを考えてアタフタするのには訳がある。

 一週間後から、三日間――私は彼とふたりっきりの旅行を予定しているのだ。付き合って半年。念願の、初旅行である。




 ***




 大学の同じサークルの先輩後輩。それが私と彼の関係だった。音楽系のサークルはいくつかあり、私達の吹奏楽部もそんなうちの一つだ。

 大学ともなれば、経験ゼロで吹奏楽を始めようと思う人間はさほど多くはない。樹は珍しく、小学校から高校まで一度も楽器を持ったことがないのに入ってきた新入生であったのである。その彼と同じパートで、必然的に世話係になったのが私であったのだ。


『トロンボーンの難しいところの一つが、スライドの微妙な位置で音が変わっちまうところなんだよな』


 いつからお互い、意識をかけるようになっていたのか。そこまでやる必要があったかどうかわからないのに、ついつい――指導にかこつけて、彼の手をこっそり握るようになっていたのは確かだ。後ろから支えて、彼の右手を支えてスライドの位置を教える。まだ中高生でも通じそうなくらい、あどけない顔をした樹は。顔を真っ赤にしながらも、一生懸命私の指導に耳を傾けていた。

 本当は。こっちの方が、ドキドキを悟られないように必死であったのだけども。


『だからこそ微細な高さ調整が簡単なんだけど。演奏中に、いつも狙った位置にきちんとスライドを滑らせていけるようになるってのはもう……慣れしかないんだなこりゃ。あと舞台の上は、スポットライトが当たっていて暑いことが多い。普段より音が高くなりやすいってことは意識しておいた方がいいぞ』

『は、はい!』

『それから、タンギングのコツなんだけどさ……』


 彼を少しでも早く一人前にしたい気持ちと、私自身の下心。いろいろあってマンツーマンレッスンをしていたある日――廊下で唐突に、言われたのである。今度一緒に、ごはんでも食べに行きませんか、と。

 それが実質、自己主張が苦手な彼の、精一杯のデートの誘いだと気づいたのは。数秒過ぎて、意味をしっかり理解できるようになってからのことである。

 以来、サークル活動の終わり、あるいはサークルがない日に誘い合って一緒に食事をするようになった。休みの日も、ちょいちょいと映画を見に行ったり、買い物をするくらいの仲にはなったのである。お互いにはっきり“好きだ”と言えないままではあったが、これはもう付き合っている判定しても問題はないだろう、多分。殆ど私が行きたい場所、やりたいことに彼を付き合わせているだけで、まだ手を繋ぐのが精々の仲ではあるが。


『俺、自己主張するのすごく苦手で。本当は、遊びに行くルートとかオススメスポットとか、こっちで決めないといけないのに……いつも先輩の意思にばっか任せちゃっててすみません。先輩が行きたいところに行って、楽しそうにしているのを見るだけで俺……嬉しくなっちゃって』


 今回の旅行は。そんな彼が、初めて自分から言い出したことなのである。


『星がすっごく綺麗だって有名なホテルがあるんです。田舎なので長く電車に乗るし、少し遠いですけど……先輩さえよければ、一緒に行きませんか……?』


 多分、断られるかもしれないと本気で思っていたのだろう。もじもじしながら下を向いて誘って来た彼が、まるで叱られる前の子犬のようでいて。母性本能をくすぐられて、思わずその場でわしゃわしゃと頭を撫でてしまったものである。私がやや長身で彼がやや小柄、身長は殆ど同じくらいなので非常になでやすいのだ。OKだと告げた時の、彼の喜びようといったら。

 ただ、今から思うと。そこから先が結局、いつも通りにしてしまったような気がしてならないのである。ホテルの売りである、星を見ながらのディナー。結局私の希望で、中華料理を希望してしまった。彼はお洒落なフレンチなどが良かったかもしれないのに、いつもの流れでつい私のお願いをきいてもらってしまったのである。私がやりたいことを先に言ってしまうと、彼はけしてNOと言わないことをよくわかっていたというのに。


――私、イエスマンが欲しくて、樹と付き合ったんじゃないのにな。


 旅行当日。私はぐるぐると先日見てしまった番組を思い返しながら、思ったのである。


――嫌なら嫌って言って欲しいし、ダメならダメって言って欲しい。その、樹がそうして欲しいっていうなら……もっと女の子らしい服装もなんとかするし。


 就職活動でさえパンツスタイルのスーツしか着ない私は、リアルでスカートを一着も持っていない(中高生時代の制服が記念に取ってあるだけである)。旅行かばんの中も、いつも通り動きやすいズボンや、色気のないシャツばかりがみっちり詰まっている。

 言葉遣いも、見た目も、何一つ可愛い要素がない。身長だって男の子なら、自分よりもっと小さくて華奢な女の子の方がいいのかもしれなかった。高校でソフトボールをやっていたせいで、にょきにょき身長が伸びて筋肉もがっつりついてしまった男女なんぞと一緒に歩いていて、彼は本当に恥ずかしくないのだろうか。

 彼の見た目は、何もかも理想通りで。性格も非の打ち所がないと思うほど惚れ込んでいるからこそ、不安になるのである。

 何もかも素敵な彼の、唯一の汚点に自分がなってしまっていたらどうしよう、と。




 ***




「うっわああああ!すっげーうっまそー!」


 そんな風にぐるぐると考えていたはずなのに。ホテルでディナーを前にしたら、食欲の前に見栄やらなんやらは一気に吹っ飛んでしまった。お豆腐がつやつや輝く麻婆豆腐、薄ピンクに黄色にとカラフルな焼売の数々、湯気を立ててさあ食べて食べてと言わんばかりに鎮座する小龍包。歓声を上げてしまってから、気づいた。今回の旅行で失望されないため、少しは女の子らしくしようと思っていたのだった、ということを。


――あああやっちまった、やっちまった!すっげーとかうまそーとか男子は嫌なんだよな?すごく美味しそうね、とか言わないと引くんだよな!?


 あのワイドショーの中、ニヤニヤ笑っていた占い師モドキの言葉を思い出して青ざめる。

 恋をしていなければ、人目なんかきっと気にすることもなかったのだろう。

 でも今は、ダメなのだ。目の前に、とにかく嫌われたくない相手がいる。少しでも嫌だと思われていたら辛い、むしろもっと好かれたいと願う樹の存在がそこにあるのだ。ただでさえ、樹の希望を聞かずして自分の食べたい料理をお願いしてしまった立場。デートコースだって、明日は牧場をぐるぐる回って滝を見て――なんてものを結局私の希望でお願いしてしまっている状況である。

 せめて料理中だけは、レディだと思われていたいと思ったのに。どうしてこう、私の頭は簡単に欲望に屈服して、大事なことをすっ飛ばしてしまうのだろうか。


「……え、えっと。ごめん。つい……」


 大学生相当の女が、子供みたいにはしゃいでいるというだけで恥ずかしいだろうに。私は我に返って、思わず樹に頭を下げた。すると彼はきょとんとして、なんで?と返してくる。


「え、どうしたんですか先輩。何で謝るんです?」

「そ、そりゃ。……みっともない、でしょ?子供みたいっていうか、男みてぇに騒……男みたいに騒いでるのって、恥ずかしい、じゃない?」

「喋り方変ですよ。無理してませんか」


 ぎく、と思わず言葉を詰まらせる。女の子らしい語尾を少し意識しただけなのに、そんなの不自然だっただろうか。ぎぎぎ、とぎこちなく視線を逸らす私に。彼はやや苦笑気味の声を漏らすのだ。


「何か、今日も朝から様子おかしいなって思ってたんです。無理に足閉じて座ろうとしてるし、いつものかっこいい帽子もやめちゃうし、いつも挿してない日傘わざわざ買って差してくるし、言葉使いが妙におとなしいし声小さいし……変なテレビ番組でも見ました?」


 ちょっと待て、なんで全部バレてるんだ。私はおずおずと彼の方を見る。困ったように眉を八の字にしている樹は、いつにもまして可愛らしい顔に見えて思わずどきっとしてしまう。

 惚れた弱みと言いたければ言え、好きな相手はどんな表情をしていても魅力的だと思ってしまうものなのだ。困らせている原因が自分にあると思うと、とても申し訳ない気持ちにはなるけれど。


「……女の子らしい女の子が、男はみんな好きなんだって言ってたんだよ。ちょっとガサツなところ見せると、それだけでドン引かれてるって。でも、それをみんな言わないだけだって……」


 チャチなバラエティー番組。胡散臭い自称占い師(占い師とか言ってたくせに、やってたことは信憑性のないアンケート結果をこれみよがしに発表するだけだったが)。そんなもの、信じるに値しないと知っている。知っているのだ、でも。

 もし、目の前の彼も本当はそう思っていたらどうしよう、なんて。一度そう考えてしまったら、どうしようもなく不安になってしまって。


「私、スカートも履かないし。男みたいな見た目と服装なの知ってるし。樹より身長低くもないし、喋り方も男っぽいのが染み付いてるし。デートも、樹に一度もリードさせてないし……樹が言いたいことを、いつも封殺してるだけなんじゃないか、それってすごく嫌なことしてるだけじゃないかって思ったら……すげえ申し訳なくなった、というか」


 ああもう、また“すげえ”とか言ってしまった。どうして直らないのか、このガサツな喋り方は。

 どんどん声が小さくなる私。少しだけ沈黙が落ちて――それを破ったのは、小さく吹き出すような声だ。


「なんだあ、そんなことかー」


 おいちょっと、と私はむっとして顔を上げる。人が真剣に悩んでいるのに、そんなこととはどういう意味だと。

 その直後だ。突然ふっ、とレストランの電気が消えた。すわっ、停電か、と焦ってあたりをきょろきょろする私。しかし、私と同じ窓際のテーブルについている他の客たちは、誰も慌てている様子がない。どうやら、これは予定調和の出来事らしい。


「アナウンス、さっきからかかってたの聴いてなかったでしょ、先輩」


 明かりが消えると、照らしてくる光は月と星に限定される。その淡く青い光の中、樹はくすくすと笑っていた。


「このホテルの、名物。今から三分間、お祈りタイムなんです。この三分間に願い事を言うと、流れ星と一緒でお願いが叶うんだって」

「へ?お祈りって何に……」

「決まってます。この星降る夜に、ですよ」

「!」


 私ははっとして、窓の向こうを見つめた。そして――言葉も出ないとはまさにこのことだ、と理解するのである。

 このホテルは、海に面している。ちょうど崖の上からせり出すような場所に、このレストランが位置しているのだ。窓の向こうは、紺色の海を照らし出す星屑の雨だった。プラネタリウムでさえ、こんな見事な星は見たことがない。まるで星が降るような夜だと、そう表現するのも頷ける話だ。


「俺が、一番好きな先輩の笑顔は。さっき料理が運ばれてきて、子供みたいに歓声を上げた時の顔なんです」


 見事な星空に見とれていると。まるで包み込むような優しい声が、そっとこちらに飛んでくるのである。




「大学卒業したら。結婚してもらえませんか、先輩。……俺……楓花ふうか先輩が、好きです。大好きなんです」




 驚きのまま、再び彼の方を見れば。そこには緊張で泣きそうな顔になった、彼の姿が。


「ごめんなさい、先輩。俺、一番大事なこと言い忘れてたんですね。不安にさせて、すみません」

「……それはお互い様だってば」


 ああ、このテーブルの、僅かな距離がもどかしい。椅子から降りて、月明かりが照らすカーペットを踏む。

 女の子らしくとか、おしとやかであれ、とか、リードする女はダメだとか。人が億単位で存在するのなら、願う恋の形も同じだけあって当然だろう。本当に、どうしてそんな当たり前のことさえ気づいていなかったのやら。


「いっそ。指輪は私から渡すくらいでもいいか?」

「え、一緒に選びましょうよ、そういうの」

「おお、いいな。今度一緒に行こうな」


 可愛くて最高の恋人を抱きしめた、星降る夜。

 私の願い事が何であるかなど、わざわざ口にするまでもない。


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