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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小品

君たち何してるんだ?!

作者: 星野☆明美

これは1990年代のお話。

相馬は苦悩していた。黒縁眼鏡の七三分け。平均的なサラリーマンだ。

秘密裏に人事課の数人で結成されたプロジェクトに抜擢されたのだが、正直なところ厄介な任務があてがわれたのだ。

社内のクレームで、「あの同性愛者のやつらが気持ち悪い。クビにして欲しい」というものがあり、

定年間近で窓際族の年配の男性と今年入った新人のこれまた男性の関係について調査して、不都合があれば審議にかけてその2人を処分しなければならない。

頭の痛いことに、新人の男性というのが社長令息で、問題の取り扱い方によっては、こちらのクビがかかってもいた。

社長令息は人当たりが良く、女性受けがいい。中村浩二というが、誰かがもじって中村王子と呼びもてはやされていた。背がすらりと高く、女顔で、さらさらの茶色の髪がその顔を縁取っていた。

一方、年配の男性の方は数年前に妻に先立たれ、寂しげな面影が皆の心をくすぐる。若い頃は杉良太郎の再来と言われていたほどの美中年だった。松永芳雄というが、松様の愛称で呼ばれている。がっしりした体格で、柔道の有段者と聞いている。

この一見、何のつながりもなさそうな2人の男性たちが、暇さえあれば、連れ立って会社のあまり使われていない第二資材室へ行き、鍵を内側から閉めて2人だけで何かやっているらしい。

相馬も気にかけて見ていたが、何やら薄ら笑いを浮かべながら肩を組んで資材室へ入っていった。

「実に気持ち悪い!」

相馬が吐き捨てるように言うと、近くでお茶汲みをしていた新人の女子が「相馬さーん、あの2人、お耽美なんですよー」ときゃっきゃ言いながら情報をくれた。

「お耽美ってなんだい?」

「ボーイズラブですよ」

「なにかねそれは?」

「今流行りなんですよ。美少年とおじさまの秘め事」

それは大問題だ。もしあの2人がそんな関係なのなら、現場を押さえて会社から追い出してやる!

相馬はしかめっつらでそう思った。

「その話、信憑性は?」

「第二資材室の手前の第一資材室に押しピンを取りに行った可奈ちゃんが聞いたのよね?」

「血が出た!って王子が叫んで、松様がワセリンを塗っときたまえっていってたのよ」

「ワセリン?」

「知らないんですか?男同士でエッチする時に切れ痔にならないように塗っとくんですよ!」

「なんだってぇ!」

とんでもないことだ。

「その、2人が事に及んでいる現場を見たのかね?」

「事に及んだ、ってねぇ。ただ隣の部屋から聞こえてきただけですから」

始業のチャイムがなったので、そこまでしか聞けなかった。

相馬は他の中堅の男性社員に意見を聞いた。

「じつにけしからん!気色悪い。男が男といちゃついとるだと!?」

「そんな奴らは風紀を乱す。なんとか退職させられんのかね!」

彼らは口々にそう言って激昂した。

しかし松永も中村も勤務態度は良く、仕事のノルマも難なくこなしていて、辞めさせる理由にならない。

「これは、現場を押さえて証拠をつかむしかない」

相馬はそう思った。

相馬は、人事課の数名と話していた。

「男同士でいちゃつくなんて世も末だね!女ならたくさんいるのにさ」

「そりゃあさあ、女は会社を結婚までの腰掛けだと思ってるし、25歳のクリスマスまでに売れて行かなきゃ行き遅れって言われるしなあ」

「それで品薄になって、手近なところで男同士くっついてりゃ世話ないよ、まったく」

相馬は、至近距離にいる一番若い女性社員をチラチラ見た。

紺色のシースルーのブラウスに目が吸い寄せられる。黒の下着がエロチックだ。透けて見えるのは、本人の意図した事だろうか?と相馬は邪推した。

男を誘ってるのか?

悶々とした気分で、相馬は話題を聞きそびれた。

その日はなかなか寝つけなかった。

相馬は夢の中で走っていた。前を若い女性社員が走っている。

待て、待て!

捕まえたぞ!

男心を惑わして実にけしからん!

がしっと抱きしめると、柔らかく心地よかった。白い肌、薄くて赤い唇。思わず溺れてしまいそうだった。

「相馬さん」

女のはずだった。しかしよく見るとそれは中村だった。

男のくせにエロチックで色気が漂っている。

「僕、年上の男の人が好きなんです」

中村が相馬の耳元で囁く。不思議と気持ち悪いとは思わなかった。

女の計算高いところが中村にはないものなぁ。

「俺でいいのか?」

相馬が震え声で聞くと、中村はふふ、と笑って、

「松様も呼んで3人で仲良くしましょうよ」

と言った。

「呼んだか?王子」

松永がワイシャツのボタンをはずしながら現れた。成熟した男の色気がプンプンしている。

「だって……相馬さんを除け者にはできないから」

中村はあられもない格好で、それでいて見たいところは隠して相馬と松永を待っている。

淫靡という言葉が頭をよぎる。

中村は実は女じゃないのか?

相馬の疑問に、お茶汲み女子の声で

「ボーイズラブは攻めと受けがあるんです。年上が攻めで、年下が受け」と聞こえた。

じゃあ、中間の俺は何になるんだ?

相馬はそんなことを考えていた。

翌朝。

「俺はなんて夢を見るんだ?!」

と相馬は自己嫌悪に陥った。

現実のあの2人はあんなに妖艶だっただろうか?

俺まで毒されちまう!

夢見が悪かったせいで、相馬は中村と松永を直視できなかった。仕事の都合で仕方なく会話する時は目のやり場に困った。

それでも自分の任務は同性愛者たちを会社から追い出すことだから、と無理して2人の観察を続けていた。

いつものように観察していたら、松永と中村が連れ立って第二資材室へ入って行った。

今日こそは尻尾をつかんでやるぞと、相馬は席を立ち、第一資材室に入った。

「……好きです。あなたのことを想うと胸が張り裂けそうだ」

中村の声だ。

「それから?」

松永のそっけない声が響く。

「僕のものになってください!」

「ちょっと待ったぁ!」

相馬が第二資材室のドアに手をかけると、中から鍵がかかっている。

「あけたまえ!今すぐあけたまえ!」

ガチャ。

鍵が開いた。

「相馬さん?どうかされたんですか?」

中村がきょとんとした表情で相馬を中に入れた。

なにもない。

ラジカセとパソコン。古いマネキン、ハンガーの山。

手狭で、椅子が3つあるが、座ったら身動きできないだろう。

「今、中村くんが松永さんに告白しているのを聞いて……」

相馬がそういうと、2人は顔を見合わせた。

「2課の豊田美香ちゃんに中村くんが告白したいそうで、私が練習台になっておりましたが?」

「し、しかし、会社であなた方2人が不埒な関係だと噂になってるんです!本当ならお二人ともクビですぞ」

「不埒な関係?」

「あはははは」

2人は腹を抱えて笑った。

「じゃあ、なんでたびたびこの部屋に2人きりで閉じ籠もってるんですか?」

「これですよ」

2人はパソコンを立ち上げた。

折れ線グラフの画像。リアルタイムで株式市場の動向がわかる。ラジカセからは株価指数が流れていて、彼らはここで株式投資を行っていたのだった。

「バブル景気がはじけてからパッとしないんですがねぇ」

「これがまたやめられない」

相馬はあてがはずれて気が抜けてしまった。

「じゃあ、ワセリンは?」

「ワセリン?中村くんの唇が荒れてて塗るように言ったなぁ」

ああ、勘違い。あのお茶汲み女子たちめ!相馬は憤慨した。

「だけど、李下に冠を正さず、とも言いますし、お2人もこそこそされていたのは悪い。今度から大っぴらにしてください」

中村はまだ笑いが止まらない様子だったが、松永がさすがに年長だけあって、相馬の立場を汲んでくれた。

その後。

昼休み時間にオフィスで株式投資をしている彼らの姿が見られた。

良かった。と思っている相馬に、「セクハラ課長をどうにかして欲しい」という新たなクレームが入った。やれやれと彼は重い腰をあげた。

「相馬さん」

こっそりと人事課の1人が相馬を呼んだ。

「なんだい?」

クレームの一つに相馬の名前が上がっていた、というのだ!

クレーム対応する立場であるのに、これではおおっぴらに動けない。

実は、例のシースルーのブラウスのことで、実際にあの女に「男を誘ってるのか?」と言ってしまったのだ。

その場にいた数人が証言しているらしい。

「セクハラです。相馬さんはプロジェクトからはずれてもらい、審議にかけられます。下手をすると、辞職ということもあり得ます」

「明日は我が身、とはよく言ったものだ」

相馬は戦慄に身震いした。

ミイラ取りがミイラになるとはこのことだろう。

しかし。

十人十色とはよく言ったものである。

さまざまな性癖、さまざまな倫理観。誰が基準になれるだろう?

重ねて言う。これは1990年代のお話だが、その後同性愛者の社会的地位は少しずつ変化していく。まだこの頃は禁忌とされていた。セクハラについても問題視され始めた黎明期だった。




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