荷物持ちだけど特にパーティを追い出されたりはしない
「なぁ、聞いたか?」
夕日の射し込む酒場。
迷宮に潜っていた冒険者たちが引き揚げ、酔いどれた声でにわかに騒がしくなり始める頃。
パーティのリーダー……剣士のマーリヒトが真剣そのものの顔で、エールのジョッキを握りしめている。
「新風の奴ら、今日限りで解散したってよ」
解散した、の言葉が、ざわめきの中でやけにはっきりと聞こえた。
解散した?
この街で最も迷宮の深奥に近いと噂された彼らが?
僕のとなりに座っていた盾使いのジュラルが、ツマミのピーマンを取り落として呟いた。「そんな馬鹿な」続く言葉はしかし、超深刻そうなくせに超どうでもいい中身だったけど。「一万も掛けてたんだ。今月の稼ぎがパァだぜ」
突っ伏したジュラルを、マーリヒトが悲しそうな瞳で見つめた。「俺は二万だ」
どうやら二人とも、どこのパーティが一番に攻略階層を進めるか、知らないうちに掛けていたらしい。『ギャンブルはクソ』が信条の魔女、チヒロは「だから言ったのにー」と笑い転げてひーひー息をしていた。
この魔女はこうなるともう止まらないので、皿をひっくり返す前に食い物をあらかた攫っておく。ピーマンだけは嫌いだから、かわいそうなジュラルの皿に全部乗っけた。おごりだ。食え。
ワールウインドが攻略競争から脱落したことで、考えるものがあるのだろう。悲喜こもごもの盾使いと魔女をよそに、剣士は黙々と鳥肉を平らげている。そういえば、なんで解散したの?
肉好きなパーティリーダーは、盾使いの皿にピーマンを移しながら僕の疑問に答えた。
「あー、それな。聞いたらお前は怒るかもしれんが……」
事のあらましはこうだった。
メンバー全員が若手のワールウインドは、男二人・女三人で回していた中堅パーティだ。
リーダーの剣士が盾職を兼ねて一人で前衛を張り、中後衛の女性陣が大火力でスピード決着を着けるスタイル。
もう一人の男性は小柄な非戦闘員で、仲間内の細々とした雑用を捌いていたらしい。元々は鍵開けで、低ランクのうちは前衛もこなしていたそうだ。傍から見れば多少アンバランスだけど、役割分担は出来ていた。事実この街の最前線集団だったわけで、ちゃんと回っていたのだろう。
ところが女性メンバーの一人が解錠魔法を覚えたことで風向きが変わった。今までは多少なりとも居場所のあった鍵開けの彼は、解錠こそ担当しなくなったものの、それまで通りきちんと仕事をこなしていた。
なのに、働かざる者食うべからずじゃないけど――他のメンバーはそうは思っていなかった。彼を単なる足手まといだと感じていたらしい。このところそれが顕著になっていて、荷物持ちがお荷物になってどうするんだ、とか何とか詰められたりと、肩身の狭い思いをしていたみたいだ。
僕自身が運び屋兼物資担当なので、同業の顔くらいは把握しているけれど、確かに彼がパーティメンバーに怒鳴られているのを目にしたことがある。元々前衛だったのが荷物持ちに「格下げ」された引け目があるのか、彼も謝り倒してなんとか収めている状況だった。
ヘマをしたんだろうな、程度にしか思ってなかったけど、どうやら内情は違っていたようだ。
「だけどよ、流石にひでえよな。『新しい仲間を連れてきました、君はもう用済みです』で、ハイさようならってのはよぉ。いくら足手まといだからって、長年一緒にやってきた仲間じゃないのかね……」
目の前でボヤいている剣士は、いつの間に追加注文したのか、強めの酒精をちびちびとやっていた。
外もすっかり暗くなって、残りの二人は突っ伏してむにゃむにゃと寝言を立てている。
「で、それが崩壊の兆しってワケね」
内心僕は……ワールウインドの“世間知らず”に呆れ返っていて聞く気もしなかったけど、つとめて冷静に続きを促した。
マーリヒトは聞いているのかいないのか、まあな、と曖昧に頷いて、看板娘の子に酒のおかわりを要求している。この剣士はしかし、どこからそんな話を仕入れてくるのだろう?
ともかく残念なことに、話題の鍵開け君は、ゴクツブシは出ていけと有無を言わさずクビを言い渡された。
一方、それはそれとして一人二役に無理が来ていたリーダーさんは、浮いた経費を武具更新とスカウト代に充てて盾職を一人追加したそうだ。ピッカー君が「引き受けていた」雑用はメンバーに分配され、気持ちも装備も新たに一同再出発を果たした……はずだったのだが。
そうは問屋が下ろさない。
ま、そりゃそうだ。こんなのベテランの荷役が耳にしたら、あっちゃーやっちまったと額に手をやるか、むせるまで爆笑するような話で、行き着く先なんか分かり切っているんだけど、迷宮制覇に足を掛け、功を焦るワールウインドの面々は見落とした。あるいは分かっていて感情を優先したのかもしれないけど。
輜重を欠いた兵隊は遠からず瓦解する。それは冒険者という職業でも変わらない。
話題の彼、よくよく聞けば鍵開け・荷役は勿論、迷宮のマッピングに斥候・罠外し・偵察をはじめ、外でも宿や食料の調達に商人やギルドとの折衝、戦利品の価格交渉、加えて情報収集やら装備のメンテナンスやら、果ては自分達の間食まで彼に用意させていたというのだからお笑いである。
これで戦闘まで参加していたというのだから、他に例えようもない超人材じゃないの。放り出すとか正気?
おまけにワールウインドの面々ときたら、いざパーティが回らなくなると(回らなくなって当然なんだけど)、鍵開け君の転職先らしい、弩級に幸運なお貴族様の屋敷へ乗り込んで「コイツがちゃんと引き継ぎをしなかったからえらい目に遭った!」と、無給待遇で連れ戻そうとしたんだから喜劇を通り越して心臓痛がしてくる。作り話でも、もうちょっとまともな結末になるだろうに。政治的な理由で、大ごとにはしなかったらしいけど。
「それが、はは、まさに今日のことなんだと」
人伝てに聞いたのであろう一連の流れをつらつらと並べていたウチのリーダーも、自分のパーティの荷物持ち(つまり僕だ)と酒の肴にしようという語調だったのが、なにかに気づいたのか、はたまた心臓痛がしてきたのか、途中から僕に向ける表情が固かった。
いつの間にか起きていた二人も神妙に僕を見つめている。コイツが抜けたらウチも同じ末路を辿るんじゃないかと。そういわんばかりである。そんな顔しなくたって、分け前は等分だし対等に接してくれるから、僕が抜ける理由はないんだけどね。
ワールウインドの解散話もあらかた終わり、すっかりアルコールが抜けた様子のマーリヒトがまあ、そんなところだ、と語尾を濁した。目線を合わせてくれないあたり、思うところがあるらしい。残る二人も僕の反応をじわりと伺っている。沈黙。
変な空気が気まずかったのか、「お前はあまり自分のことを話したがらないのは知っているが」と前置きして、剣士が僕に水を向けた。
「ちなみにだ……教えてくれ。お前にはこの話、その、どう聞こえる? 」
やっぱりそこ、気になるよね。
マーリヒトは嫌いな物をこっそり人に押しつけたりもするお茶目なヤツだけど、そのくせ人より正義感が強いからこそ僕らのリーダーなのだ。
どう聞こえるとはつまるところ、全くの他人ごとなのか? それともウチのパーティでも起きていることなのか? という質問なんだろう。
酒場はいつの間にか店仕舞いの準備を始めていた。背の低い看板娘が一生懸命にカーテンを下ろしている。見渡しても、僕ら以外に居座っているのは、ほんのひとりふたり。窓から覗く街灯も、もう疎らだ。
ふう、と一息つく。三人とも変なところで誠実だから固唾をのんで僕の言葉を待っている。
なんか、切り出しづらいな。
話に聞く彼ほどの仕事を振られているわけでもなし、気負う必要もないんだけど。
結局、僕が今の役割分担に満足していることを伝えると、三人ともあからさまにホッとした様子だった。チヒロなんて大あくびまでしている。
みんなの様子がそんなだから、僕もつられて気が緩んでしまったのだろう。
なにげない冗談のつもりで、口を滑らせてしまって……。
「彼みたいに戦いもこなせたら、僕もそれに越したことはないけどね」
そう。これ、失言だったね。
なぜって次の日から、戦闘が始まるとみんなが僕の位置取りを物凄く気にするようになったのだ。絶対に前衛に出したくないみたいだった。それはもう手厚くエスコートされるお姫様の気分。そんなに過保護になってどうすんのよ。僕、ただの荷運びだよ?
あ、睨まないで。ごめんってば。冗談でも二度と言わないから。ごめんて。
しかもなぜか迷宮探索の手際までついでに良くなって、そのままの勢いで第一線に躍り出てしまった。自分の悪ノリが発端なので複雑な気分。
有名税というやつなのか、このところ引き抜きの話が僕にもちょこちょこ来たりもしているけど、固辞。しつこいときは、ジュラルの代わりにツマミのピーマンを引き受けてくれるのを条件に出すと引き下がる。相手にしていないと勝手に勘違いしてくれるのだ。半分、本気なんだけど。
それからささいな変化だけど、街行く荷役や鍵開けの皆さんの装備。この話から一週間もすればちょっと良いやつに変わっていた。なにがどうなってそうなったのかは推して知るべしである。ボロいのも見かけるけど大体はまあ、来たばかりの人たち。
僕も仲間たちに「最近、ああいう装備流行ってるよな。お前も欲しかったりする?」と振られたけど、今のも結構良いやつだし、使い慣れた道具だからと納得させた。
実のところ最深層探索の儲けは凄いもので、もうウハウハである。四人で取り分を分けても、財布はパンパンの満腹。僕がそこらの運び人じゃ手が届かないグレードの装備を気軽に使っているのに、フリなのか本気なのか、みんな全く気づいてないのであった。
そして、ワールウインド解散の話題もずいぶん聞かなくなった頃……。
僕たちは迷宮帰りの報告に行った男二人を見送って、一足早く宿に着いていた。何がおかしいのか、ご機嫌な魔女がくつくつと笑っている。
「ジュラルのヤツ、また『俺の一万……』って苦い顔してたよ。懲りないよねー」
「へー。今度はどこに掛けてたの?」
「聞いちゃう? 聞いてよ? 先週さ、んふっ、最近勢いのある、ひひっ、若手がいるって飛びついたんだって。しかもなーんか知ってるような知らないような、風みたいな名前のパーティなの」
「それ、もしかしなくても、新風の残党?」
「ざんと……ぶゎはははは! 大当たり! ひー、もー駄目、笑っちゃう」
「どこまでも掛けに向いてないよね。ジュラルって」
「ここまできたら、もう才能だよねー! だってさ、」
「さっき、ウチのパーティが迷宮踏破したのにね!!」
終