新兵達の休日
アーノルド国首都「オースガーデン」
オースガーデンは静海の最奥にあり、温暖な気候と肥沃で広大な大地を有し、その立地から永く世界に名を馳せてきたアーノルド国の首都である。あまりにも恵まれた立地のため、経済と工業の中心であり続け、帝国時代から他の都市の追随を許さない大陸最大にして最高の都市である。
海軍区画内にある商業区で、若い水兵が固定通信機で家族と会話していた。
固定魔導通信機は日本で言うところの公衆電話である。公衆電話は日本で絶滅寸前だが、携帯通信機器が一般に普及していないこの世界では、どの都市でも見かける風景である。
「母さん、心配しなくても僕は上手くやっているよ。」
新米水兵のダニエルは、定期的に実家へ連絡を入れていた。彼は家族の元を離れ、軍で共同生活を始めて2年になるが、今回の家族への連絡は自分が乗る艦が決まって長期の航海に出ることを伝えるためであった。
「どの艦に乗るかは話せないけど、大きな艦だよ。どんなことが起きたって無事に戻ってこられるさ。」
ダニエルは息子の心配ばかりする母を安心させ、受話器を置く。久しぶりに話したからか、時間を忘れて話し込んでしまった彼は時間を見て驚く。
「やばい。乗艦時間まで2時間切ってる。早く買い物済ませなきゃ。」
ダニエルは大急ぎで用事を済ませ、配属先である超兵器艦「ハデス」へ向かった。
アーノルド国南西部、ターレン陸軍基地
南部の主力人機は1型に替わり改1型に更新されようとしていた。3つの人機部隊が配備されているターレン陸軍基地でも、人機の大幅な更新作業が行われている最中だ。人機の更新作業と言っても機体だけ更新して終わりというわけではなく、新装備用に設備の更新も必要になったことから、部隊毎に更新作業が行われている。
装甲板は新開発の素材が採用され、強度を増しつつも軽量化に成功し、人機本体の魔導機関も出力向上によって補助動力機関を装備しなくても機動性が向上、武装は1ランク上の物が装備できるようになっていた。
「すげぇ」
開発者達の執念が生み出した産物ともいえる改1型を前に、シュバは圧倒される。そして、ドックミート隊の新兵部隊で優先して自分に配備されたことに震えていた。
「すげぇよこれ・・・これでランドスケーター機能があったらなぁ。」
シュバは新型に2型から標準装備されている機能がない事が唯一の不満であった。
「何言ってんだ。1型ベースとはいえ、ここまでの機体を支給されたのにまだ不満があるか。」
「ランドスケーター付いてたら、ほぼ2型だろ。」
「それにしても、明日からの休みはどうする? 」
「俺としては早く動かしたいけど、整備場が完成してないんじゃな・・・」
試運転を終えた機体に群がる新兵の面々は、新型機の話題で持ちきりだった。ターレン基地の人機更新作業はドックミート隊の番になっており、新型機の試運転を終えてからは部隊全体に3日間の特別休暇が与えられていた。
「隊には外出許可も出てるし、たまにはバックスに行かないか? 」
新兵部隊のまとめ役エリアンは大陸有数の歓楽街へ行くことを提案する。
「バックスか、懐かしいな。行くのは軍学校以来じゃないか? 」
「いいね! 」
「僕はちょっと・・・」
「おーエンティティも行くか。よし行こう! 」
新兵部隊は全会一致で休暇にバックスへ行くことを決定し、その日のうちに出発する。
バックスは南部地域の北東に位置し、古代文明の廃墟をそのまま利用した都市である。この地が大陸有数の歓楽街となったのは、憑代にした廃墟が古代文明の歓楽街だったからだ。遺跡の機能を復旧させた人々は古代人の遊びを学び、それらは大陸全土に広まり、大陸中から人が集まった結果、都市国家バックスが成立する。
都市国家バックスはズワイ国に近い場所にあったが、100年戦争時には両陣営に娯楽を提供することで難を逃れていた。また、都市の古代遺跡を開示していたため、戦争に必要な古代遺跡ではないことが分かっていたことも存続理由の一つだった。
両陣営はバックスを非戦闘地域に指定して中立を維持させていたが、裏では激しい諜報戦が繰り広げられた地であり、今でもその名残を見ることが出来る。
戦後、国境線が変わりアーノルド国に食い込んでいたバックスはアーノルド国に帰順することになる。長く独立を維持していたものの、犯罪組織が台頭して周辺地域にまで触手を伸ばしたことが原因となってアーノルド国の一斉取り締まりを受けたのだ。結果、国の大部分が犯罪組織に汚染されていることが判明し、徹底した浄化が行われた過程で犯罪組織と共に政府が解体され、現在ではクリーンな歓楽街へ生まれ変わっていた。
ターレン空港を出発した新兵達は繁華街が一番賑やかになる時間帯にバックスに到着する。そして、軍学校時代に利用した犬系獣人専用の酒場へ向かった。しかし、店に入った瞬間、世界が狭いことを思い知ることになる。店内にはドックミート隊の正規兵とベテラン兵達が先客として居座っていた。降って湧いた休暇に考えることは皆同じだったのだ。
日頃の鬱憤を晴らそうとしていた新兵達は一件目から躓いてしまったのである。
「なんで居るんだよ! 」
「軍学校御用達だからね、あの店。何がいてもおかしくは無いよ。」
「入る時に嫌な匂いがしてたんだ。くっそー、この煌びやかな街が俺の鼻を狂わせたんだ。」
新兵達は隙を見て脱出したもののバラバラになってしまった。シュバの他、エリアン、タリアン、バタリン、サウ、エンティティの6人の集団は、こぢんまりとしたバーに入る。
「明日は運試しだ。」
「夜は良い匂いのおねーさんがいる店に行く予定だろ。金は残しとけよ。」
「俺は掃除屋と呼ばれる男だぜ。」
「有り金全部スられて店の掃除させられるからか? 」
「掛け金を全部持っていくからだ! 」
「その話、初めて聞くぞ。」
明日、ギャンブルに興じるらしいシュバにサウが注意を促す。シュバはギャンブル好きなのだが、勝負に弱く運に恵まれていないことは周知の事実だった。だが、今日に限っては運に見放された者はエンティティだったのかもしれない・・・
唐突に店のドアが開き、中に入ってきた客を見てエンティティは顔を伏せる。その行動を察したのはエリアンだけだった。
「おっ、珍しいのがいるじゃないか。」
「エンティ坊やとまた会えるなんて、世の中狭いね。」
入ってきたのはツインレイク基地の装甲歩兵隊に所属する兵士達で、その中でもいわくつきの者達だった。以前、ツインレイク基地に配属されていたエンティティは彼等から陰湿な虐めを受けたことで精神的に不安定になり、任務に支障をきたしたことから異動となる。しかし、基地内の異動では限界があり、虐めが基地の風紀を乱すことから関係者の処分が行われ、原因の1つであるエンティティはターレン基地へ異例の配置換えになったのであった。
「や、やぁ・・・」
「どうしたの? 1人で寂しく飲んでるの? 」
「ママのおっぱいモミモミしてるのかな? 」
ならず者達はすぐにエンティティの周りを囲もうとするが、ここまでされたら、いくら鈍感な者でも状況を理解する。
「お前ら何の用だ。」
そう言って最初にエリアンが立ち塞がり、他の面々も立ち上がる。
「なんだオマエ。」
立ち塞がったエリアンにリーダー格の兵士が食って掛かる。そして、何かを察した部下はその後ろから耳打ちする。
「へぇ、エンティ坊やは今、犬っころと仲良しなのか。」
「なんだとっ! 」
「取り消せや、おらぁ。」
「エンティティ、お前は下がってろ。」
リーダー格の挑発にバタリンとタリアンが食いつく。そして、シュバはエンティティを下がらせる。
エンティティを巡って犬と猫の獣人達が火花を散らしていた。何時爆発してもおかしくは無い状況にエンティティは止めにかかるが・・・
「「おまえは引っ込んでろ! 」」
双方から同じ言葉を言われたエンティティは早々に退散する。
「中央大橋の下まで来い。白黒つけようじゃないか。」
「上等だ。吠え面かくなよ。」
リーダー格の兵士は場所を指定して決闘に誘う。ドックミート隊の面々は誘いに乗って次々に店を出ていった。
「あーあ、君の仲間達、このままだと袋叩きだよ。中央大橋は黒猫達の溜り場なんだ。」
「えっ」
他の客がエンティティに衝撃の事実を伝える。
会計を済ませて直ぐに追うが、既に仲間の姿は見えなかった。
「えらいこっちゃ」
あまりの事にエンティティは地元の方言が出る。だが、すぐにあることを思い出して最初に訪れた店へ全力疾走した。
「ほう、そんなことがあったのか。」
「奴等には舐められたものだね。」
「調子に乗るのも今の内。再教育してやろう。全員集めろ。」
エンティティの報告に、ドックミート隊のベテラン兵達は直ぐに行動を起こした。
「歓楽街で揉め事を起こしたら治安機関の前に先輩へ報告すること」
ドックミート隊に限らず、ほぼ全ての部隊にはこのような掟がある。何時できたかは不明だが、太古の昔から続く不文律であった。
「クリッキー隊はいつもの店にいるはずだ。呼んでこい。」
ベテラン兵達の指示で正規兵達も人を集めに散っていく。その様子に聞き耳を立てているのは他の客達であった。
「ドックミートが出撃か。どことやり合うんだ? 見に行こうぜ。」
「どこかの装甲歩兵だってよ。」
「人機乗りが装甲歩兵と? 喧嘩にならないんじゃないか。」
バックス、中央大橋
シュバ達は黒猫の獣人に囲まれ、既にタリアンとサウは倒されていた。
「お前ら・・・卑怯だぞ! 」
シュバ達は少数でなんとか戦っていたが、リーダー格の男は別格の戦闘能力があり、瞬く間にタリアンとサウを倒してしまう。
「周りはただのギャラリーだ。気にしなくていいよ、ワンちゃん達。」
「このっ」
シュバはリーダー格の男に飛び掛かるが、簡単に躱されてこめかみに猫パンチを受ける。
「きゅ! う~ん・・・」
シュバは地面に転がって悶絶する。自らの肉体が武器である装甲歩兵との喧嘩は無謀だった。
「いくら何でも弱過ぎだな・・・面戸くせぇからまとめてかかってこいよ。」
リーダー格の男は挑発するが、それに乗る者はいなかった。残ったエリアン達が何人で飛び掛かっても勝てる気がしない。
「最初の勢いはどうした? こっちから行っちゃうよ。」
リーダー格の男に威圧されエリアン達は後ずさりする。しかし、黒猫達に囲まれているため逃げ道はない。
「いぬー! 何びびってんだ。」
「やっちまえ」
黒猫達は勢いづき、包囲を狭めていく。しかし、戦意を喪失しつつあるエリアン達に浴びせられる罵声の中に悲鳴が混ざる。
「何だてめぇ、ぎゃぁぁぁ! 」
全員が悲鳴の方向を見ると、そこには黒猫の獣人を組み伏せるリロの姿があった。そして、エリアン達を囲む黒猫を挟むようにドックミート隊の面々が現れる。
「部下が世話になったようだな。」
「お、おい。不味いんじゃないか。」
「こいつら、正規兵だ。」
リロの服には正規兵から身につけることが許される人機兵のエンブレムがつけられていた。新兵とは段違いの戦闘能力を持つ正規兵の出現に黒猫達は戸惑う。しかし、リーダー格の男だけは全く動じなかった。
「びびるんじゃねぇ。正規兵だろうと、人機に乗らなきゃ何もできねぇ蓑虫だ。」
人機兵と装甲歩兵は双方ともに一長一短があり、戦闘時には兵科の特徴を活かした行動をすることで軍は真価を発揮する。しかし、その能力を異なる兵科で比べてしまい、また、どちらの立場が上かで争いが絶えず、同じ陸軍内でも特に仲が悪かった。
「エンティティ、犬共をけしかけたのはお前か。ただで帰れるとは思うなよ。」
増援の中にエンティティの姿を見つけたリーダー格の男が叫ぶ。
「全く、品格のない者達だ。再教育が必要だな。群れの仲間に手を出されて、俺達が黙っているわけがないだろう! 」
多くの見物人が見守る中、乱闘が始まる。
種族としても、軍内部の兵科としても因縁のある者同士の乱闘に、ギャラリーの中から飛び入り参加する者も現れ、乱闘は近年稀に見る規模に拡大し、治安機関の介入によって鎮圧されるまで続くこととなった。
結果、ドックミート隊は大半の人員が処分を受けることになる。このような不祥事は年に数回発生しており、今回はドックミート隊が新聞紙面を飾っていた。
数ヶ月後、キレナ国中央砂漠地帯通称「不帰の砂漠」
アーノルド国の南隣に位置する砂漠の国「キレナ国」。その中で最も過酷な環境である中央砂漠地帯には、多くの古代遺跡が手付かずで残っていた。あまりにも過酷な環境のため、一般人の立ち入りは規制されて生きた人間を見ることは無いが、そんな不帰の砂漠中央部に国籍不明の輸送艦が着陸していた。周囲には国籍や部隊エンブレムの無い漆黒の人機部隊が展開しており、その人機は全て3型と呼ばれる高性能機体であった。
「こちらHQ、第4、第5孵化場の爆破作戦失敗。各隊は直ちに撤退せよ。」
「現在、中央搬入路が敵に制圧されているため、将軍が搬入エレベーターから出られない。動ける部隊は向かえ! 」
「第2小隊全滅! 」
「第6小隊との通信も途絶えた。」
「第6小隊の穴には番犬を向かわせろ。中央搬入路への敵の侵入は何としてでも食い止めろ。」
輸送艦の周囲で戦闘が行われている気配はない。国籍不明の部隊は砂漠の地下に広がる古代遺跡で「何か」と交戦中であった。
「全く。少しいじっただけで暴走するとは。こんなものを造る古代人も高が知れるな。」
将軍と呼ばれた体格が横に良いノルド人は、先ほどから悪態ばかりついていた。
「将軍、進路上は敵の制圧下にあります。今しばらくお待ちを。」
「ワールウィンドウは何をしておるか! 」
将軍の周囲にいる警備や研究者のような姿をした者達は、敵に包囲されている状態に命の危険を感じて震えていた。
「間もなく到着するかと・・・」
「あやつめ、下賤な生まれの分際でワシを待たせる気か! 」
将軍は何時にも増して不機嫌であった。
古代遺跡、グリーンランド生物兵器研究所、中央搬入路
古代遺跡でも大規模なグリーンランド生物兵器研究所には、巨大な搬入路が設けられていた。その広さは護衛艦が通過できるほどあり、現在、この通路は人機大、或いは更に大きな虫達で溢れかえっていた。
搬入路の出入り口とエレベーター室は分厚い扉で閉ざされているものの、砂漠側の出入り口がゆっくりと開いて行く。新たな空間の出現に虫達はその方向へ向かうが、扉の前に来た途端に無数の光弾を浴びて木端微塵となる。
重厚な扉の先には全長20mを超える4足歩行型の古代兵器が威風堂々とした姿で君臨していた。獣王と呼ばれる古代兵器はゆっくりと動き出す。
背には戦闘艦が装備する近接防御兵器が装備されており、毎分2千発を超える光弾を撃ち出しながら虫達をバラバラに解体していく。後方にいる虫達は前方の敵に対して怯まず襲いかかるが、獣王は中央の敵を光弾で解体し、できた空間目がけて走り出す。走り出すと同時に両腹部に格納されているヒートブレードが展開され、虫の群れを中央突破しながら焼き切っていく。
獣王が通り過ぎた場所には両断された黒焦げの死骸が残るのみで、動く虫は存在しなかった。
エレベーター室の重厚な扉がゆっくりと開いていく。
「将軍、お待たせいたしました。ご無事ですか? 」
「遅いぞ、ワールウィンドウ。」
将軍は、駆け付けた助けにも悪態をついていた。
少しして、彼らは後方から来た護衛と合流し、施設を脱出する。
「γ型が来ると厄介だ。急ぎ、この空域から脱出しろ。対空警戒を怠るな。」
地上部隊を回収した輸送艦の艦橋では、慌ただしく指示が飛んでいた。そこへ回収されたばかりの将軍が入ってくる。
「報告します。本国へは至急、討伐隊を送るように通信を入れています。また、キレナ国へ状況を説明し、魔虫に備えるように情報を提供します。」
帰路に就く輸送艦内で、艦長が将軍へ報告を行う。
「何を寝ぼけたことを言っておるのだ? それではワシらの存在が明るみに出るではないか。情報は伏せろ。被害が出始めたら討伐隊を編成し、我が国は隣国の危機を助けると言う形で虫共を駆除すればよい。」
「それでは、キレナ国に甚大な被害が・・・それだけではありません。我が国南部の国境には大した戦力が配備されていないのです。魔虫の繁殖力と戦闘力からして、南部地域にも相当な被害が予想されます。」
「南部といっても獣人共がいるだけだろう。それが何か問題でもあるのかね? 」
全く価値観の異なる将軍に、艦長はそれ以上の言葉が出なかった・・・
ある後世の歴史家は、アーノルド国苦難の道のりを書物にまとめて出版する。ジアゾ合衆国との戦争、神竜討伐に伴う瘴気内国家群との戦争、どれも悪夢のような現実の出来事が記載されていた。
内容は悪夢の始まりを多くの時間をかけて調べたものになっており、その悪夢はキレナ国で発生した魔虫の大発生が引き金になったと結論づけている。
日常回即終了のお知らせです。




