忘却の故郷 クジョーの王女
「よしっ、それでは各自の魔力量を報告していただこう。」
寮生の自己紹介が終わった後、ダーグルは水晶計による寮生全員の魔力量報告を求めた。これは寮長として学生の力量と健康状態を把握するために必要不可欠な事であり、高い自治が認められている帝大寮で寮生は最初に必ず行い、定期的に寮長へ報告することが習わしとなっていた。
水晶計による魔力量計測は、パンガイアで当たり前に行われている個人の簡易健康診断となるので、独立寮の寮生達は何のためらいもなくダーグルに報告していく。
魔力量
ダーグル 600
フロド 650
エリン 800
ビセット 500
ラル 500
「手をかざすだけで測れるのね。」
水晶計の使い方が今一わからなかった小百合は、最後の方で測定する。
小百合 100
その数値を見た途端、「鼠人以下・・・」と後ろからフロドの小声がしたものの、すかさずエリンにエルボーを入れられて沈黙した。人間の平均は300から400であり、小百合の魔力量はあまりにも低い。
帝大は世界最高の教育機関であり、知識は勿論のこと、魔力量もある程度必要となるため、小百合のように病的な魔力量で卒業できた学生は一握りしかいなかった。
「あっ、ごめんなさい。正確に測れていなかったみたい。」
そう言うと、小百合は身に着けているアクセサリーを外し始める。その間にエルフ二人組の測定が行われた。
ポプル 2900
メイル 5000
他の寮生から、ちょっとした驚きの声が上がる。エルフは高い魔力を保有しているものの、その平均は2000から2500なので、彼女達の優秀さが分かる。メイルに至っては流石と言ったところだろう。
「準備できたから、もう一度測るわ。」
小百合 5
「はぁ? 」
「うそ・・・」
「この様な者もいるのだな。」
「へぇ~。」
「興味深い。」
これこそ何かの間違いではないだろうか? 魔力量5のゴミといったレベルじゃない、死者や遺灰の方がまだある。
アクセサリーによって魔力量を現地人に見せかけていた小百合の実態に、寮生達は驚きを隠せないが、小百合は日本人では魔力量のある方で、大半の日本人は魔力量0と説明する。
「けっこう猫被っているのね。」
水晶計の数値を基に小百合は自身の能力で寮生の数値を出してみると・・・
ダーグル 600
フロド 650
エリン 800
ビセット 800
ラル 850
ポプル 2900
メイル 8000
脳筋と小人は純粋。サムライは恐らく日常で魔力量を押さえる生活をしているのだろう。元暗殺者と指名手配魔女はこんなものだろうか? 魔力量の調整は魔族のみが行っていると思っていた小百合は、人間にも日常的に魔力を押さえている者が相当数いる事を知った。
ちなみに、寮生の結果から利子の魔力量を予想すると、10万から20万になる。
「白石さん、ちょっといいかしら? 」
自己紹介と魔力量の報告が終わり、各自部屋に戻ろうとした時、小百合はエリンに呼び止められた。
「あなたの魔力量だと、日常生活に支障が出ると思うの。福祉棟に行けば専用の魔道具を貸してくれると思います。」
この世界では、あらゆることをするのに微量の魔力が必要となる。アクセサリーのように性能が一定ではない場合、機器を上手く利用できない場合が考えられた。エリンは魔力を失った者用に帝大が福祉機器を開発していたことを知っていたため、小百合に利用を勧めたのだ。
「ありがとう。落ち着いたら行ってみるわ。」
腐国辺境、秘密の楽園
ルテアはクジョー族の歴史と腐国の成り立ちを簡単に話し、利子は自身の目的と日本の事を話していた。2人共、最初の内は余所余所しい態度で会話していたものの、ルテアは利子が何も知らない外国人であることが分かったことで気さくに接し始め、利子の方も釣られて会話が弾んでいた。
「驚いた。外がそんな事になっていたなんて・・・それにしても、災難だったわね。」
「この体じゃなかったら、何回も命を落としていました。」
利子はここまで辿り着く過程を話しつつ、多くに人々が助けてくれたことを話す。
「腐国に辿り着いたからには安心して。私が責任をもって貴女を大学まで送り届けるわ。それまで、貴女と日本の事、もっと話してくれない? 」
「はいっ! 」
腐国から帝大まで直通で行けるとあって、利子はルテアの提案を二つ返事で応えた。
「城まで案内するから、着いてきなさい。」
ルテアは体を変形させ、水が湧き出る壁の隙間に入り込んでいく。利子も5センチほどの隙間に入り、ルテアを見失わないように進むこと1時間、大きな洞窟へ出るとルテアは獣の形状に変化した。
「ちょっと待ってください! 」
「どうしたの? 」
「あの、四つ足での移動は馴れてなくて、その・・・人の姿で移動してもいいですか? 」
利子は様々な形状に姿を変えることができるが、形状変化した体を直ぐ完璧に動かせるわけではない。その形状に合わせた練習を行うことで、体を最適に動かす術を身に付ける事ができるのである。
「速度は貴女に合わせるわ。」
ルテアの言葉に利子は安堵する。
「ちょうど良いから、貴女の身体能力を見せてくれる? 」
「えっ!? は、はいっ! 」
曰く、城まで30キロあるそうで、ルテアは30分で到着する距離との事。あまり情けないタイムを出せない利子は、日本代表になった気分でルテアの後ろを追い、洞窟を抜けた先にある山岳地帯を3時間以内に走り抜ける事となる。
「到着したわ、ガラテアにようこそ。」
パンガイア大陸において、魔族に残された最後の都市ガラテアが利子の目の前に広がる。
「はわ~、洞窟の中にあるんですね。」
利子は気付いていないが、腐国は国土の大半が有毒ガスに覆われているため、毒耐性の無い者は生活することができない。そこで空気清浄装置を洞窟などの出入口に設置しているのだが、維持費の割に効果範囲が限定的なため、洞窟や地下の出入口に設置する他なく、地上の生存圏は僅かしかない。その様な事情もあって、国民の多くが地下や洞窟内に暮らしていた。
また、都市はガラテア火山の活動によってできた大空間に作られていて、死火山となった現在では、国民の9割が住む腐国唯一の大都市となっている。
「表から入ると面倒なの。こっちよ。」
ルテアはいつも使っている秘密のルートへ案内する。そこには小さな農場があり、1体の触手が農作業をしていた。
「戻ったわ。」
「お帰りなさいませルテア様。そちらは? 」
ルテアは触手に事情を説明し、利子を客人として紹介する。
「ようこそ、ガラテアへ。歓迎いたします。」
触手は利子に一礼し、利子は自分が歓迎されたことに安堵した。
「いつもよりお帰りが遅いため、城の方が騒がしくなっております。」
「情報ありがとう。」
秘密の入城路へ移動中、触手はルテアが留守中の情報を伝える。ルテアは彼?のような独自の情報元を複数有しており、常に国内を監視しているが、目の前の触手は彼女の使い魔ではない。彼のような触手達は国が必要数を作成して運用している高度なAIドローンである。
「やはり、一族は別宇宙に散らばっていたか・・・」
利子を簡易スキャンした触手は、彼女を同族と判断していた。
2人を見送った触手は畑作業に戻って行く。
利子でも通るのがやっとの隙間を進むこと30分、2人は城内の通路に出た。この通路は非常時におけるクジョー族専用の脱出路となっているため、普段から使う者はルテアしかいない。
「貴女に注意してほしい事があるわ。城の中は自由にしていいけど、町には行かないでほしいの。」
「えっ! どうしてですか? 」
ガラテアの町を見に行く気満々でいた利子は、ルテアの言葉を聞いて頭に?が浮かぶ。
「私達の歴史に関係する事なのだけれど・・・」
ルテアは何も知らない利子に、一族の歴史を語り出す。




