利子とヘレンのサバイバル 完
人型戦闘機は胸部がコクピットで、魔導機関と高度な制御装置を背部に搭載している。人型である以上、背中以外に搭載できるスペースは無いのだ。この事から、人機は人間と同じく背後からの攻撃に弱い。
「利子、もう一度言うよ。頭部はセンサーしかないから、壊しても無駄。コクピットは人が丸見えだけど、一番頑丈な所だからね。」
「背中が弱点ね。おーけー。」
ヘレンは利子に人機の構造と弱点と立ちまわり方を再度教える。
「奴等に動きがありました。西側からまとまって移動しているそうです。」
「目にものを見せてやる。」
ボタン村長と集落の者が彼女達へ現状を報告する。始めは利子一人で戦う予定だったものの、利子とヘレンが単独でも戦う決意を示したため、住民の一部が協力を申し出ていた。村長は虫の知らせを使用してハンターのギアラと連絡を取り、街へも緊急の知らせを送るなどしていたが、現在は住人を街道や集落の周りに配置することで早期警戒網を構築しており、住人は街道や集落周辺に罠を設置していた。
「みなさん! 危なくなったら、全力で逃げてください。ヘレンは集落に戻ってて。」
「私も必要でしょ。利子の近くで見てるよ。」
「いや、危ないよ。」
「大丈夫、流れ弾に当たるなんてことはしないわ。」
利子が失敗したら、どの道逃げ場などない。ヘレンも覚悟を決めていた。
人機2機、装甲歩兵5人を主力とした盗賊団はボタンを目指して進んでいた。一行が堰の建設現場まで来ると、作業していた住人達が蜘蛛の子を散らすように森へ消えていく。
「住人共に見つかりました。」
「構わん。」
部下の報告にラビットは無視して集落へ進むように指示する。ここに来る前から猟犬が何かに見られている気配を感じていたことから、既に集落は気付いていると判断していた。集落が気付いていたとしても、この短時間では逃げることは出来ないだろう。
「装甲歩兵、前へ! 」
集落が見えて来た所でラビットは攻撃の指示を出す。作戦は、先ず装甲歩兵が先行して集落の出入り口を封鎖し、後詰めを投入して制圧する簡単なものだ。相手は装甲歩兵にすら手も足も出ない連中であり、集落まで移動するだけで目標は達成できる。
装甲歩兵5人が集落へ突進して行き、間隔をあけて人機2機が進む。
彼等は作戦の成功を確信して疑わなかった。それはラビットと猟犬も同じだったが、先行する猟犬が違和感のある地面を避けたとこで状況が一変する。
ボフッ
それは一瞬の出来事だった。猟犬の避けた地面の上をラビット機が通った時、彼の機体は地中へと落ちてしまう。
大型モンスター用落とし罠
太古の森のハンターが使用する即席罠であり、罠は穴作成部分と捕獲ネットにより構成されている。使用すると地中に空洞を作り、地上には罠の目印が出現するが、今回は設置した住人によって目印のカムフラージュが行われていた。一定の重さが無ければ作動しないので、人が通っても安全である。
「な、何だこれは! 」
コクピットの半分が埋まった状態の中、ラビットは機体を操作して何とか抜け出そうとするが、機体は殆ど動かせない。正規の人機であれば、数分で抜け出せただろうが、継ぎ接ぎだらけの機体では本来の柔軟な動きはできなかった。
自分の上司が突如地面にハマった事で、猟犬は一瞬動きを止めてしまい、これが彼の致命的なミスとなる。
ガンッ!
機体に強烈な衝撃が発生する。衝撃の感じ方から猟犬は背部に何かが当たったと判断し、機体を動かそうとするが・・・
「出力低下、ジェネレータ破損! 」
ガンッ! 動きの鈍くなった機体に更に衝撃が走る。
「よっしゃ! 命中! 」
「まだ浅い! もっと当てて! 」
街道を見渡せる山の中で、利子はガッツポーズを取りつつヘレンの指示で次の石を手にする。利子は重さ200~400㎏の石をソフトボールと同じ投球フォームで人機へ投げつけていく。
重量物が時速100㎞を優に超える速度で命中した事で、猟犬の人機は真面に動かせる状態ではなくなっていた。
「ストーンバレット? いや、投石か! 」
猟犬は危険と判断して人機から脱出する。
「お前ら、俺を助けろ! 装甲歩兵は戻れ! 」
付近の盗賊たちは何が起きたのか理解できず、ラビットの救出すら行っていない。ラビットは指示を出すが、時すでに遅かった。
「なっ、何だこのバケモノは! 」
ラビット機の所へ戻ろうとした装甲歩兵達の前に、利子が立ちはだかる。
「もう、戦いは終わりました。あなた達に勝ち目はありません。武器を置いて出て行きなさい! 」
装甲歩兵は利子を取り囲む。彼等の武器はレーザー系ソードとランス、衝撃波クラブなどオーソドックスな装備を持っているものの、未知の相手に対して、どう攻めればいいか分からなかった。
「きぃぃぃゃー! 内臓ぶちまけろ! 」
棍棒で武装した1人が利子に殴り掛かる。しかし・・・
!? 彼は利子に到着する前に、地面から出て来た触手に足を取られて転倒してしまい、起き上がる前に利子が覆いかぶさった。
「け、けぇぇぇぇぇっ! 」
完全に取り込まれる直前で彼は装甲服から脱出するが、直後に装甲服がメキメキという音と共に圧し潰されてしまう。
「は、はうわっ! 」
「バケモノだぁ。」
「食い殺される! 」
装甲歩兵達は戦意を喪失して逃げ出して行き、他の盗賊達も後を追う。後に残ったのは、土の中から何とか脱出したラビットだけだった。
「はぁはぁ、逃げないと・・・」
「何処へ行こうというのかね? 」
「よくもやってくれたなぁ。」
「ふんっ、ふんっ、ふんっ、」
ラビットも逃げようとしたが、ボタンの住人達が彼を完全に包囲していた。住人達は各々が仕事で使う斧、鍬、スレッジハンマー、ノコギリを手に持ち、何も持たない者はダブルバイセップス・フロント・バック、サイドチェストなどのポージングを行いつつ、ラビットの包囲を狭めていく。
「う、あ、あ、や、やめろ・・・やめてくれー! 」
ラビットの悲鳴は集落まで届いたという・・・
「魔族がいたなんて、聞いてねぇ。」
「オレ、クワレルノハイヤダ。」
逃げそびれて捕まった盗賊達は集落の中心部で縛られており、皆、口々に魔族の事を話していた。彼等にしてみれば、利子が集落に滞在していたことは想定外であり、魔族がいたとあれば、そもそも狙う事はなかった。しかし、ノーストロモ号を撃墜し、略奪を行わなければこんな事態にならなかったため、自業自得である。
「お前達には牢屋がお似合いだ! 一生出てくるな! 」
ヘレンは盗賊達に罵声を浴びせてた後、墓地へ向かう。
ワモンの墓の前にはチャバネもいて、2人で無言の報告を行うのだった。
利子はと言うと・・・捕まえた盗賊を全員縛り上げた後に腰が抜けてしまい、仮設の宿屋で横になっていた。
「俺も、奴等の顔を見に、痛っ。」
「無理しないでください。」
利子は起き上がろうとした男性を横に寝かしつける。彼は最初の襲撃でリンチを受けて瀕死の重傷を負っていたが、何とか一命をとりとめて療養中だった。
「後、一か月で動けるようになるって聞きました。それまで安静にしていてください。」
「一週間で治してやらぁ。」
ボタンに久しぶりの平和が訪れた。しかし、
「巨人だ! 」
突然の言葉に利子に緊張が走る。
生き残り? まさか、もっといたの?
「あぁ、心配はいりません。ギアラ様が到着したようです。」
緊張した利子だったが、村長の言葉によって臨戦態勢を解除する。
集落の入り口には、漆黒の人機を2機引き連れたギアラが住人に状況を聞いていた。
「おぉ、皆、無事であったか。」
「虫人の方が1人亡くなられました。」
「そちらのお方は? 」
駆け付けた村長が尋ねると、1機の人機から犬の獣人が降りてくる。
「初めまして。自分は、えーっと、軍機で名乗れませんが盗賊討伐を命じられた者です。」
「この者達の他にも複数が賊を討伐している。治安は直に元に戻るだろう。」
その言葉に、住人たちの表情が一気に明るくなる。第2第3の盗賊に怯える心配はなくなったのだから・・・
「それにしても、古代兵器なしで人機を2機も撃破するなんて、凄いですね。」
シュバは住民が盗賊を破った場所を通過していて、地面に埋まった人機とボコボコにされた人機を見ていた。
「たまたま滞在されていた魔族の方が、討伐に名乗り出ていただいたのです。私達だけではどうにもなりませんでした。」
「その方はどちらに? 」
「私です。」
「ちょっと、利子! 迂闊に出ちゃだめ。」
宿屋から顔を出した利子を見て、建物の影に隠れていたヘレンも出てくる。
利子はともかく、シュバはヘレンの姿を見て撃墜された民間船の生き残りであると直感で判断した。
「ご協力感謝します。」
太古の森以外では未だに魔族は討伐対象であり、目の前の軍人が何をするか見当がつかなかったが、2人から事情を聴いたシュバは感謝を述べ、その態度を受けて利子とヘレンの警戒度は下がっていった。しかし、ある事に気付いたヘレンは利子の後ろに隠れて前に出ようとはしない。
「あの、外の軍隊なら、ヘレンを安全な場所まで送ってくれませんか? 」
「生憎、俺達はそういうことをしていないんだ。付近も安全になったし、街まで行って救助を要請すると良い。」
「そうですか、ヘレン、街まで・・・ヘレン? 」
ようやくヘレンを安全な場所へ送れると思っていた利子は肩を下すが、ヘレンの様子がおかしい。
「利子、気を付けて、この人達、ケルベロスだ。」
「ケルベロス? 」
利子は出国前の事前勉強で単語を見たことはあるものの、「強い軍隊」という漠然なイメージしか持っていない。対してパンガイア大陸において、その活動の一端でも知っているヘレンは、一刻も早く彼等から離れたいとすら思っていた。
ボタンを後にしたシュバとレックスは、盗賊の残党を追っていた。この付近の敵部隊は壊滅した事を確認したが、最後の仕上げである。
「シュバ候補生、先ほどの時間は明らかにマイナス点となりますよ。」
「敵の戦力と撃破確認が出来たんだ、実質プラスだよ。」
「僕等が倒した訳じゃありません。」
ケルベロス候補生の中でシュバ程フリーダムに動いている者はいないだろう。人機の操縦技術、戦闘センス、生存能力が高いのは当たり前のケルベロス候補生の中で、彼の能力がどう評価されるか未知数である。
「なぁレックス。俺、初めて魔族を見たんだけど、チビっちまった。後ろから警戒してくれてありがとよ。」
シュバは利子を見た瞬間に本能が全力で警報を発したが、恐怖を理性と気力で押さえつけて何とか感謝を伝えていた。あの時ほど、人機から降りたことを後悔した事は無い。
「僕も魔族は始めて見ました。」
そして、心底恐ろしかった。キレナで戦った魔虫よりもずっと・・・
数日後、ボタンにはフエが戻り、街から派遣された兵士によって盗賊は連行されていった。そして、ここで利子とヘレンは別れることとなる。
利子は腐国の入り口までギアラが案内し、ヘレンはフエに護衛されながら街へ行き、待機している救助隊と合流する手筈になっていた。
「長い間、お世話になりました。」
ボタンの人達に見送られながら、利子とヘレンはそれぞれ別の目的地へ向かおうとしていた。
「利子、ありがとね。私1人じゃここまで来れなかった。」
「ヘレンの助けがあったからだよ。」
「大学に着いて、落ち着いたら連絡ちょうだい。」
「うん! 元気でね。」
2人は互いに背を向け、歩みを進めてゆく。最悪の状況下で奇跡的に出会った2人は互いに助け合いながら困難を乗り越え、何時しか親友となっていた。海外で多くの友人を作ろうとしていた利子にとって、ヘレンは最初の友となったのである。
早々に干支の兎が猪にボコされましたが、気にしない
次話から腐国編スタートです




