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とある転移国家日本国の決断 外伝  作者:
瘴気内から来た異邦人
37/42

利子とヘレンのサバイバル その5

AМ3:00

 労働者の朝は早い。日も登らぬ時間から準備を始め、心身道具共に万全の状態で職場へ向かう。

 今日の見学のため、早く寝たにも関わらず利子の頭は冴えていなかった。学生であり「仕事」というものを理解していない利子と、現役で働いているヘレン達とはかなりの温度差がある。


「チャバネさんは現場にいるみたい。私達も行きましょう。」


「うん・・・」


 ヘレンの言葉に利子は反応するが、彼女の隣にいるワモンは利子と絶妙な距離を保っており、両者の間には何とも言えない雰囲気が漂っていた。「警戒されちゃってるなぁ。見学なんてできるのかな? でも・・・」


「よろしくお願いします。」


 利子は虫人との仲を修復できるか不安になるが、この状況を生んでしまった原因が自分にあるため、苦笑いに近い笑みを浮かべながら挨拶する。先ずはこちらから歩み寄らなければ始まらない。


 ヘレンの説明によると、虫人は恐れるような種族ではなく、利子の抱く感情は偏見によるものと言う・・・恐らく、彼女の言う通りなのだろう。ボタンの人々と永年平和に接して来た虫人に悪い人がいるとは考えられない。誤解と偏見が無くなれば友好的な関係を築くことができ、これは魔法の勉強だけでなく多くの友人を作ろうとしていた利子の大きな一歩となる。はずだった・・・



「大変だー! 巨人が出たぞー! 」


 外仕事に出ていた若い住人が血相を変えて集落に飛び込んで来る。鬼気迫る雰囲気に、出かける準備をしていた者達だけでなく、まだ寝ている者も起きて家から顔を出しはじめる。


「巨人? そげなモンスター聞いたことないど。」


「巨人・・・まさか。」


 巨人の正体が分からない村人達は若者を落ち着かせようとしているが、巨人について思い当たる年長者は村長の所へ集まった。


ブーッブーッ


「あれ? 国崎さんからかな・・・!! 」


 集落が慌ただしくなった時、利子の携帯端末が小刻みに振動し始め、画面を見た彼女は固まってしまう。


「どうしたの? なんて書いてあるの? 」


 そんな彼女を見て、ヘレンは端末の画面を見るのだが、異国の文字は読めない。


「あいつらが来た・・・」


「あいつらって、えっ! 」


 利子の持つ機械の画面には「武力攻撃発生 緊急避難」の文字が表示されていた。



 ボタンから500m離れた山道。人機2機、装甲歩兵5人、太古の森には存在しないはずの異質な集団が集落を目指して進んでいた。


「お頭の言ったとおりだ、あの村にハンターはいねえ。」


「いいねぇ、やりたい放題だぜ! 」


 お頭と呼ばれた人物は、気がはやる部下に先頭を任せ、人機で後方を警戒しながら進んでいた。彼は兎の獣人であり、警戒心の強さから幾度となく窮地を脱して、今やラビットの名で野盗の一団を率いるまでに出世した人物である。


「油断するな、集落に突入したら全員を中央に集めろ。猟犬は周囲を警戒だ! 」


「 了解 」


 ラビットに猟犬と呼ばれた人物は不愛想に答える。彼はもう一機の人機パイロットだが、あだ名と異なりヒトである。


スキル「猟犬」

 主にヒト種が保有できるスキルであり、猟に特化した様々な複合スキルである。猟犬は微かな痕跡も見逃さず、足跡を見れば群れの数、対象の体重、身長、利き手利き足、怪我の有無、癖まで把握してしまう。また、身を隠していても殺気、恐怖、呼吸音まで察知することが出来るといわれ、猟犬に狙われた場合、対象は痕跡をどんなに消しても逃れることはできない。


 ラビットの部隊は人機3機、装甲歩兵12人からなる総勢60人ほどの野盗団である。今回の集落襲撃ではハンターの留守を狙い、別動隊と共に集落を包囲しつつ、本体が突入する形をとっていた。本隊が集落を制圧しつつ、包囲している部隊がハンターを警戒し、不測の事態が発生した場合は直ぐに安全な逃走ルートを使用できる状況が作られている。「どのような状況でも逃げ道を確保し、無理は絶対にしない」これが、入れ替わりの速い野盗団を生き抜くことによって上り詰めたラビットのやり方である。



「お客人方は中へ! 物置の奥から地下へ行けます。」


「はっ、はい。ヘレン行くよ! 」


「子供達を地下に、他の者は広場へ集まるのだ。」


 村長に声をかけられた利子は放心状態のヘレンを連れて宿屋の地下へと向かう。物置の奥にはモンスターや災害から避難するために掘られた地下室があり、利子とワモンで重量物をどかしつつ、荷物を元通りにして逃げ込む。


「来たぞー! 」


地上から声が聞こえてくる・・・


「何で、何で。」


 部屋の隅で震えるヘレンを横目に、利子は部屋を見渡す。地下というものの、天井と1階の床との間は1mの厚さもなく、ロボットに攻撃されたらひとたまりもないだろう。「一体どうすれば・・・ワモンさんは? 」

 利子は気になってワモンを見ると、彼は暗闇の中で気配を消していた。流石Gである。



 集落に突入したラビット達は広場の住民達と対峙していた。中堅の装甲歩兵が村長と交渉を行い、ラビットと猟犬が周囲を警戒し、残りの装甲歩兵は住人を取り囲む。


「外来の方々が、こんな辺鄙な所へ何用かな? 」


「この森が住みやすくてね、最近引っ越して来たんだ。ここに来たのは別に大した用じゃない、隣人のために月1回食料と酒を提供してほしいんだ。」


 明らかに脅迫染みた要求に、住人の一部はざわつく。


「いきなり乗り込んできて、何言ってやがる。」


「静かに! 村長の言う事が正しいなら、こいつらは野盗だ。」


「巨人の中にいるのが2人で鎧を着ているのが5人だぜ? 全員でかかれば・・・」


「よせっ! 奴等が持っている武具は大昔に魔族を滅ぼしたものだぞ。」


 人魔大戦の記録は太古の森でも街に行けば見ることができ、年長者の中には遠方の街へ旅をした経験があり、魔族と会った者もいる。最近は利子が集落に滞在しているため、魔族の特徴は身近で感じられていた。そんな魔族の帝国を滅ぼした武器が、自分達に向けられている状況を年長者は若者に伝える。

 ここは我慢して相手の要求をのむ他に選択肢は無かった。


 集落の家々から食料が運ばれてくる中、2機の人機は宿屋への警戒を強めていた。


「お頭・・・」


「あぁ、不味いのがいるな・・・」


 貢ぎ物に沸く部下達とは裏腹に、猟犬とラビットは宿屋から漂う微かな雰囲気を敏感に感じ取っていた。


「村長、宿から出てきていない奴がいないか? 」


「はて? 客人は2日前に街へ向かったハンター様が最後ですが。」


「そうか、猟犬。」


 ラビットは軽く合図を送り、猟犬は宿屋に向かってクリードライフルを撃ち込む・・・金属を叩いたような特徴的な発砲音が5回響き渡ると同時に、宿屋は一瞬で瓦礫と化す。


 一瞬の出来事であったため、盗賊を含めて皆何が起きたのか判断が追いつかない。


「なんて事を! おやめください! 」


「あ~あ、もったいないなっ。」


ガシッ


「この畜生が! 」


 人機へ近づこうとした村長を付近の装甲歩兵が押さえつけるが、その光景を前に我慢の限界に達した若者が1人、村長を押さえつけている装甲歩兵に向かって飛びかかってしまった。

 若者は体重100㎏程の平均的な猪の獣人であり、武術は身につけていないが諸突猛進のタックルは力士ですら受け止められるものではない。が、その突進は村長を押さえつけている装甲歩兵の片手ではじかれてしまう。


 クリードライフルによって発射された複合魔法弾は着弾と同時に弾け、周囲の物体を侵食しながら炸裂する。土と木でできた建物にとっては致命的な攻撃であり、宿屋は一瞬で崩壊してしまう。その破壊は地下にも及び、複合魔法の侵食は免れたものの、崩壊した建物によって一部を除いて押しつぶされてしまった。


「もう、嫌ぁ・・・」


 うずくまって震えるヘレンを守るべく、利子は彼女に覆いかぶさって瓦礫と埃を防ぎ、ワモンは倒れて来た柱と梁を受け止めていた。急な破壊に利子は対応できず、ヘレンを守れたのは奇跡と言える。だが、恐怖のあまり体が震えて声も出せない。


「やめてくれ、お願いだ! それ以上やったら死んでしまう。」


 広場では凄惨なリンチが行われていた。装甲歩兵2人で若者をピンポンボールのように扱い、若者は既に抵抗する気力も立っている体力も無い。そして、救いたくても見ることしかできない村人達・・・


「出て来い、いるのはわかっている。それとも、住人の血を見るまで出てくる気にならないか? 」


 ラビットと猟犬の2機は互いをカバー範囲内に入れながら少しずつ宿屋に迫っていく。


「神様助けて! 」


 その2機を瓦礫の隙間から見ていた利子は神頼みするが、生憎この世界の神はノルド人しか救うことはない。

 2機が更に近づき、利子の緊張がピークに達した時、瓦礫の中から目にもとまらぬ速さで人機に向かう1つの黒い影が現れた。虫人のワモンは折れた柱を片手に持ち、最も近くのラビット機に強烈な一撃を振り下ろす! ワモンの体重は120㎏を越え、虫人の中でも体格が良い彼が振り下ろす柱の威力は、コンクリート塀すら容易く粉砕する威力を持つ。しかし、人機の特殊セラミック装甲を前に、バキャッという鈍い音と共に柱は砕け散り、そして・・・



 夕暮れ時、ヘレンはワモンの埋葬場所に座り込んでいた。既に涙も枯れた彼女は放心状態となり、簡易的な墓を見つめているだけである。


「国崎さん! 何で早く教えてくれなかったんですか! 」


 利子は寸前まで危険が迫っている事を伝えなかった本国の担当者へ、涙声で怒りをぶつけていた。


「すみません。」


 担当者は淡白な受け応えをするが、決して報告を遅らせていたわけではない。本国は衛星によって学生の周辺を監視しているが、他の重要地域の監視も行う必要があり、24時間体制で学生を見守れるほどの衛星は無かった。また、密林を進む小規模な部隊を捉える事自体困難で、今回の緊急事態は丁度衛星が上空にあって奇跡的に人機部隊を発見できたから出せたものである。


「赤羽さん、そこは危険です。直ぐに安全な地域に避難してください。西へ進んで街に到着できれば彼等も手出しできないでしょう。」


「馬鹿言わないでください! 」


 全く危機感を共有できていない担当者へ利子は更に怒りをぶつける。「2日後また来る、変な考えは起こさないことだ。見ているからな。」お頭と呼ばれる人物は、そう言って去っていった。彼等は持ち切れるだけの食料を持っていったが、次回は盗賊団が丸ごと来るのだろう。恐怖で集落を支配するべく、帰り際に山へ向かって光子弾を発射し、ミミズの養殖施設ごと山肌を崩壊させたのを住人に見せつける事で、ボタンの集落と利子は抵抗する気力を失っていた。

「見ているからな。」恐怖に怯える中で、利子の耳に届いたその言葉は、彼女から逃げるという選択肢を奪うには十分だった。


「赤羽さん。では、奴等に見つからないように隠れ続けてください。」


「そんなのどうやって・・・」


 国崎は外部からの救助が引き返した事を伝えていなかったが、セシリアの雇った傭兵が墜落地点の野盗を排除し、現在は軍隊が野盗排除に動いている事を彼女に伝える。集落を襲撃するような目立つ行動をしていれば直ぐ発見されるだろう、それまでに何とか身の安全を確保できれば助かる可能性は高くなるはずだ。


「もう、いいですよ。」


「諦めてはいけません。きっと助かる方法はあります。」


 今まで悲観していた学生が諦めきった声を出した事で、国崎は慌てて希望を捨てないように語りかける。


「私が・・・あいつらからみんなを守ります。」


「 !? 馬鹿な真似は止めなさい。」


 今までの彼女からは考えられない発言を耳にした国崎は利子を止めようとするが、言葉ではもう止められない所まで来ていた。


 ワモンさんは無口だったが、私とヘレンを守ってくれた。生き物として考えればワモンさんよりも私の方が強いにも関わらずだ。あの時、恐怖で動けなかった私の替わりにワモンさんは・・・

 自分よりも弱い存在が自分達を守るために敵へ向かって殺されてしまった。極限まで追い詰められ、自らの無力さに打ちひしがれた利子は、略奪者との対決を決意する。


「へぇ~、結構柔らかいじゃん。もしかして、魔法だけに強いのかな? 」


 国崎との通話を切った利子は、ワモンの攻撃によってとれた人機の部品を腕力だけで捻じ曲げる・・・

ちなみに、ノーストロモ号墜落地点の野党リーダーは「フォックス」です

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