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とある転移国家日本国の決断 外伝  作者:
瘴気内から来た異邦人
32/42

死者の国の魔女 その2

パンガイア大陸東部、太古の森


 パンガイア大陸の東部から中央部に広がる広大な森林と密林地帯は、総じて太古の森と呼ばれている。周囲を険しい山脈に囲まれ、長年に渡りヒトの影響が最小限に留められているので、外部とは異なる生態系が育まれていた。周辺国の調査によって、太古の森は異なる生態系と独特の空間魔素が確認されていることから、転移地帯の可能性が指摘されているが確定はされていない。


太古の森、現地時刻20:30


 夕日は完全に沈み、昼に活動する生き物は身を潜め、夜に活動する者達が活発に動く時間、いつもなら夜空に浮かぶ月と星々の光が辺りを照らしている森の中で、炎上したノーストロモ号が煌々と輝いていた。


「うぅ・・・私、生きてる・・・」


 潰れた檻の中で意識を取り戻した魔女は、周囲に視線を動かして自身の置かれた状況の把握を行う。一体何が起きたのだろうか? 檻から出ようとしていたら世界が急に動いて床に叩きつけられて、気付いたら・・・


「飛行機が落ちたんだ。早く、出ないと。」


 目の前には檻の破損した部分から外が見えていて、そこから脱出できそうである。魔女は這いつくばりながら出口へ移動を始めたのだが、何故か全く進まない。


「あれ? 何で・・・って、うぁ。」


 魔女は自分の体を見て衝撃を受ける。つぶれた檻の一部が左の腹部を貫通して床に突き刺さっていた。どおりで進まないわけだ。

 瓦礫を引き抜くのは魔女でも不可能なので、代わりに左脇腹を引き抜いて脱出する。


「痛いぃ、痛いよ~。死なないけど痛ぃ。」


 並の人間なら即死しているダメージを受けても、魔族である彼女は「痛い」で済んでしまうのである。まぁ、彼女の場合は魔族の中でもトップクラスにしぶといからという理由が大きいのだが・・・


「ひどい・・・」


 魔女は必死の思いで檻の外に出ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。墜落の衝撃によって即死した魔物はまだ幸運な方で、檻に潰されて傷を負った魔物達がうめき声をあげている。


「早く逃げないと・・・」


 檻の中には空の物もあり、魔女は周囲に注意を払いつつ進んで行く・・・



 魔女が出口を探している頃、貨物室に隣接する区画を必死で駆け抜ける乗員の姿があった。


「ヘレン急げ! 煙にまかれるぞ! 」


「はいっ! 」


 機関士のランバートと見習いのヘレンは、艦内の至る所で発生した炎と煙から必死に逃げていた。2人は野盗達の攻撃時に艦内の中心付近にいたため、幸運にも難を逃れていたのである。

 ランバートは有毒な煙が充満しつつある視界の悪い中、何とか隔壁を下げる。


「はぁはぁ、早く艦橋に行って・・・」


「無理だ、ルートが炎で塞がっている。認めたくないが、船はもうだめだ。艦長達の無事を信じて俺達だけで脱出するしかない。」


 ノーストロモ号に長年乗り、船を知り尽くしているランバートの言葉は重い。短い期間だが、乗員の皆と家族のように過ごしていたヘレンは非常な現実に涙が出てくる。


「ヘレン、よく聞け。俺達はまだ助かっていない。ここで時間を食っていたら炎と煙にまかれるだけじゃない、生き残ったとしても奴らが向かってきているんだ。早く脱出して船から出来るだけ遠くへ逃げなければならない。わかるな。」


「はいっ。」


 ランバートはヘレンの両肩を掴んで言い聞かせる。どの様な状況であっても、生きている以上やれることをやらなければならないのだ。


「このまま進めば貨物区画の非常ハッチに着く。あともうひと踏ん張りだ。」


「貨物区画に行くんですか? 魔獣が逃げ出していたら・・・」


 ヘレンは被弾と墜落の衝撃で檻が破損し、貨物区画に魔獣が逃げ出していると考えていた。


「奴らに防火扉を開ける頭はない。気にするな。」


 ランバートも魔獣が脱走していると考えていたが、自分達に残されたは道は貨物区画しかないため、魔獣に遭遇する危険を冒しても脱出口を目指さなければならなかった。2人は大きく傾いた船内を何とか進み、非常ハッチのある部屋に辿り着く。


「サバイバルキットを持っていきます。」


「急げよ。」


 ヘレンは部屋の片隅に常備してある非常装備を取りに行き、ランバートは長年放置されて固まっているハッチをこじ開けようする。あと一息で脱出できるところまで来た2人だったが、絶望的な艦内から出られる唯一の希望は、唐突に絶望へと変わるのであった。

 ヘレンの隣にある、魔獣には開けられないハズの扉がゆっくりと開けられる・・・


「「えっ!? 」」


 魔女が防火扉を開けた瞬間、突如として部屋が爆発して彼女は後方に吹き飛ばされた。


「・・・こんなの、ばっかり。」


 派手に吹き飛ばされて壁に叩きつけられた魔女は、不運続きの1日を嘆くのだったが、起き上がろうとして腹部の違和感に気づく。


「えっ? 人? 」


 魔女の腹部には、意識を失っている少女がもたれかかっていた。非常口を開けた時に一瞬だけ顔を見ていたことを思い出す。

 あどけなさが残っているので十代前半だろうか? 擦り傷は見られるが大きな怪我はしていないように見える。でも、早く病院へ連れて行った方が良いだろう。それには先ず脱出だ。魔女は少女を抱えて立ち上がると、自身が吹き飛ばされた非常口へ視線を移す。


「ハッハー! 一番乗りだぜ! 」


「人機の連中が来るまで好きなモンを奪え! 」


 ランバートが開けようとしていたハッチから、装甲服に身を包んだ野盗達が乗り込んで来た。


「う、ぐっ、遅かった、か・・・」


 グシャン、瀕死のランバートの顔を、ならず者の1人が踏みつぶす。


「おいおい、殺しちゃ身代金を請求できねぇじゃねぇか。」


「この傷じゃその内死ぬ。苦しみから解放してやった慈悲深い俺様に感謝しろよ。」


「そうか、たまには慈善活動もしなきゃな。」


「ギャハハハハハハ! 」



 他者を殺めることに何の躊躇いも無い者達を見た魔女は、その場で立ち竦んでいた。


「えっ? 人を、殺し、て・・・」


 殺人を目の当たりにした魔女は、ここにきて初めて恐怖心を抱く。彼女は不運な事故などには耐性があるのだが、人の狂気や殺意に対しては全く耐性が無かった。

 全身を包む装甲服を着た人間はまるでロボットの様であり、その無機質さも相まって更に恐怖心を掻き立てる。そして、ならず者の1人が貨物区画に視線を移すと同時に、魔女は全力で逃げ出していた。


コロサレル


 純粋な恐怖に、魔女は殺人犯から出来るだけ離れようと貨物区画の奥へ向かって全力疾走していた。出口からどんどん遠ざかる彼女だが、突然巨大な物体が目の前に現れる。


「あっ、うぅぅ。」


 その巨体と鋭い眼光に睨まれた魔女は、その場で動けなくなってしまう。彼女の前には6メートルを超える魔獣が彼女を凝視していた・・・

 学名「サマサキマイラ」サマサの辺境に生息する獅子と大蛇、飛竜の特徴を持った凶暴な魔獣であり、この地域の生態系の頂点に君臨する生物である。


 前には魔獣、後ろにはロボットのような殺人鬼、絶体絶命とはこのことである。しかし、魔女は圧倒的に不利な状況の中で、ある事に気付く。「この魔獣、警戒心はあっても敵対心はない?」


「ちょっと横通りますよ~。」


 魔女は刺激しないように、ゆっくりと動くことでサマサキマイラの横を通り抜けることに成功するのであった。この時の魔女は、なぜ自分が襲われなかったのか理由が分からなかったが、後に魔獣の知識を身につける過程でその理由を知ることとなる。


 その後の事を魔女はあまり覚えていない。不時着の際、貨物区画に出来た亀裂から外に出られて、ひたすら船から遠ざかり、日の出まで森の中を走り続けた。

 やがて魔女は疲れ果て、地面に穴を掘って泥のように眠りにつくのだが、ノーストロモ号唯一の生存者を抱き枕代わりにしていたため、大いなる誤解を生むことになってしまう。



ノーストロモ号が墜落して約2時間後、旅客飛行艦「トーヤ」


「天候の問題により、当艦は最寄りの空港へ着陸します。当艦は・・・」


 スーノルド帝国大学の教授セシリアはデッキで夜風に当たっていが、急な進路変更の放送に嫌な予感がしたため自室へ向かっていた。部屋に入った彼女へ、留学候補生の白石小百合が最新情報を伝える。


「教授、利子の乗った船が墜落したみたい。」


 小百合は空が見える位置に衛星通信装置を広げて、本国から最新の情報を得ていた。


「なんてこと! 」


「傭兵を雇って現地へ行った方が良いかも。あの子が暴走したら・・・」


「えぇ、生態系にどんな影響を与えるかわからないわ。」


 瘴気内で魔女の研究を進めていたセシリアと小百合は、その危険性を十分認識していた。

 目的地のスーノルド帝国大学へは2回の乗り継ぎで到着する予定だったが、大幅な予定変更を余儀なくされるのであった。

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