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すげないしんぞう▪︎おまけの小話2-2▪︎







魔術ではなく薬で抵抗を奪おうとしてきたのは良かった。


そもそも人の意識や身体の自由に干渉するような術は、それなりに魔力を使う。

よほど魔力量が有り余っている者でないと、術を使うことは選択肢に入れない。


攫う相手を無抵抗で連れ去るなら、薬の方が楽で手っ取り早いし、そうするだろうと予測はしていた。


そしてルイスはこの手の薬には耐性がある。

どういった状態になるかも知っているので、背後から口を押さえられ、匂いを嗅がされそうになった時点で芝居を始めた。


後ろ手に手首を縛られ、足首も縄をぐるぐる巻きにされるが、それも想定内。手首は抜けやすいように縛られておく。



意識を失った振りを続け、周囲の様子をうかがった。


荷車のようなものに担ぎ込まれる。

ルイスから見える範囲では、自分の転がされている床面と幌の骨組み、薄汚れた生成りの布しか見えない。


背後に人の気配がする。


動く様子がない。

それでもわずかに呼吸の音と温もりを感じるから、同じようにして攫われてきた女性なのだろう。


ふたりほどいるような気配がするが、自分を含めて三人も攫ったのかと考えると、ルイスの眉間にしわが寄る。


一度に三人。

そんな調子で攫い続けて、この犯人はよくも今まで逃げ果せたものだ。

若い女の子って、そんなにたくさん町にいるのか。と、どうでもいいことにまで感心してしまう。




荷車は馬が引いていた。

ごとごと聞こえる音が単調になり、速度が一定になってから、ルイスはぱちりと目を開けた。


揺れに乗じて、ゆるりと頭を巡らせる。


やはり背後には若い女性がふたりいた。

どちらも自分より年下のようで、うちひとりはまだ子どもといえそうな少女だった。


町のどこにでもいる格好をしている。

多分その通り、町のどこかにいたのを攫ってきたのだろう。

ふたりとも可愛らしい、整った顔立ちをしていた。


これからどこに行って、どんな目に遭うのか。今まで攫われた女性たちはどうだっただろうか。そんなことを考えると反吐が出そうになる。




石畳を進んでいた音は、いつのまにか土や草を踏むような柔らかな音に変わっていた。


町を外れて郊外に出たのか、人の気配も無く、静かな場所のように感じる。


一度止まって、門扉を開くような音。荷馬車にはこれ以上女性が増えることはなく、そのまま少し移動したところで停車した。



荷馬車を走らせていた男、攫った男、ふたりいるようだ。ここまで無駄話を一切していなかったので、分かったのはその程度だった。


男はルイスを肩に担ぎ、もう片方の腕で少女を脇に抱える。

もうひとりが残りの女性を運んでいた。


屋内に入ったのを薄目に確認する。

黒っぽい木床を踏んでいる踵が見えた。



部屋に入ると、床に転がされる。


そこには攫ってきた人物たちとは別に、男が待ち構えていた。


「……ふん。これか……確かに若くはないが、見目は良いな。……田舎から出てきたのか?」

「……そう聞いた。商売のやり方を習いにきたとか」


寝転んだルイスの顎を掴んで持ち上げ、話し合うその声を聞いていた。


聞かれればそう答えるようにしていた話をそのまましている。

攫ってくる相手はそれなりに調べているということか。


「あとのふたりは……いいだろう、注文通りだ。どれも高く売れる」

「……それじゃあ金の話といこう」


男たちが部屋を出た後で、ルイスは眉をしかめる。


気配が遠ざかったのを確認して、ゆっくりと目を開いた。

起き上がって周りを見回す。

小さな部屋で家具などは何もないが、内装は美しく、丁寧な造りに見える。

小さな窓の枠にも彫刻がある。取っ手の金具すら優雅な曲線があり手が込んでいた。


静かに床を這っていき、腰高の窓からこっそり外をうかがう。



林というほど立派でもないが、小さくはない木が周りを囲むように立っている。

その緑の向こう側には瀟洒な鉄柵が見え隠れしていた。


そこそこ立派な屋敷としか思えない。


自分の今いる小さな部屋も、薄汚れた臭い場所ではなく、掃除が行き届いている。


先ほどの会話からして、ここは中継地点。この屋敷からさらにどこかに売られて行くのだろう。


ならば偉そうだった、この屋敷の持ち主と思しき男が『生かすべき対象』で、それ以外の実行犯が『生死問わず』だなとルイスは考えた。




腕から力を抜いて、手の先まで楽にする。

指先の届く範囲で縛られ方を確認した。それほど厳重に縛っていないので、片手側に緩みを持たせて少しずつぐいぐいと引き抜いていった。


苦労せず、すぐに両腕が解放される。

靴を片方脱いで、その底から小刀を取り出して足の縄を切った。

腰の後ろ、スカートに挟む形で小刀を忍ばせる。


スカートの裾をたくし上げて、内腿に仕込んでいた短剣を確認。革帯に挟んでおいた呼び符と転移陣もそのままにある。


服の内側まで探られなかったのはありがたかった。



今まで襲ってきたり、攫おうとしてきたり、なにかとアウレリア妃を害そうとしてきた相手はここまで詰めが甘くなかった。


ルイスはひと時 昔を思い出して、ふへと力無く笑う。



眠っているふたりはこのまま置いて行った方が安全だ。

そう考えながらルイスは短剣を左で逆手に握って、出入り口の扉の前に立ち、外の気配を探った。


ごそりと床の上で動く気配がして、小さな唸り声も聞こえる。


ルイスが振り返ると、ひとりが目を覚まそうとしていた。


そっと静かに近寄って、口を手でふさぐ。

なるべく優しく聞こえるように、落ち着いた声で話しかけた。


「……静かに。声を出さないで」


ぼんやりとしていた目は、すぐにぱちりと開かれる。


ルイスの雰囲気と、自分が置かれている状況に焦りはしたものの、すぐに察してくれたのか、女性は素直に頷いた。


笑顔で頷くと、ゆっくりと手を離した。


「男に攫われて来たんだけど、それは分かる?」


一気に悲壮な表情になり、女性は横に首を振る。


「……そう。でも安心してね。大丈夫、貴女は私が必ず家に帰してあげる」

「……本当?」

「約束する」


ルイスがにこりと笑うと、女性は引きつった笑顔を返した。


「名前は? なんていうの?」

「……ホリー」

「私はルイス。ねぇ、ホリー。この外の様子を見てくるから、貴女はここにいてくれる?」

「そんな……危ないわ」

「平気、これ見て」


自分の左手にあるものをちらりと見せて、口の端を片方持ち上げる。


「悪いけど、ホリーの縄は解かないままにさせてね。もし誰か来たら、気を失っているフリをして。……それから、後ろを見て」


体を支えて起こしてやり、ホリーの後ろにいる少女が見えるように手助けする。


「この子が目を覚ましたとき、大きな声を出さないように安心させてあげて? 誰か来たら、寝ているフリをするようにって……できるよね?」

「う……うん、わかった。やってみる」

「大丈夫、必ずふたりとも助けるから」


こくりと頷いたホリーをゆっくりと床に寝かせてやる。


「ホリー、魔力持ってる?」

「う、うん。少しだけなら」

「なら、これ」


スカートをめくって、呼び符を取り出す。

後ろに回されたホリーの手に握らせた。


「自分の身が危険だと思ったら、これに魔力を通して。助けを呼べるから」

「……今すぐには使わないの?」

「あー。ここにどれだけ人がいるかとか、これからちょっと調べてこようと思ってるから……できれば危なくなる手前まで待ってほしいな……もちろん、危ないと思ったら我慢しなくていいからね?」

「……分かった」

「怖いだろうけど……手荒な真似はしないだろうし、させないから。頑張って、ホリー」

「……うん」

「ちょっと行ってくるね」

「……気を付けて」

「ありがと」


心配そうに見上げているホリーに笑顔で応える。外の様子を伺ってから、ひらひらと手を振って、扉を薄く開けて、するりと通路に出て行った。


音を立てないように静かに扉を閉める。



廊下は幅広く、突き当たりまでは遠い。

いくつも扉があり、やはり思った通り、大きく立派な屋敷だった。

しばらく奥に進むと、通路の真ん中は絨毯が敷かれていた。

足音が出ないのをいいことに、素早く廊下を駆けていく。


使用人など動いているひと気も感じない。


主人の部屋がありそうな場所を探して、屋敷のさらに奥へと歩を進めた。


途中、話し声が聞こえたような気がして、数歩後戻りする。

扉の前で聞き耳を立てた。


先ほど言っていた『金の話』だろう。

声は篭って、内容はよく聞き取れないが、男の声がしている。


この屋敷を拠点に女性を売り買いしているとしたら、こんな奥の方には大勢居ないかもしれない。


攫った女性は、自分たちが居たような手前の方に置かれるだろう。人手なら、世話をする者や見張りで、そちらに割くはずだ。


ならそっちを先に静かにさせるべきか。


そう考えてルイスはくるりと来た方に戻っていく。




予測通り、それなりに腕に自信がありそうな男が何人かいた。

上手く隙を突いてひとりずつ叩いていったので、大して苦労もない。

怪我は負わせたが、死なせることはなかった。


ホリーや少女の他にも攫われた女性が三名。

部屋から出してやり、代わりに見張りの者を縛ってそこに放り込んだ。


最初に連れてこられた、ホリーたちのいる部屋に攫われてきた女性を集める。


ホリーの拘束を解いて、改めて呼び符を使ってとお願いしてルイスは部屋を出た。




ここからは手早さがモノを言う。



主人の部屋に勢いよく乗り込んで、向かってきた順に倒していった。

といっても、まともに向かって来たのは実行犯と思われる男ふたりだけだった。屋敷の主人と思われる男は、逆に壁際まで下がっている。


ふたりはあっさり床に伏した。

もうひとりはさっさと諦めたのか、口答えすらしなかった。



余りにも手応えがなく、拍子抜けした気分でルイスはその辺にあった椅子に乗り上がって、背凭れに腰を下ろす。




するりと背を撫でられる感覚がする。



自分に付けられた印を座標に、転移門が開かれる。


すぐ真横に現れたのは、やる気満々、覇気を撒き散らす夫の気配だった。


あえてそちらは見ないように、目線は屋敷の主人に向けていた。


静かな、いつもより低い声。


「…………待ちましたよ」

「そんなに待たせた気はしてないですけど」

「いいえ、随分と待ちましたね」

「え? 怒ってます?」

「…………伝わったようで何よりだ」


周囲を見渡して、何もかも終わった雰囲気なのを見て取ると、師長は我が妻の肩を一度力強く抱いて、ルイスのこめかみに口付けを落とした。


「来る前に応援を要請しておいた。もうすぐ騎士たちが……と言っている間に来たようだが」


どかどかと派手な大勢の足音が聞こえてきて、師長は少しだけ後ろを見た。


同じように振り向いていたルイスは、そのまま師長を見上げる。


「……なら私はもう帰ってもいいでしょうか?」

「そうですね、帰りましょう」

「うん? 師長も?」

「……私が出る幕ではありません」

「じゃあ、なんで来たんですか?」

「貴女をお迎えにあがったんですよ」

「……お手数をおかけしたようで」

「いやなに、貴女のためなら」


踏み込んで来たのは、王城の騎士だった。

見知った顔に頷き返して、入れ違うように部屋を出た。


ルイスは手を取られて、師長にそのまま抱きしめられる。

一緒に転移をするなら、体が近い方が魔力の消費が少なくて済むのだが、なにもここまで密着する必要はない。


今にも帰る気なのだと気が付いて、ルイスは師長の胸をびしびしと叩いた。


「……ちょっと。待ってください、ホリーたちが無事か確認したいです」

「心配要らない」

「このまま城に戻る気ですか」

「もちろん」


言い終えた時には、王城内のふたりの部屋に戻っていた。


ぎゅうぎゅうと抱きしめている腕は、なかなか緩む気配がない。


「すぐに風呂の用意をさせよう」

「は?」

「知らない匂いだ」

「……やめて下さいよ、もう!」


ぐいぐい押し返すと、不機嫌そうな顔のまま、師長は少しだけ腕を緩めた。


「町に荷物を取りに戻らないと」

「使いをやる。貴女は行かなくていい」

「いやいや、お世話になったお礼も、あいさつもしたいですし」

「十日ですよ」

「はい?」

「十日も我慢したんですよ?」

「……がまん?」

「ルイス不足です」

「たかだか十日くらいで大げさな……」

「私にはもう耐えられません!」

「えええぇぇぇ……私は大丈夫です」


もごもご暴れている間に、いつの間にかシャツのボタンが外されている。


「ちょっと! なんなんですか、やめて下さい!」

「とにかく、いつもの格好に戻って……いや、やっぱりその前に風呂に」



ルイスは衣装を半分ほど脱がされながらも、抵抗して逃げ回っている。


と、派手な音を立てて大きく扉が開く。


騒ぎに駆けつけた従者に師長は子どものように叱られて、なぜかそのとばっちりをルイスまで受ける羽目になった。





あの屋敷で『保護』された女性たちは、話を聞かれた後、その日のうちにそれぞれ家まで送り届けられた。


屋敷の主人や、人攫いたちへの追求はこれから増して厳しくなっていく。

不幸中の幸いと言えるのか、売った相手や売られていった女性たちこのとは、詳細に記録が残されていた。

今後芋づる式に加担した者が増えると予想される。


中には他国にまで売られていった女性もいるようだが、これからは『保護』される人数が増えそうだと報告を聞いた。




ルイスがひと時過ごしていた小間物店の娘の行方はまだ分からない。





王陛下はルイスに、今回の手柄の報償はなにがいいかとたずねた。


ルイスはにやりと笑って、欲しいものは無いと答える。

その代わり願いを聞いて欲しいと告げた。




女性たちは次の祭りまでには必ず戻してやると、陛下は鷹揚に頷く。


そしてその願いは祭りが来る前には叶えられることになる。








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