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あどなきしるひと▪︎おまけの小話2-1▪︎







アウレリアが正妃になってから数年後のお話。















「……捕縛……ですか?」

「いや、生死は問わない」

「……はあ……それなら、まあ」

「期待する」

「ええ……はい」

「なんだ煮え切らない態度だな」

「…………その……何か他にもお考えがあるのかなと」

「お前が適任だと考えて命じているんだが、違うか?」

「いえ、違いません」

「うん。では行ってこい」

「御意に」


ルイスは陛下の執務室を出て、先ずアウレリア妃の私室に足を向けた。


とりあえず護衛の任はしばらく暇をもらうことになるので、その説明を端的にするために、頭の中で先程の陛下との話を整理していく。



ここ最近城都では人攫いが頻発していた。

若い者から子どもまで、女性ばかりが連れ去られている。

連れ去られた女性が見つかることも無くはないが、その場合は必ず『保護』ではなく『回収』の方。

それも酷く痛め付けられており、親や恋人がいる場合には、伝える側も心が抉られる思いをするほどだった。


行方不明者の数や攫われる頻度から、犯人は複数いると推測されたが、その尻尾すら掴めてはいない状況だ。


城都を警衛する衛士や、王城の騎士は何もできずにいるようなもの。


街では好色な金持ちに売られているのではないか、良からぬ魔術の贄にされているのではないかと様々な噂と憶測が飛び交っている。


衛士や騎士では解決が困難なこの状況で、犯人を特定するのが先決。

今も攫われた女性たちが生きているのならば、一刻も早く救い出さなくてはならない。


自分が適任だというのは、ルイスにも納得ができた。


いかにも逞しい衛士や騎士がいくら街を歩いて回ろうと、抑制にはなっても抑止にはならない。

まして捕らえることなど、いたずらに時間がかかるだけに思える。


それならルイス自ら攫われてその内情を探ればと考えたのは理解できる。


殲滅を辞さない。


陛下からはそういう意も汲み取れた。

より良いのは、『内情を知る者は生かし、それ以外は生死を問わない』という意味だと理解した。


腕には自信があるし、期待には応えられるだろうが、それ以前の話があるんじゃないかとも思える。


犯人側がうまく見つけて攫ってくれれば良いけど、と長い廊下を歩きながら笑いを噛み殺した。




「話は聞いているから、私のことは気にせずやってらっしゃい」

「あ、聞かれていたんですか」

「ていうか、私が進言したんだけど」

「そうなんですか?」

「だって面白いと思って。帰ったら話を聞かせてちょうだいね」

「はい、了解です」


楽しげに笑っているアウレリア妃に、くすりと笑い返す。


「でもそうすぐに帰っては来られないかもしれません」

「うん? なぜ?」

「まず私が攫われないことには」

「あら、それは心配要らないわよ。私が人攫いならルイを攫うもの」

「一発です!」

「速攻です!」


アウレリア妃の衣装合わせをてきぱきとこなしていたココとエマが間髪入れずに答えている。


「ルイ、あなた私に攫われたの忘れちゃったの?」

「……そうでしたか?」

「一目で気に入ったのよ?」

「それは……ありがとうございます」

「ルイなら大丈夫だろうけど、気を付けなさい。ひとつの傷ももらっちゃ駄目よ」

「承知しました」


それからは慌ただしく準備を整えた。


町に住む娘に見える衣装を選んでもらい、身に付ける。

それなりに髪を整えて、ちょっとした振る舞いも教えてもらい、その通りにこなしてみる。

清純で儚げな乙女の雰囲気になったと侍女ふたりは大喜びした。


ココからは緊急用の呼び符、エマからは転移用の陣を持たされる。

どちらも大きくはない紙に書かれたもの。一度しか使えないが、ルイの少なめの魔力でも発動する。

ありがたく衣装の内側にしまい込んで、王城を出発した。





なにか忘れている気がするけど、必要なものは大体持っている。

ひとつひとつ確認したので間違いはない。


首を傾げたのは少しの間だけで、ルイスはまぁいいかと早速 王城を下って町に向かった。






しばらく滞在するのは、小間物店の二階だった。夫婦ふたりで商いをしている。


空き部屋を間借りして、時々店の手伝いもさせてもらうことにした。


話をつけたのはこの区域を担当する衛士。


昨年の祭りの日から、この夫婦の元に娘が帰ってきていない。

協力は惜しまないと進んで引き受けてくれたとルイスは聞いていた。



困惑している、といった表情で出迎えられるが、それも察して余りある。


わが娘と変わらない年齢の小娘に、わが娘のことを頼らねばならない。それくらいしか打つ手がないのだから、不安しかないのも想像できた。


「……こんな小さな物置きみたいな部屋じゃなくて、よければ娘の部屋を使って?」

「いいえ。娘さんの部屋は娘さんのものです。私はこの部屋で充分です。お気遣いありがとうございます」

「遠慮はいらない。何でも必要なものがあれば言ってほしい」

「分かりました。今は特にないので、とりあえず街をうろうろしてきますね」


気を付けて、と夫婦揃って見送られる。


自分の親の世代の、まさにそれそのものな人たちと、ルイスはこれまで一緒に過ごしたことがない。どう接していいのかよく分からなかったので、とにかく店を後にして近辺を散策することにした。



商店の多い地区というのもあってか、出歩く人はそれなりにあるように見えた。


ただやはり女性は少ない。

ひとりで歩いているのは、みな年嵩の人ばかりだった。


周辺をうろついて町の雰囲気や諸々を頭の中に入れていく。

あちこちで見かけた衛士たちには、近寄らず、少し遠く離れた場所からこっそり頷きあうだけに留めておいた。

そもそも町に入る前から、お互い関係があるとは見せないようにしようと話し合っていた。


いかにも衛士といった風情の男と一緒の場面を見られては、早々に攫ってもらえない。



日が暮れそうな時刻になったので、今日のところは引き揚げようと小間物店に戻る。


明日は行動範囲を広げ、夜にも出歩いてみようと足を早める。




もう少し、あの角を曲がった所が滞在先だという場所で、ルイスは後ろからがっちり手首を掴まれた。


気配も後をつけられていた感じもなかったのに、と相手を見ようと後ろを振り返る。




忘れていたものが何だったのか、思い出した。




「本当に、貴女というひとは」


とてつもなく怒った顔が自分を見下ろしていた。


「……え……っと。ここはたくさん人が居るので、とりあえず、こっち……付いて来て下さい」


ルイスが掴まれた手首をゆるゆると振ると、思い出したように力を抜いて、しばらくしてから離される。


眉間に深い深いしわを刻んだまま、フォルストリア師長は無言でルイスの後を追う。



店の裏側に回って、勝手口から家に入る。

台所にあたるそこでは、もう夕食の支度をしていたのか、夫人が竃の前に立っていた。


後ろにいる顔に、夫人がはと息を飲んだのが分かって、ルイスは慌てて笑顔を貼り付けた。


「えっと、あの……この人は、夫、です。ご心配なく」

「あ……あら、そうなの? はじめまして」

「……申し訳ない、このような時間に押しかけてしまって」

「いいえ……その」

「ごめんなさい、すぐに帰ってもらうんで。そしたらお手伝いしますね」

「いいのよ、手伝いなんて、気にせずにゆっくりしてちょうだい」

「……ルイス?」

「いいからこっち来てください。……部屋で話をしてきますね?」

「ええ、その……ごゆっくり」

「では、失礼いたします」


階段を駆け上がるようにして、師長を部屋に押し込むと、ルイスは勢いよく後ろ手で扉を閉めた。


「何してるんですか?」

「それはこちらの言うことだ」

「何しに来たんですかという意味です。話は聞いているでしょう?」

「私は納得していない」

「あなたの納得は関係ないです」


王命なのだから、否も応もない。

臣下なら従う。

夫の許可を得る得ないの話でもない。


「……それでも、できないものはできない」

「…………困りましたね」

「私になんの話も無しに」

「あ……と。それは、すみませんでした」


眉毛がぴくりと動くのを見て、ルイスはにやりと笑いそうになるのを堪えた。


ぎゅうぎゅうに抱きしめられるままにしていると、耳元で拗ねた声が聞こえる。


「……忘れていたでしょう」

「く……ふふ。……はい。ごめんなさい」

「本当に、貴女というひとは! どれだけ!……ぁあ、もう!」


潰される手前まで体を締め上げられる。

なんとか背中に回した手が当たった場所をばしばしと叩いて、やっと師長の腕が緩まった。


大きく息を吸い込んで、吐き出した。


それでもまだ小さな子どものようにルイスから離れようとしない。


「……まぁ、そのうち帰りますから」

「…………私もここに」

「は?! 何言ってんですか、馬鹿ですか」

「……私にも陛下から命を出してもらう」

「……もう。出るわけないでしょう? ……いいから大人しく帰って、あなたはあなたのするべきことをして下さい」

「私のするべきことは、貴女と一緒にいて、貴女を守ることだ、ルイス」

「……それは三番目だって、約束しましたよね」


師長と婚姻を結ぶ前。

必ずと約束をした。


王と王妃に仕えて、その命をお守りするのが一番。

二番目は自らの命を守ること。

三番目でないと師長と添い遂げることはしないと、ルイスは断言した。


そうじゃないと一緒に居たくなくなってしまうと、最終的には押し通した形だった。


師長は不承不承だったが、約束は約束だ。

守ってもらいたい。


「……う……ぐ。…………でも」

「でももなにもないです。師長はお城に帰って下さい。いいですね?」

「…………やだ」


こういう時はどうしたらいいか、ルイスは充分に経験済みなので、早速と実行に移す。


口付けをして、にっこり笑って、ね?と首を少し傾ける。


顔を真っ赤にした師長が、ぎりりと歯を食いしばって、どしどしと足を踏み鳴らす。


ここは石造りの屋敷ではない。

階下に居る人が驚いてしまうと、ルイスは宥めるように背中を撫でる。


「ね? お願いリンド」

「……クソ。こんな時ばっかり…………ほんとクソですね!」

「クソですね」

「貴女はずるい!」

「夫のことをよく理解している妻ということですね」

「可愛いからって何でも許されると思わないで下さいよ!」

「許してくれないんですか?」

「許しませんよ!……許しますけどね!」

「ありがとう、リンド」


うがーとひと声吠えて、ルイスの顔中に口付けをするとやっと落ち着いたのか、今度はゆるりと抱きついた。


「……気を付けて下さい」

「もちろんです」

「危なくなったら呼び符で私を呼ぶこと」

「……はい」

「無茶はしないで……といっても、するんでしょうけど」

「そんなにしませんよ。あなたの奥さんそれなりに強いでしょう?」

「だから無茶をしそうで心配なんです」

「ささっと片付けて、ささっと帰りますから」

「……そうして下さい」


しつこめにまとわりついて、しつこめに口付けをしてから師長はやっと体を解放してくれた。


帰る前に夕食に誘われて、遠慮なく食べていく。和やかに会話をしながら、ゆったりと食事をするのが、珍しいから面白かった。




師長の人懐っこさのおかげで、この家の夫妻にすんなりと溶け込めた。ルイスは素直にリンドを尊敬する。







町に下りてから、家事や店を手伝ったり、その辺りをうろうろしているうちに十日を数える。




待ちに待って現れた相手に、これで帰れると、始まってもいないのに、終わった感じがしてルイスは思わず笑ってしまう。









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