ちいさいおれい ▪︎おまけの小話1▪︎
本編終了後、すぐのころのお話。
「あの……ここは、どう行ったらいい……です、か?」
隣を歩いている師長は、聞こえているはずなのに、こちらを見向きもしない。
ルイスは心の中だけで舌打ちをして、大きくため息を吐き散らした。
アウレリア姫に遣いを頼まれ、城都に降りたルイスは、要件が済んだ後、侍女たちに頼まれた買い物をしようと大通りの端を歩いていた。
ひとりで出かけるはずだったのに、いつの間にかフォルストリア師長と一緒に行くことになり、いつもの男装では面白くないからと、ルイスは女性用の衣装を強制的に着せられた。
要件の内容から目立つことは避けたかったので、町に溶け込みやすい、豪華でも派手でもない、どこにでもあるような一般的な女性の衣装を身に付けていた。
師長もいつもの衛士服から簡素な衣装に着替えている。
人と会い、姫様からの手紙を渡すだけ。
そちらの要件は難なく、すぐに終えることができた。
厄介なのは侍女たちに頼まれた買い物の方だ。
どこそこの決まったものでないとダメだと注文が多い。
師長に案内をお願いし、店名と品物が詳細に書かれた一覧を見ながら買い物をしているところだった。
「……………………リンド?」
「なんでしょう、ルイス」
「五番街のこのお菓子屋さんに行きたいです」
にこにこ顔で頷いた師長は、こちらだと言う代わりにルイスの腰の後ろに手を添えると、そっと向かうべき方向に押した。
今の格好に合わせて名を呼んで欲しい。
城都に到着するなりそう言われたが、かといってルイスの立場上そう気安く師長の名を呼ぶのは憚られる。
そんなことは師長だって理解しているはずなのに、あのそのと話しかけても反応がない。
全くなんの意地なのかルイスには理解できないが、師長は名を呼ばないと頑なに無視を決め込む。
いっそのことひとりで買い物を済ませた方が気楽だと思って、そう言っても何かと理由を付けて聞き入れてもらえない。
それなら町の人に道を尋ねようとすれば、先回りして止められ、仕様がない子を見るような顔で首を横に振る。
一覧はまだ上から三番目。
目的は三分の一も消化できていない。
買ったものは師長が全部持ってくれている。
確かに道ゆく人にいちいち聞くより、案内してもらった方が確実に早く終えられる。
「師……じゃない……リンドさん」
「殿も様もさんも要らないですよ、ルイス。どうか名だけで呼んで下さい」
「じゃあ…………リンリン」
「リンリン?」
「……だめ?」
ルイスは姫様がよくするように、絶妙な角度に首を傾げ、人差し指を頬に当てる。
かわいらしく見えるように、上目遣いもしてみる。
自分が姫様と同じようになっているかは知らないが、というか、なっている訳はないのだが、師長には効果があるようだ。
耳や首まで真っ赤になって、地を這うような唸り声を上げている。
「次はねリンリン、このお店の……」
「ちょ……ちょっと待って下さい」
「どうして? 名前で呼ぶんでしょ?」
するりと手を繋いでいくと、はうとか、うぐとか、言葉にならない声をこぼす。
姫様の真似をすっぱり止めて、ルイスはすぐにいつもの調子に戻る。
「…………ほら。恥ずかしくなるなら最初から言わなきゃいいと思うんですよ」
「……いきなりリンリンは」
「じゃあ、リンディ?」
「……それ……も、どうですか」
「…………どうとは?」
「まだ早いというか」
「…………早い?」
「いつかそのうちという意味です」
「…………で、次の店なんですけど」
面倒臭いという言葉は飲み込んで、ルイスは一覧にある次の目的地を指差した。
全ての買い物を終えて、大通りの真ん中、町の中心地にあたる広場に戻ってきた。
どこかで休憩でもしようと、座る場所を探していると、数人の子どもたちが目の前を横切っていく。
みな楽しそうに笑い声を上げて、各々の手には美味しそうなものが握られていた。
「わ。あれ、なんですか?」
「うん? ああ、どこかで露店でも出ているんでしょう。この国ならどこにでもあるお菓子ですよ」
「へぇ……」
「食べてみますか?」
「はい! 美味しそう」
「そこに座って待っていて、ルイス。見つけてきましょう」
「いえ、私が」
「いや、貴女はこの荷物の番をして下さい。すぐに戻ってきますから」
「え、でも……」
「私が探した方が早いので」
「……わかりました。お願いします」
言葉どおり師長はすぐに戻ってきた。
油で揚げて砂糖がまぶされた菓子は、紙に包まれていて、受け取ると少し熱いくらい温かい。
石段にふたりは並んで腰掛ける。
師長の手に残っている方は、少し濃い色をしていた。
「これは味が違うらしいです。こっちが良いですか?」
「……半分こして交換しましょう」
「良いですね、そうしましょう」
菓子は素朴な味がして、甘みもそれほどない。王城で食べる菓子とはまた違って美味しく感じる。
「師長もこういうものを食べるんですね」
「……好き嫌いはないので」
「あぁ、ではなくて。こういう、庶民的な食べものを、という意味です」
「……いつもそんな上等なものばかりでもないですけど」
「え? そうなんですか?」
「手間暇かけて、絶妙に仕上げても何でもかんでもひと口で食べて終わりだからと」
「言われるんですか?」
「言われるんです。作り甲斐がないって」
半分まで食べると、師長のものと交換して、もう片方も口に入れる。
「あ……これも美味しいですね」
「そうですか? 良かった」
さっきは気にしてなかったから気が付かなかったのに、師長の言った通りだったので、ルイスは思わず吹き出した。
「……なんですか?」
「いや、作り甲斐がない……ほんとにひと口ですね」
「あ……ああ……はは」
晩餐や夜会で食事をしている時は、周りと同じに、ゆっくりと食事していたような気がする。
気を付けて合わせていたのかと思うと、余計に面白い。
「……ゆっくり食べる時間なんて、そんなに無いですもんね」
「……仕方がないですよね」
「ですね」
思い当たるフシにお互い笑い合う。
主人を第一に据えると、何にしたって自分のことは後回しだ。
「……こうしてぶらぶらと町を歩き回るのは初めてなので楽しいです。しかも一緒にいるのが好きな人なんですから」
「…………ぅぅぅぅううん。なんというか……遠慮がなくなりましたね」
「そうですか?」
この間から師長はルイスに対し、隙あらば好意を口に出す。
節度は保っているものの、触れることも増えていた。
「いやもう、お構いなく……」
「そうはいきません」
「いやいや、ほんとに」
「少しくらい厚かましくしないとルイスは気にしないから」
「……姫様に言われたんですね?」
「……分かります?」
「はぁぁぁああ……」
「気にして下さい? もっともっと」
「帰りましょうか……」
「明日の朝までは自由にしていいと許可は頂きましたけど」
「…………帰りますよ」
「私の部屋の方に?」
「あんまり厚かましいと、嫌いになりますからね」
「ああ、良かった。じゃあ今は好きなんですね」
「……真っ赤な顔で言わないでもらえます?」
「……はは。仕様がないですよね。好きなので」
「……………………ああ、そうですか」
「そうですね」
アウレリア姫が正妃と決定されるまで数日。
ルイスがリンドに絆されるまで、あとひと月。
初めてふたりで出かけた日のおはなし。