わりなきかわき
思わぬ謹慎を言い渡されて、これまで余暇らしい余暇を過ごしたことがないリンドは何をしていいのか分からない。
なんとか午前の間は体を動かしたり、剣を振るったりして過ごしていたが、それも集中が続かない。
朝のうちに届いた知らせで、使用人たちはあれこれと忙しそうに動き回り、主人であるリンドは放置だった。
特にリンドの侍女は、高揚もあらわですこぶる機嫌が良い。
一方的に押し付けられた謹慎だったが、近衛の役目を控えるのがそもそもで、外出などを止められているのでもない。
それを理由にアウレリア姫からお声がかかる。
『明日の夜会にルイスを誘って相伴してほしい』
王陛下の警護以外で夜会に行ったことはなく、もちろん仕事抜きでの列席も無い。
自分が女性を伴って夜会に参加する日が来るなど、考えてすらいなかった。
衛士服以外に相応しい衣装も無いから、知らせがきてからの騒ぎはめまぐるしかった。
この国では相手側の衣装に揃えて自分も合わせるようにして、その上で女性の髪飾りを用意するのが流行っている。
洗練された男性の証でもあった。
ここ一番と、侍従たちの力の入れ様が半端ない。
女性を誘って差し添える。
しかも相手は美しいと評判高い。今まで浮いた話がひとつもなかった主人の快挙だ。
もしかすれば最初で最後かも知れない。
伴うからには準備は万端で迎えなければ。
こうまで分かりやすく熱を上げているのを初めて見た。だからこそ余計に、女性とは縁がなかった朴念仁の主人には任せておけない。
リンド以外が大忙しなのも仕様がない話だった。
「とてもいいじゃない。よく似合ってる」
「……いや、どうですか。これはちょっと……」
「最! そして、高です!」
「会! と、心! の出来栄えです!」
後宮の一室にも、置いてけぼりがひとりいた。
ルイスは無理矢理に着付けられた衣装を見下ろしてから天井を見上げ、盛大に眉間にしわを寄せた。
そもそも護衛が姫様を食う勢いの衣装など問題外だ。
いつもの男装にほんの少し華やかさを加えた程度で充分なはず。ここまで着飾る必要はない。
「いつもの感じでよくないですか」
「なに言ってるの、いつも通りなんて面白くないじゃない」
「……面白さは必要ないです」
「フォルストリア師長が真っ赤になるところを見たいのよ!」
「確実です!」
「絶対です!」
「……こんなに良い服を着なくても」
「あら。衣装に頼らなくても、赤くさせる自信があるの? やだ、ルイったら」
「いえいえそういう意味ではなくてですね」
「舐められた分はきれいに倍以上にして返したいじゃない」
「……はぁ……」
「私もルイもいい男連れよ。ふふふ……お姉様たちの悔しがる顔が今から楽しみ!」
「…………それは見たいですけど」
「明日の夜会が待ち遠しいわね!」
「でもこれでは姫様の護衛がままなりません」
「ああ、いいのよ大丈夫」
「……というと?」
「お姉様たちだって、早々にこの国で次の刺客なんて用意できないわよ」
「そうとばかりは……」
「しかも夜会は王城内よ? 国の威信に懸けても、陛下が許さないでしょ?」
「……油断は禁物です」
「油断してるのは向こうの方よ。私が大ケガしてると思ってるもの」
「そ?! そうなんですか?!」
ココとエマがもじもじしながら照れ笑いをしている。
ルイスがどういうことかと目で問うと、えへへと更に恥ずかしそうにした。
以前に毒を盛った王執務室の侍女を買収し返し、毒を作成した薬師も巻き込んで、アウレリア姫へ行った毒物混入も、襲撃も、その他諸々も、成功とは言えないが、かなりの痛手を負わせたと誤情報を流させた。
ルイスの善戦虚しく、護衛と姫君は共に今、生死の境を行き来していることになっている。
「ココとエマのお手柄ね」
「うへへ」
「へへへ」
「……参りました」
「てことでルイはこれ以上しのごの言わずに、大人しく師長と夜会に出なさい。これは命令よ」
「……御意に」
よっぽどのことが無い限り出ない姫様の命令にルイスは従うしかない。
今の衣装に合わせて、淑女の礼の形を取ると、アウレリア姫はよろしいと満足そうに頷いた。
「流石ですね、お金の掛かり方が桁違いです」
「ルイさんの方も見て下さい、ものすごく趣味が良いです」
王陛下は正式に夜会の相手にアウレリア姫を指名した。
上から下まで揃いで贈られた衣装と装飾品は、贅の限りを尽くしたように見える。
同時に届けられたフォルストリア師長からの贈り物も、派手になり過ぎず、ルイスの容姿や立場を考えて、その限りで魅力を最大限にまで引き立てる作りだった。
「この衣装でひと家族が何年過ごせるかご存知なのかしら」
「そうですね、夜会の後に売っ払いましょう」
「ルイさんのは取っときましょう」
「そうね、それがいいわ」
「……なぜ私だけ」
「後々また使うでしょう?」
「遠くない将来に」
「主に婚姻の式とかで」
「…………冗談はやめて下さい」
「ふふ。面白いわね?」
「面白くないですよ」
夜会の開始時間が迫る。
アウレリア姫は先に準備を終えて、一足先に王騎士の迎えで後宮を出た。
ルイスはその後に続き支度を終えて、王城に向かう。
ふたつの建物を繋ぐ通路の中ほどでは、リンドが待ち構えていた。
白を基調にした衣装は、肩から腕、背中がレースになっており、清楚さを強調しつつ少し甘みのある雰囲気だった。
派手ではないのに、凛としたルイスの容姿で、とても華やかに見える。
リンドは頭の中身がぐらぐら動いている気がして、真っ直ぐ立っている自信がない。
中身が煮えているのではないかと錯覚する。
「……まだ早いです」
「え、な? 何がでしょう」
「……いえ、こちらの話です」
「……とても……お美しいです。すごく」
「…………ああ、そうですよね。この衣装、元々は姫様のだったのを直したんですよ。とてもきれいですよね……あ、そうだ髪飾り、どうもありがとうございます」
「いや、その…………はい」
「フォルストリア師長。あの、お願いが」
「はい! なんでしょう」
「その……肩がまだ少し辛いので、手をかけさせてもらってもいいですか」
「う……く! 済みません、気が効かなくて」
姫様や侍女たちから散々そうしろと言われていたのを実行したのだが、自分から言った通りに、腕を固定せずにぶらぶらさせているのは少しきつい。
リンドから差し出された腕に、ルイスは手を絡めてそこから力を抜いた。
ゆっくりと歩き出したので、それに合わせて付いていく。
いつものように大股で歩かず、体もなるべく上下しないように気遣ってくれていると気が付いて、ルイスは少しくすぐったい感じがする。
「もう少し早く歩いても大丈夫ですよ?」
「いや……急ぐ必要もない。ゆっくり行きましょう」
早く到着したところで、他にいる貴族たちに混ざって控えの間で待たされる。
それならふたりきりのこの時間を、出来るだけ長く過ごしたい。リンドにはそんな下心もあった。
夜会の催される大広間では、玉座に王陛下が着いており、そのすぐ横にはアウレリア姫がいた。
ひと組ずつ呼び込まれる貴族たちの挨拶に、ひと言ずつ言葉をかける流れ作業の最中。
アウレリアは薄っすらと笑みを浮かべ、姿勢良く座り、姫とはかくあるべきという態度で臨んでいた。
少し離れた場所でこちらを見ているふたりの姉の顔が面白過ぎて、必要以上に笑いそうなのを堪えることに集中する。
「楽しそうだな」
「ええ、とっても」
顔を寄せて囁くようにしている王陛下に、アウレリアはにこりと笑い返す。
「これでもっと楽しいことになる」
頬に口付けを落として、いたずら小僧の顔で陛下は笑う。
「……やり過ぎです。他の側室方に後から何と言われるか」
「やり返せ。得意だろう?」
「まぁ、陛下。私を見誤っていらっしゃるわ」
「……そうか?」
「そこまでヒマじゃありません」
ひとつ声を上げて笑うと、挨拶をしている途中の者を手を上げて制し、周囲に見せつけるように、もう一度アウレリアの頬に口付けた。
とても丁寧に、大切なもののように。
姉姫たちの声の無い悲鳴が聞こえる。
「ぷふ……おもしろ」
「性悪だな」
「お褒めいただき光栄です」
「……今夜は私の部屋に来い」
「えぇぇぇ……いやですぅ」
「……来い。返事は」
「ふぁー……」
くくと喉を鳴らして、一度力強く肩を抱き寄せると、王陛下はつまらない流れ作業に戻ることにした。
アウレリアは表情を変えず、終始 姫とはかくあるべきと微笑みを絶やさずに堪えた。