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よしなきよくしん








いくら落ち着いて考えようとしても、まずじっと座っていることすらできない。


部屋中をぐるぐると歩き回ったところで、もう気持ちは決まっている。

会いたい。

少しでも顔が見たい。

できることなら話がしたい。


一応は、立場や状況を諸々鑑みて天秤にかけてみる。


そうしたところで、天秤はぶっちぎりで『会いに行く』の方に傾いている。

はなから測るべくもなくなのだが、では何が邪魔をしているかというと、気構え、だ。


邪魔になるのではないか、迷惑だと思われないだろうか。なぜこいつが来た。


はっきり言わないにしろ、そんな表情をされるのではないかと、考えただけで胸が傷む。

もしもそうなった時には、軽く失踪したくなるのは間違いない。


心も体もぐるぐるしているうちに一方的に取り付けられた時間が近付いていた。


いい加減めんどくさいとひと言放たれて、母親のような年の侍女に、小さな花束とお見舞いの品を持たされて、部屋を放り出された。


香りがあまりせず、派手ではない小さな花束と、果物の入った籠を見下ろした。


よしと覚悟を決めて歩き出す。




夕刻だが陽はすっかりと暮れていた。

昨夜の天候を考えれば、打って変わったような夜空が広がる。

大人しめな星がぽつりぽつりと瞬いていた。


リンドは白い息を細長く吐き出して、少し硬くなった雪を踏みしめる。


夕闇に紛れて城の敷地を大きく回った。




訪れた後宮の裏側は、時間もあってか静かなものだった。

ココの言っていた通り、警衛のひとりもない。これでは男女問わずいくらでも入り放題だろうう。


王へは不敬に当たるし、何より不用心だ。

今後それとなく王騎士に進言しなくてはと、まず自分は棚に上げて考えた。



裏口の見える位置までやってくると、待ち構えていたように、内側から扉が開く。


逆光で顔はよく見えないが、早くと急かす小さな声で、アウレリア姫の侍女だと分かった。


小走りで内側に駆け込む。

扉が閉まり、後ろで鍵を下ろす音が聞こえた。


「ようこそ! お待ちしてました!」

「……エマさん」

「はい、エマさんですよ! ……おお!いい感性をしておられますね、師長様の侍女さんは。素敵です!」


エマはリンドの頭から足先まで見て、両手に持っているものにも視線を送る。


服装もお見舞いの品も侍女に任せっきりなことは、エマにお見通されていた。


「ではでは、こちらへどうぞ!」

「……本当に大丈夫ですか、こんな……」

「ぁぁ……師長様……もうすでにこの時点で大丈夫じゃないですよ。見つかったら面白いことになりますから、早く行きましょう!」


さあさあと前に立ってエマは歩き出す。


案内されたのは表に面した通路ではなく、使用人たちが使う、細くて薄暗い通路だった。


少し進んだところで、簡素で飾りもない扉を軽く叩くと、内側からどうぞと声がする。


気合いを入れて、勇んで入った先には、アウレリア姫が待ち構えていた。


姫君はにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。


派手さはなくとも、揃いの高級な調度品がある部屋は広く、整えられていて、どう見ても姫君の部屋だった。


「よく来て下さいました、フォルストリア師長」

「ど……うも、今晩は」

「ルイは奥の部屋で休んでいます。ごゆっくりどうぞ」

「あ……や。迷惑になるといけないので、早目に……」

「遠慮はいりませんよ?」


なんだか腰が引ける気分でいると、エマがすぐ近くにある扉を叩いて中を覗いている。


「師長様、師長様! こちらです、どうぞ!」


体中に力を入れて、みっつ数えて楽にする。

大きく息を吸い、もう一度覚悟を決めて前へと踏み出した。




「……本当に来たんですね」

「はい。……その……お加減はいかがですか」


エマに手伝ってもらい起き上がったルイスは、呆れたような顔をしていた。

それでも白っぽい顔はすぐに笑顔になった。


「……心配には及びません、大丈夫です」

「あ! どうぞ、楽に……」


ルイスが姿勢良く座ろうとしているので、リンドは慌てて手を前に出した。

小さな花束からぱさりと音がする。


背中に枕を挟んで整えてもらい、そこに凭れ掛かると、ルイスはほうと息を吐き出した。


前に突き出したままの腕を、そのまま前に出す。


「あの、これ……どうぞ」

「すみません、気を遣っていただいて」


花束を受け取って、顔に近づけると、ふふと声を出す。


「……かわいい」


いやかわいいのは貴女ですと心の中で大声で叫んでいると、すぐそばにいたエマが実際に大きな声を出す。


「わかる!!」

「…………はい?」

「師長様に全面的に同意したんです」

「…………はい」


にっこりと笑うと、寝台のすぐ横の椅子を勧めて、エマはさっさと部屋を出て行った。


顔に熱が集まってきているのを感じながら、リンドは椅子に腰かけた。




ぐるぐると考え、迷っていたのが馬鹿らしい。

会って、顔を見て、話ができれば、それだけで充分だと思っていたのも、それも思い違いだと気が付いた。


首から下げた布で腕を固定している姿を見て、胸が痛むし、何もできなかった自分に腹が立って仕様がない。


不測の事態でどうしようもない、もうすでに起こってしまった出来事だと、分かっていても、それでも臓腑が焼け切れそうだった。


「……驚きました」

「……私も驚きました」


くくと笑っているのに、リンドは苦笑いで応える。


「利き腕は守られたんですね」

「……姫様が後ろにいるのに、そんなヘマはできません」


固定されているのは左腕。襟の内側には痛々しく包帯が見えていた。


「あの人数の中、ひとりでよく持ち堪えられた」

「……姫様が後ろにおられる限り、私が先に死ぬわけにはいきません」

「貴女はすごい」

「師長も同じことをされるのでは?」

「……そうですね」


目線を下ろすと、膝の上に乗った籠が目に入る。そうだと顔を上げた。


「アウレリア姫の衣装の、あれはほとんど貴女の血でしょう?」

「……そうですね」

「これを」

「果物ですか? 初めて見ます」

「食べて下さい、栄養もあるし、たくさん血を作ると言われています」

「ああ……では、後で頂きます」

「いや、もう、すぐにでも」


懐に入れていた小刀を取り出して、籠から実をひとつ取り出すと、そこに刃をあてた。

瑞々しくて甘い香りが漂ってその場に満ちる。


手の中で小さく切り分けて、ひとつをルイスの口のすぐ手前に持っていく。


半ば押し付け気味にすると、ルイスは躊躇いながらも口を開いた。


そのまま押し込んで、指先がルイスの唇に触れる。


ぎゅうと締め付けられた胸の中で、心臓が大忙しで働きだす。


「……ぅ……苦ぃ……なに……なんで?」

「見た目も香りも良いんですが、不味いでしょう?」

「ぅえ……にがすっぱぃ……」

「熟れたら普通に美味しいんですけどね。でも熟れる前でないと、効果がないので……さぁ、もうひと口」

「ぅ……いい……いらない……」

「駄目です……ほら、口を開けて。半分は食べないと」

「ゃだ……」


小さな子どものようにいやいやをしているルイスに、くらくらきて気が失せそうになる。

ルイスがぎゅうと目を閉じているのをいいことに、気持ちを整えようと、静かに大きく深呼吸した。


ずっと頭でも心でも叫んでいる大声に、分かる!と言っているエマの声が聞こえる。


「どうぞ、はい……」

「んん……」


無理に口に押し込んで、なんとか半分を食べさせ終える。

口の周りの果汁を、リンドは指や手で拭った。


やり終えた後に自分で引く。

よくぞここまで馴れ馴れしく出来るなと、自分に呆れる。


しゅんと力なくうな垂れて、きた時より元気が無くなっているルイスがもう堪らなくて、身悶えそうだ。


するりと頬を撫でて、そのままふわふわしていた髪を耳にかけてやる。


どうでも触れたくて、我慢が難しい。


こんなことができてしまえる自分が空恐ろしくなった。


「……残りも後から食べて下さいね」

「……ぅぅぅ……」

「姫様のために早く良くならないと」

「……ぅぅ」

「大事にして下さい、ルイス」

「……ぅ……はい」


ゆっくり休んでと伝え、ルイスの頬に唇を落として、逃げるように部屋を出た。


身体中が熱くてどうしようもないから、そこら中真っ赤になっている自信がある。





ルイスの部屋から姫様の部屋に移って、それでも我慢できずにしゃがみ込んでしまう。

顔を両手で覆って、肺が空っぽになるまで熱い息を吐き出した。


さっきのルイスと同じように唸っていると、確実ににやにやしていると分かる声が聞こえてくる。


「……あら、早いですね。泊まっていってもいいんですよ? 内緒にしてあげます」

「……やめて下さい」

「割と本気なんだけど」

「…………恥ずかしいところをお見せしまして」

「ええ、おかげでぐっすり眠れそう」

「人が悪いですね」

「ひどいわ。臣下思いなだけなのに」


口を尖らせてぷくりと頬を膨らませている姫君を見上げて、力が抜けていた足腰をどうにか立たせる。


軽く腰を折って頭を下げた。


「……少し安心できました。ありがとうございます」

「……良かった。また来て下さる?」

「……はい……と言いたいですが、ここの警備を強化させて頂きます」

「そうなの? 師長以外にも困る人がたくさん出てしまうわ」

「見て見ぬ振りはできません」

「真面目なのね」

「……褒め言葉と受け取っておきます」

「謹慎中じゃなかった?」

「耳が早いですね」

「もう城中の人が知ってるわよ」

「……失礼いたします」

「お休みなさい、フォルストリア師長」

「アウレリア姫もお疲れでしょう。ゆっくりと休まれますように」

「ありがとう」




来た通路を戻り、こそりと後宮を抜け出した。


いつのまにか月は昇り、雪の上に白く光る道を作っていた。


さくさくと足音を立てて、来るときよりも大回りで帰る。


空気はきんと冷えているが、全身から出る汗を感じている。

その熱をどうにか冷ましたかった。


何も考えまいと気を逸らそうとしても、いつの間にかそれを忘れている。


思い出すのは細部のことばかり。


そのどれも、全てがきれいだと感じた。

ひとつひとつの仕草も、元気がない小さな声も、どうしようもなく堪らない。


胸にいっぱいに詰まった想いは、体全部に満ちて、弾けて飛び出そうな気がする。


「……………………はぁ」


小さな息をひとつ吐いたくらいでどうしようもないが、こぼれ出るのだから仕様がない。


「……………………すき」


こんなところで言ったってどうしようもないが、これも勝手にこぼれ出る。


もっと遠回りしようと、足の向きを変えた。




また少し膨らんだ軌道を描いて、真っさらな雪の上に穴ぼこを作っていく。









謹慎を言い渡されていたリンドに、知らせが届く。


それは、次の朝 早くのことだった。








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