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さがしきあらまし





しゃりんと高い鈴のような音がする。


ルイスの左腰にはふた振り、縦に並んで鞘がぶら下がっている。


この国の剣士で双剣使いは、左右の腰に一振りずつ剣を下げている。右手で左のもの、左手で右の剣を順手で持つ。

大剣をふた振り背に負う者もいる。その場合も腕を交差させて順手に握る。


ルイスは片側にふた振り。

右手を順手に、左は逆手に柄を握っていた。

左右で長さも違う。

左手の剣が短いのは、抜きやすさも考えてのことだろうと師長は推測する。


「……すみません、練習用は持ってなくて」

「ええ、構いません」

「……手合わせ、ですよね」

「もちろん。勝負する気はない」


相対している近衛師団長は、この国で一番多い形の長剣、稽古用に刃を潰してあるものをひと振り両手で握っていた。


この若年にして姫の護衛を任されている。

女性と侮ることも、剣の見た目も、軽くみるのは失礼にあたる。


慢心は怪我の元、最終的には王の御身の大事に繋がる。


重々 肝に叩き込まれているから、初めてのこの手合わせは確かな姿勢で臨むべきだと、師長は精神の糸をぴんと張った。




ルイスは午前中、晴れの日には決まって中庭で剣を振るう。


もちろん鍛錬の為ではあるが、わざわざ周囲の目が届きやすい場所を選んだのは、姫様だった。


強く、勤勉な護衛を持っていることを周知させるため。

舐めてかかられないための布石も兼ねている。




日課をこなしているルイスの元へ、師長は次の日には肩に剣を担いで現れた。

人の良さそうな笑顔で軽く交わした、約束にもならないような立ち話を実現しに中庭を訪れての、今のこの状況だった。


「では、ルイス殿。お願いする」

「はい……あの、それはいいんですが」

「なんでしょうか」

「殿とか、やめていただけませんか」

「はい?」

「師長に殿とか呼ばれるほど、上等でもないので」

「え……と、ではなんとお呼びすれば」

「普通に、名前で。あとその話し方もなんとかなりませんか?」

「ルイス……様」

「いえですから、様もおかしいです。平民上がりですって言いましたよね、私」

「いや、その、身分云々よりも、貴女に対して礼を欠きたくはない……というか……」


ふわふわと地に足の付かないような言い訳をしているのに気が付いて、いい年こいた男が、と照れくさい。


旧知の仲であるとか、ましてや恋人でもないのに。

敬称も無しに名前だけで呼ぶ?


名を呼んでいる自分を想像して、それ以上は色々と恥ずかし過ぎるのでもう考えないことにした。


ふと息を短く吐いて、口の端を持ち上げたルイスの顔に、師長は胸を鷲掴みにされた。

細まった目の、伏せられたその睫毛に灯るような、午前の白い光に見惚れて呆けてしまう。


「じゃあもう、好きなようにどうぞ」

「…………はい」

「でも、殿も様も無しでお願いします」


返事をする前には、ルイスはいつも見せるきりとした表情に戻っていたので、フォルストリア師長は、すぐに気を取り直して、改めて剣を握った。





軽い打ち合いから始まった手合わせは、慣れてくると、どんどんと手数が増していく。


身幅は半分に満たない。指二本分ほどのルイスの剣は、見た目通り軽くて速い。


師長の重い剣を、右腕では、弾くでもなく受けるでもなく、軌道を逸らして流している。


受けるのは専ら左腕。短めの剣身を生かし、腕に貼り付けるように、沿わせて受けていた。


力の足りない分をしっかり補い、その上で身軽さを利用してするりと懐に入る。


引くにもかなり俊敏な動きを見せていた。




「まだまだ知らないことはあるな、勉強になりました」

「そうですか?」


始めた打ち合いは、どちらとも本気を見せないまま、昼を知らせる鐘の音を合図に終了した。


まだ春は早いが、ふたりとも首元に汗が伝い、額には大粒の球を貼り付けている。


「私とやり合うより、諜者か間者の方とされたらどうですか」

「……ああ、そちらの流れですか」

「はい、私に仕込んだのは暗器とか、そっち専門の人だったので」

「なるほど、身軽な訳だ」

「力が無いので」

「……やはり他流派とも稽古をしないといけないな。動きの予測が難しかった。またお願いしても?」

「……ああ……えっと……遠慮します」

「何か気に障りましたか」

「いいえ。手の内を晒したくないので」

「確かにそれは貴女に不利益だな」

「ご理解いただけて助かります」

「では今度は、師団の稽古場にお越しください」

「はあ……」

「こちらの手の内を晒しましょう」

「ああ……そうですね、いつか」

「是非どうぞ……ではこれで失礼する」

「はい、失礼します」

「そういえば、今日の午後は?」

「ああ、そうです。姫様の日ですね」

「では後ほど」

「はい、また後で」





上手くやる者なら、ひと月に三、四回。

最低でも一度は王との時間を持てる。


夜なのか昼なのかは選べないが、こちらの意向を伝えておけば、希望が通る率は高い。


姫様は他の側室とは違い、最低限の月に一度、昼間に会って王とのひと時を過ごす。


それも王の執務室で、側近たちが居る中、楽しく会話をしながらお茶を飲むのがお定まりだった。


積極的に気を引いて、王から寵愛を得ようなどと、今はその気もない。

夜の相手をせよと話があれば別だが、それも無いので、ただ義務を果たしている状態だった。


執務室にはもうすでに用意がされ、茶葉を蒸しているいい香りがしている。


気候も良いので大きな窓は開いており、陽の当たる場所で小さな卓を囲んでいた。


同じ部屋にはいても、会話の届かない場所。

出入りの扉がある一番離れた壁際に、ルイスとフォルストリア師長は並んで立っている。



姫様の後を追って執務室に入ると、もうすでに壁際にいた師長に、先ほどはどうもといった風に目線を合わされた。

にこりと笑って頷いた師長に、同じように返した後は、ふたりとも真っ直ぐ我が主人たちを見ている。



時折ふわりと風にカーテンが揺れ、時折楽しげに笑い合う主人たちの声が聞こえてくる以外は、ゆっくりと時間が過ぎているだけだった。


「リンドこっちに来て一緒にどうだ」

「いえ、結構です」


王が気安く師長の名を呼び、会話に加われと声がかかる。


主人が機嫌よく名を呼んだ時は、大概が師長をおちょくりたい時だと分かっているので、迷うこともなく即答した。


「ルイ、こっちに来て」

「はい」


背もたれの陰から、ちらりとこちらを向き、おいでと小さく手招いている主人に向かい、ルイスは歩み寄っていく。


「ルイは一緒にお茶を飲んでくれるでしょう?」

「ええ。ご一緒させていただいてもよろしいですか?」


にやにやと笑っている王陛下に、軽く腰を折ると、すぐに向かいの椅子をすすめられた。


「お前は付き合いがいいな。座れ座れ」

「お言葉に甘えさせていただきます」


ルイスが席に着くのを見るが早いか、王は師長を振り返り、ふふんと鼻を鳴らして、得意げに笑った。


主人を睨み返し、眉間にこれでもかとしわを寄せる。かろうじて舌打ちは心の中だけに留めることができた。




先ほどよりも話が盛り上がり、笑い声も大きく聞こえる時がある。


なにより壁際に並んで立っている時とは違い、離れはしたが、師長の位置からはルイスのことがよく見えた。


『見すぎです』

『わっかりやすーい』


頭の中で部下の声が聞こえてくるたび、師長は時々目線をそらせる。





日々は平穏に過ぎていった。


後宮内での攻防も、生国にいる時のことを思えば、なんとも微笑ましい、子どものイタズラ程度のことしか起こらない。


輿入れをしてから半年が過ぎようかという頃には、王からの希望で会う回数が増えてきた。


未だ夜の渡りはないものの、時間は限られず、執務室ではなくなり、人も極力減らされた、小さな部屋へと場所は変わった。


卓を挟んで向かい合う王と姫様の距離も、以前より近くになる。




笑い合って話をしている様を、もう一方は相変わらず壁際に立って見ていた。


それでもいつもと違うルイスの様子に、どうかしたのかと師長は声をかけようとそちらを向く。


それまで陽だまりにいるように目を細めて主人を見ていたのに、ちらと周囲に目をやって、何も言わずに主人に向かって歩き出す。


口に運ばれる器に手をやって止め、ルイスはにこりと主人に笑ってみせた。


「姫様? 私がいただいてもよろしいですか?」


かちゃり、と食器の音がしたのは壁際。

ひとりの侍女が、失礼しましたと小さな声を出した。


「あら、ルイ。喉が渇いたの?」


上目遣いで可愛らしく見上げている姫様に、いっそうにこりと笑って、器を受け取り、ルイスはその中味を口に入れる。

含んですぐに器に戻す。


「美味しい?」

「刺激が強いですね」

「あら。お腹痛い系じゃないの?」

「……お腹焼ける系です」

「リンド!」


王が声を上げた時には、フォルストリア師長は給仕していた侍女の背後に立っていた。


後ろ手に腕を捻り上げると、侍女を連れてそのまま外に出て行く。


閉じた扉の向こうからは、何事かを喚いている女の声が聞こえて、それはすぐに遠ざかる。


声のする方に目をやって、姫様はルイスを見上げた。


「陛下のもよ、ルイス」

「……そうですね。よろしいですか?」

「いや、調べさせれば解ることだ」

「時間がかかってしまうわ……私すぐに知りたいもの」


ルイスは卓の上から陛下の器を取り上げて、先程と同じように口に含んで戻した。


「……こちらには入っていませんね」

「ではこれは私の問題ですね。陛下に害意があるのではなくて良かった」

「いや待て、話を簡単にしようとするな……。この件は私の方に任せてもらえるか」

「……お任せしてよろしいの?」

「大人しくしててくれ」

「はぁい」

「……しかし。よく気が付いたな。なぜ分かった」

「器が変えられてから、お茶の香りが変わったので」

「……そうか?」

「ねぇ、陛下。あの方はいつからお側にいるの? 長いんでしょう?」

「……任せておけと言わなかったか?」

「それくらい教えてくれてもいいじゃない、ケチんぼさんね」

「…………それなりに長い。……申し訳なかった」

「謝っていただく必要はありません。何も起こってないもの」

「いや、未然に防げて良かった。礼を言う」

「じゃあ、またひとつ貸し。で、いいかしら?」

「ああ、高い借りを作ったな」





部屋を辞して、王城から後宮に戻る長い回廊を歩いていると、速い足音がこちらに向かって近付いてくる。


「アウレリア姫、お待ちを!」

「フォルストリア師長。どうされましたか、そんなに急いで」

「申し訳ありません、お引き止めして」

「構いません。 何かご用?」


師長は姫様の手前 数歩分の位置まで追いつくと、びしりと足を揃え、大きくひと息で姿勢を正した。


「あ……と。ですね」

「ああ、ご用は私にじゃないのね?」

「え、いや、その……」


もぞっと足を踏みかえた師長に、姫様は鷹揚に笑う。


「ルイを心配してくれたのね、ありがとう」

「…………その…………大丈夫ですか?」

「私ならご心配には及びません」

「……本当に?」

「ちょっと口の中が焼け爛れただけよねぇ?」

「は?! そっ! す、すぐに治療を! 良ければ私が!! あぁ、ではなくて、医師の、元へ」


戦いに近い場所に身を置いている者ならば、治癒魔法は必須だが、確実さや速さを取ると、もちろん医師に任せた方が良い。


慌ててとっ散らかってしまったのを何とか持ち直そうとしたが、とっ散らかってしまった部分しか伝わらなかった。


「いいのいいの、私がするわ。治癒系の魔力は高いから任せて?」

「……そう、ですか? でも、医師に……」

「ご心配いただいてありがとう。じゃあ……後から使いを出すから、お薬だけ手配して下さる?」

「もちろんです!」

「良かったわね、ルイ。師長は優しい方ね?」

「……そうですね」


ごきげんよう、と姫君とその護衛は、男性がおいそれと簡単には踏み込めない場所に帰っていく。


ふたつの小さな背中を見送りながら、今まで見誤っていたという事実に、冷たいものが足下から這い上がってくるのを感じた。





ただの可愛らしい姫君ではない。


その美しいだけの護衛でもない。




彼のふたりが辿ってきた道筋を思って、苦い顔を作る。







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