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第7話「卑劣な罠」

 翌日、一条は部活動に出席していた。コンクール投稿用の原稿に最後の手直しを加えた後、文芸部の部長に提出する予定だ。

「…………」

 一条は黙って右手のシャーペンを走らせる。今回の作品『右足の軌跡』は一条にとっても自信作であり、確かな手応えがあった。こういう時は執筆も捗り、滑らかに右手が動くものだ。

 一条はコンクールを純粋に楽しみに思い、自然と口元には笑みが零れた。

「チッ、一条の奴。気に食わねえ野郎だ」

 ……一条には聞こえない、図書室の隅の席。

「バカ。そんな事言っても仕方ねえだろ」

 彼らは一条の一つ年上で、一年生の頃から受賞歴のある一条の事を良く思ってはいなかった。特に、木和(きわ)は一条に対して明らかな不快感を抱いている。

「フン、サラブレッドは気楽でいーね。生まれ持っての才能が違う」

「やめろよ。少なくとも一条は努力もしてる」

 塚本は小声で木和をなだめる。

「知らねーよ。俺だって努力はしてるさ! 毎日毎日こうして部活に出て、休日も返上してるってのに!」

 木和は、小声ながら口調を荒げた。

「やめろ。それは俺だって同じだ」

 塚本は少し寂しそうな目をして、自分の原稿に向かう。

「…………塚本お前、悔しくないのかよ」

「悔しいけど……そういうもんだろ。この世界って」

「……クソッ!」

 木和は静かに床を踏みつけた。

(なんとか……なんとか、一条の奴に痛い目見せてやりてえ……)

 木和は、一条の方へと視線を向ける。一条は相変わらず淡々と執筆を続けていて、その姿がまた木和の目には不愉快に写る。

(………………)

 しかしそんな事を知る由も無く、一条の右手のシャープペンシルは淡々と原稿用紙に文字を埋めてゆく。

(!!)

 その時唐突に、木和の目が閃きに光る。

「塚本! ちょっと耳貸せ!!」

 木和は塚本の襟元を掴み、顔を口元へと強引に引き寄せた。

「なっ、なんだよ!」

 木和は呟く様に、何かを塚本の耳へと囁く。

「――――」

 少しして、塚本の顔が青褪めた。

「お、お前、正気かよ!!」

「ああ……。もう、あいつに痛い目見せるにはこれしか無えよ。お前もそれは充分承知してるだろ!」

「そ、それはそうだけど……いくらなんでも」

「うるせえ。チャンスは今しか無い。やるぞ」

 木和は塚本を突き放した。

「ま、マジかよ……」



 ***



 少しして、塚本は執筆中の一条に声を掛けた。

「よ」

「あ、塚本先輩。どうしたんですか?」

 一条は右手を止める。

「あー……あ、いや、なんか先生がお前の事呼んでたぞ」

「先生が? どなたですか?」

「いや、俺も名前は知らねえけどよ、とにかく体育館でお前を探してたから」

「……? 分かりました。ありがとうございます」

 そう言うと一条は立ち上がり、シャーペンを置き図書室を出て行った。

 ――塚本の喉が、ゴクリと鳴る。

「こ、これで良いのかよ木和!」

 塚本は急いで木和の元へと戻り、小声で話し掛ける。

「ああ……完璧さ。これで俺達は一条に勝てる……!」

 そう言って、木和は不敵な笑みを零した。



 ――数分後、一条は図書室へと戻ってきた。

(おかしいな……。もう諦めて移動しちゃったのかな)

 体育館には一条の事を探している先生などおらず、一条は少しウロウロしただけで図書室へと戻ってきていた。

(まあ良いや。もう少しだ、早く原稿を完成させよう)

 そう思い自分の席へと戻った一条は、机を見て顔を青褪めた。

(あ、あれ……?)

 椅子を引き、筆箱を持ち上げ、何かを探す様にキョロキョロと辺りを見回す。

「どうしたの? 一条」

 傍にいた三年女子が声を掛ける。一条は呆然とし、返す声も無くその場に立ち尽くした。

(無い……!! 僕の原稿が、無い!)

 目の前の机には、白紙の原稿用紙と筆箱だけが寂しそうに置かれていた。

(……そんな。一体…………!)

 一条は机の下を覗き込んだり床に目を向けたり、失くなった原稿用紙を探し回る。

「ちょっと、どうしたのよ一条……。何か失くしたの?」

 ――その時、木和が部長へと原稿用紙を差し出した。

「出来たぜ。最高傑作が」

 木和は不敵に笑みを浮かべ、部長はそれを受け取る。

(!! 木和さん…………!)

 一条は思わず二人の元へと駆け寄り、その原稿用紙を覗き込んだ。


 光陽中学校 木和 宏数『右足の軌跡』


(そんな!! これは、僕の……!!)

 それは、間違いなく一条の作品だった。一条は思わず木和の顔を見上げる。

「ん、どうした。俺の作品がどうかしたか? そうだ、是非一条も読んでみてくれよ。今回のは自信作だぜ」

 木和はそう言って不敵に笑みを浮かべ、一条の顔を見下した。

(き、木和さん…………!!)

 一条の表情に、衝撃と絶望が走る。

(見たか、一条!! これが俺らがお前に勝つ唯一の方法だ!)

 木和は勝利の愉悦を、その表情に漏らした。

(お前はどうする事も出来ずに、ただ指をくわえて見てるしか無いのさ! この俺の作品がコンクールで入選する様をな!)

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