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第6話「正面衝突」

 この日は、雨が降っていた。

 僕は、学生服で頭を覆いながら少し駆け足で校門を出る。

(…………!)

 悔しい。一条に勝ちたいのに、一条よりも良い作品を書いてやりたいのに、いくら書いても一条には及ばない。それが、喩え様も無く悔しい。

 横断歩道の信号が、赤く光る。僕は仕方なく足を止め、信号の傍の大きな木の下で雨を防いだ。

「――春原くん?」

 唐突に、背中から僕を呼ぶ声。振り返るとそこには栗山さんが立っていた。

「……、栗山さん…………」

 どんな顔をすれば良いのか分からない。僕は思わず目を逸らした。

「今日、文芸部はお休み?」

 そんな僕に気を遣う様に、栗山さんは笑顔を作る。

「あ、いや……、コンクールも近いし、今日は自分の家で書こうかなって……。今年は結構順調で、後はもう仕上げだけですし」

 栗山さんが一条の方に行ってしまいそうで怖いだなんて、言えるはずもなく。目も合わせぬまま、口を震わせ僕はそう答えた。

「……ふーん」

 栗山さんは、少し怪しいものを見る様な目で僕の顔を見ている。居ても立ってもいられなくなり、信号が青く変わるのと同時に僕は道路に飛び出した。

(すいません。今は、何も言えません……。でも必ず、一条に勝って堂々と栗山さんのパートナーになります……!)

 保証も出来ない約束を、心の中で勝手に交わす。重い足が水溜りを踏みしめた。

「――春原くん?」

 弱々しく、僕を呼ぶ声。僕は足を止める。

「……なんですか?」

 後ろを振り返りはしなかった。

「…………、私は……文芸部の事は良く分からないし、漫画の原作って作業がどれ程大変な事かも全然分かってないけど……」

 雨の音にかき消されながら、栗山さんの声は細々と僕の耳へと届いてくる。

「……言ったよね? 私も、ずっと漫画を描きたかった。でも、私には話を作る才能は無かったから……。だから、春原くんに声を掛けてもらった時は本当に嬉しかった」

 あの日の出来事が、頭の中で蘇る。


「――私、ずっと待ってるよ。春原くんの事。春原くんが納得いくまで、ずっと待ってる。だから……、春原くんは、焦らず自分のペースで書いていて?」


「――――」

 涙が零れそうで、僕は唇を強く噛み締めた。

「……ごめんなさい」

 僕は振り返り、栗山さんに向かって頭を下げる。

「――正直今はまだ、僕には栗山さんの絵に相応しい程の話は書けません……」

 雨が、後頭部を叩く。

「でも――いつか必ず、絶対栗山さんに追いついてみせます。栗山さんに作画を担当してもらうに相応しい原作家に、絶対なってみせます。――だからそれまで、待っててくれますか……?」

 恐る恐る頭を上げると、栗山さんは満面の笑みを浮かべていた。

「もちろん!」

 ――雨が、晴れ上がった気がした。



 僕は、全速力で家の扉を開いた。

「ちょっと……墨也、どうしたの?」

「なんでもない!」

 自分の部屋の机に向かい、原稿用紙を取り出す。

(……僕に出来る事は、僕に書ける限りの作品を書く事なんだ。それが、僕に出来る唯一の作業……!)

 僕はペン立ての中のシャーペンを握り、それを原稿用紙に向けた。

(一条……。僕がお前に勝てるかどうかは分からないけど、僕は持てる限りの力で作品を書く! だから……その作品で、勝負だ、一条……!)

 その日、僕は夜が更けるまで書き続けた。



 ***



 その時、一条は自宅にいた。

「お父さん。原稿が出来たよ」

「……見せてみなさい」

 一条は父に原稿を手渡す。

(春原……、結局あれから図書館に来なかったな……)

 父が一条の原稿を読んでいる間、一条は色々な考えに耽っていた。一条はあれからも一人図書館へと通い続け、コンクールに応募する作品をほぼ完成させていた。


 ――『右足の軌跡』。

 甲子園出場を決めた高校のエースは、大会直前に交通事故に遭い右足の骨を折る。高校生活三年目初の甲子園を直前にしての不運に、彼はかつてない程の絶望を覚える。

 見舞いに訪れる人々との面会も断り、枕を濡らす涙も枯れきった。しかし絶望の淵で眺めたテレビの中で、チームメイト達は甲子園大会を勝ち進んでゆく。

 チームメイト達が一勝を上げる度に心境の変化を迎える彼は、その負傷した右足で色々な所を訪れる。部室のロッカールームには、彼に片想いしていたマネージャーが一人で折り続けた千羽鶴。川に投げ捨てたはずのグローブが、チームメイト達に拾われ保管されている監督室。

 甲子園大会決勝戦をその地で迎える事になる彼が、そこに辿り着く迄に辿った道筋が鮮明に描写されている作品。


「新歩」

 原稿を読み終えた父が原稿を纏める。

「ラストの文は、折角なんだから雲の動きで感情を表現しなさい。そこを変えるだけで作品全体の印象が大きく変わる」

「はい」

 一条は真剣は目つきで話に聞き入る。

「それと序盤、主人公の怪我の程度をもっと鮮明に描写しなさい。今のままでは少し分かりにくい」

「はい」

 父は一枚一枚、原稿用紙を捲りながら的を射た指摘を続ける。それは一条にとって何より為になるものであり、一条はそれを自分のものとして取り込む事で己の作品を更なるものへと昇華させていた。

(春原……。君が僕に挑むと言うのなら、僕は正面から受けて立つ! 逃げも隠れもしない、正々堂々と君に勝つ!)

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