第3話「構成力とストーリー」
翌日――。俺は杉長さんから昨日の事の顛末を聞き、正しい評価をしてもらった。
ウチの文芸部では、完成した作品は部長らを中心に色々な観点から五段階評価を付けられる。顧問の先生は殆ど部に顔を出さないので、その役割は専ら杉長さん、持岡さん、岸和さんらが請け負っている。
今回の僕の作品“週間交際”には、ストーリー、独創性、文章力など高評価の“4”がついた。
(やった!)
僕は、評価の紙を見ながら鼻高々に笑った。この評価方式は五段階評価と銘打ってはいるが、“5”がつくというのは“それ以上無い”という事で、それは杉長さんの指導方針に反するらしく、僕らが実際に目にするのはほとんどが“4”までだ。つまり、今回のこの僕の評価はかなり高い位置にいるという事になる。
僕は新たな原稿用紙に向かい、気分良くシャープペンシルを動かした。
「そう言えば春原、お前コンクールに出展するよな? あとお前だけなんだが」
杉長さんが右手のパンフレットをパタパタと叩きながら言った。
(ああ、もうそんな時期か)
“全国中学校文芸コンクール”。小説家を志す者ならば誰もがその大賞を夢に見る、中学生文芸の一大コンクールだ。僕らの部活でも、皆このコンクールを目標に日々切磋琢磨している。
(微妙なんだよなー……。僕は文芸部員って言っても漫画家志望だし、そんなガチガチに文芸向きの作品書いてもなあ)
漫画の原作用に書いた作品と文芸コンクールに出展する様な作品とでは、趣が大きく変わってくる。僕は少し迷った。
「……まあ、まだ時間はあるしゆっくり考えとけ。なんならコレを清書して投稿しても良いしな」
「はい」
杉長さんは、“週間交際”の原稿をヒラヒラとなびかせてそう言った。
第3話「構成力とストーリー」
――栗山さんに作画を担当してもらうとあっては、時間はいくらあっても足りない。その週の土曜日、僕は図書館にやってきた。
高い天井まで吹き抜けた広々とした空間、雑音の無い静かな空気。作品を書くには最適だ。僕は数冊の小説と原稿用紙を持ち、空いている椅子に座った。
――高く積み上げられた本、何十枚という原稿用紙。斜め前の椅子に座った男は、僕と同じ様に原稿用紙に向かっていた。
「――――――」
思わず眺めてしまっていると、男はこちらに気付き目が合った。
「あっ……き、君も、小説書いてるの?」
僕は自分の原稿用紙を指差して言った。
「うん。キミも?」
その男は明るく微笑んだ。整った顔立ち、真っ直ぐな髪の毛。鋭い瞳も、笑った時には優しさを帯びる。
「うん。――って、あれ? それ漫画?」
僕は、目の前に積みあがった本を指差した。
「ああ、そうだよ。僕、将来は漫画家を目指してるんだ」
「えっ、ほんと!?」
思わず声が大きくなる。男は驚いた様に目を丸くした。
「う……、うん」
「僕もだよ! 僕も、漫画家を目指してるんだ」
「えっ!?」
男も自然と声が大きくなった。
「うわーっ、奇遇だなあ! じゃあ、キミもコンクールに向けて?」
「あっ……いや、多分僕はコンクールには出さないんだけど」
「そうなの? なんで?」
「なんでって……やっぱり、漫画って“ストーリー”と“絵”じゃん。小説を書く練習の場として文芸部には入ってるけど、文芸作品にはあまり興味無いんだよなあ。漫画家目指すにはあんま必要無いし」
それを聞いて、彼は笑った。
「そんな事ないよ? ちょっと、これ見てみて」
積み上がった漫画の一番下から一冊を取り出す。
「何コレ。『赤い白井さん』?」
「うん。砂木って人の作品で、結構人気あるんだけど」
「ふーん……」
僕はパラパラとページを捲った。
「コミックスの売上げも良いし、連載してる雑誌では人気もかなり上の方にある。……だけどその漫画、他と比べてストーリーが抜きん出てるとは思えないんだ」
「え?」
「ちょっと読んでみてもらうと分かるんだけど、別に主人公が個性的な訳でもなく、派手なストーリー展開がある訳でもない。言い方は悪いけど、多分相当地味な話だよ」
「えっ……でも、人気あるんだよね」
「そう……。話も画力も平坦だけど、その作者、話の構成と展開力がズバ抜けてるんだ。多分、ボクがこれまでに読んだ漫画の中じゃダントツ。結論だけ聞けば何て事無い様な話も、その作者の手に掛かれば魔法の様に面白くなってしまう。だからこうやって、ボクも必死で参考にしようとしてるんだけど」
積み上がった漫画に目をやって、気恥ずかしそうに笑った。どうやら、これが全部『赤い白井さん』らしい。
「つまり……、“普通の話”も展開力と構成力次第で“面白い話”になるんだ。ならもしも自分がしっかりとした展開力と構成力を持ってれば、“面白い話”は“物凄く面白い話”になる…………。そう思わない?」
僕の目から、鱗が落ちた。
「うおーっ!! それ、それスゴイよ!! 君の言う通りだ! うわーっ、構成バンザーイ!!」
僕は両手を上げて騒いだ。
「うるせーぞバカヤロー!!」
少し離れた所に座っている男の人に怒鳴られた。僕達は声量を極端に下げ、顔を寄せ合った。
「僕……文芸コンクールに出る! それで、ゼッタイ大賞をとる!」
「ハハッ、ほんと? ボクも負けてられないな」
その男は爽やかに笑った。
「僕は春原墨也。君は?」
「一条新歩。よろしく」
「よろしく!」
そしてその日、僕と一条は日が暮れるまで作品を書き続けた。