第4話 ため息と決心
7/12セリフ関係を大幅に変更しました。
倒木に座っていた二人の前に颯爽と現れる黒い影!
……そう、例の化け物が目の前に現れた。
「で、でたぁあああ!!」
腰をぬかすユート。
女の子の前で腰をぬかすとか、カッコ悪いにもほどがあるが、昨日まではイジメで学校をボイコットしていた引きこもり少年だ。
仕方ないのである。
しかし、ユーリのほうはというと
「これが”デーモン”ってやつだね…!」
化け物をしっかりと見据え、腰を低くして臨戦態勢をとっていた。
「…え?ユーリ…って、この化け物のこと知ってるの?」
「うん。マクスヒルテ様がこの辺りはこのデーモンっていう魔物がよく出るって言ってたんだよ」
さすが神様である。
なんでも知っているようだ。
……まぁ、こんな幼気な少女を一人で送り込むのに事前調査もしないワケがないか。
「ユート、ちょっとそこで待っててね。すぐに終わらせて来るから!」
「…え、いやちょっと!?」
ユートの驚愕の声をよそに、ユーリは化け物ーーデーモンの前に躍り出る。
「ヴゥウ!」
威嚇するデーモン。
ユーリは腰に付けていた(差していたというよりこっちの方が表現として正しいと思う)青白い柄から5cm程度の刀身が出ている剣のようなものを両手に持つ。
剣先は丸みを帯びていた。
…いや、あれは剣ではないだろう。
柄が剣っぽいだけで、ただの金属の棒だ。
さすがのユートも唖然とする。
いやだってあんなの斬るというより殴るが正しいし、ペティナイフの方が幾分か戦いやすいかもしれない。
もし腰がぬけていなければ彼女を引っ張って逃げようとしたかもしれないが、立つことすら出来ないユートには、見守ることしか出来ない。
ハラハラしながら見ているとユーリは手を交差させた。
すると剣の溝に青い線がはしり、青白く光りだす。
5cm程度しかなかった刀身がみるみるうちに伸びていき、普通の剣の長さになった。
刀身も剣先も、薄く鋭利になっている。
よく斬れそうだ。
「なっ…!?どうなってんのその剣!?」
ユートは驚嘆の声をあげる。
それとほぼ同じタイミングで
「うわぁ、すごい!こうなってるんだ!」
感嘆の声をあげるユーリ。
…知らなかったんかい!と思わずツッコみたくなった。
どうやらユーリはあの二本の剣を使うのは初めてのようだ。
記憶喪失で、マクスヒルテとかいう神様に拾われたって話だったはずなので、おそらくあの剣は神様が彼女に与えたものなんだろう。
使い方は教えたが、どういう剣なのかは教えてなかったのか……。
それでいいのか神様…。
少々手間取ってしまったが、その間デーモンさんは空気を読んで待っていてくれたようです。
……いや、実際には単にワケの分からないことをしているから、様子を見ていただけなのかもしれないが。
ユーリは右をお腹の前に、左を少し身体から離してもち、刀身を相手に平行になるように向けた変わった構えをとる。
双剣版刺突の構えといったところか。
「ヴァアア!!」
デーモンが右ヅメで攻撃してくる。
ユーリはそれを左の剣で受け止めながら右の剣で腹を刺突。
「ヴァアアアアア!?」
腹に刺さり、苦悶の声をあげ、動きが一瞬止まるデーモン。
ユーリはそのままデーモンの腹を右に斬り裂く。
大ダメージのようだ。
少しヨロヨロと後ずさりするデーモン。
が、さらに右の剣で袈裟に斬り下ろし、返す刀で両刀横切り。
「せやぁあ!」
「ヴぁあああぁああ…!」
ユーリの連続攻撃にデーモンは断末魔をあげる。
そしてそのまま後ろに倒れ、黒い霧となって消えた。
ーーー
「また助けて貰っちゃったね」
倒木にもう一度座る二人。
ユートはお礼の言葉を口にする。
はっきり言って、ユーリが居なかったらさすがに死んでいただろう。
腰がぬけてたし、逃げられたとは思えない。
しかしユーリはこともなげに呟く。
「害をなすものが出たら倒す。当たり前のことをしただけだよ。毎回お礼言ってたら疲れちゃうよ?」
なにそれカッコいい。
まぁでも、確かにお礼を言うのは今回だけにしとこう。
おそらくこのデーモンという化け物はこの辺り一帯に結構な数が生息しているようだ。
結構な頻度で遭遇することになるだろう。
ユーリにデーモンを倒してもらえれば、なんとか生きて森を抜けることが出来るかもしれない。
……。
なんだか情けなくなってきた。
男なのに、女の子に助けてもらうなんて……。
「ユーリは強いね……」
ユートは自嘲気味に呟く。
「そんなことないよ。今のは上手くいっただけだよ」
ユーリは少し困ったような表情をした。
「この世界に魔法があることは知ってるけど、使い方は分からないし……」
「魔法は使えないのか」
「だって身体を貰ってすぐにここにきたんだよ?それに前々世では魔法のない世界で暮らしてたからね」
「そうだったのか……」
人畜場から颯爽と助け、デーモンを倒してみせたユーリを、ユートはどこか無敵のヒーローのように思っていた。
しかし、実際はそうじゃない。
彼女も普通の女の子なんだ。
人一倍正義感が強く、度胸があるだけで。
普通の、女の子だ。
アステラの使っていた『ヒール』は俺もユーリも使えない。
どれだけ町まで距離があるかわからず、頻繁にデーモンが襲ってくる状態でだ。
つまり、一度のケガが致命傷になる。
足手まといの俺のせいで、ユーリが死ぬ。
そんなの……死んでもゴメンだ。
ユートは立ち上がり、ユーリの方に顔を向ける。
「ユーリ。俺を人畜場から救いだしてくれてありがとう。護衛はここまでで充分だよ」
努めて明るい表情で言った。
「急にどうしたの…?」
ユーリが困ったような、悲しそうな目をする。
でも、仕方ないことなんだ。
「君は神様のところに帰るといい。どうやって帰るのかは知らないけどね」
「いやいや、町まで連れていくって…」
「大丈夫、ここからは一人で何とかするから」
たじろぐユーリに畳み掛けるように続ける。
「町まで護衛しろって神様に言われてるらしいけど、きっと話せば分かってくれるさ」
「……」
出来れば神様には、以後はこんな無茶な仕事はさせないようにお願いしたい。
「……ユート。死ぬ気だよね」
立ち上がり、寂しそうな、しかし強い眼差しで見返してくる。
「私はユートを死なせたくない」
「俺も君を死なせたくないんだ!」
つい、本音がもれた。
でも問題ないだろう。
ユーリの目をまっすぐ見る。
「君だけなら戦いながら森を抜けることはできるはずだ。でも、俺を守りながらは無理だろ。
二人とも死ぬくらいなら、君だけでも生きていてほしい。……分かってくれよ、ユーリ」
熱くなりすぎて、いつの間にかユーリの両肩を掴んでいた。
少しの間、無言で見つめ合う。
「……出来ないよ」
ユーリが目をそらしながら、ぽつりと呟いた。
ユーリの目尻には涙が浮かんでいる。
「私は前に二人、大切な人を守れなくて死なせてしまったことがあるの。
一度目は腰が抜けちゃって、ただただ、見てるだけしか出来なかった。
二度目の時は守るために必死に戦ったけど、守りきれなかった。
私もその後に死んじゃったけど、でも……」
ユーリは再び、まっすぐユートの目を見る。
「……死ぬことよりも、死なせることの方がずっと辛かった」
その言葉はとても強い意思がこもっていた。
「私は今度こそ、守りたいんだ。
確かにユートの言うとおり、二人だと共倒れになる確率は高いと思う。
でも……可能性はゼロじゃない。
私は、その可能性を信じたいの」
……可能性を信じることも強さなのかもしれない。
ユートはそう思った。
思い返してみれば、イジメにあったり、アステラに裏切られたりとツラい目にあう度に、学校を、周りの人たちを、そして自分の人生を信じれなくなっていった。
どうせ無理、頑張っても無駄、絶対に不可能。
そんな言葉が、『もしかして』って信じる心を押し潰していった。
そうやって、弱く、弱くなっていったのかもしれない。
ゼロではない、僅かな幸せの可能性をも捨ててしまうほどに……。
バカだなぁ……俺は。
ユートはため息をついた。
生まれて初めて。
『諦めではない』ため息をついた。
「ごめん、ユーリ。俺が間違ってた。
二人じゃ助からない、なんてやってみる前から決めつけちゃダメだよな…。
ユーリに比べて、出来ることは少ないけど。
絶対に足手まといになるけど。
頑張るから。
だから改めてお願いします!
……俺と一緒にいてくださいっ!!」
ユートは全身全霊を込めて想いを伝え、手を差し出す。
直後、これ、告白っぽくね?とか思って悶絶しそうになるが必死に堪える。
「うん、ありがと。一緒に頑張ろうね」
ユーリはそんなユートの手を優しく両手で握り、微笑んだ。
その笑顔で、恥ずかしさは何処かにふっ飛んでしまった。
天使のようだと思った。
ユーリと一緒なら何でも出来るような気がした。
ーーー
引きこもりは夜に強い。
とは言うものの、夜にゲームをするのと、夜の森を歩くのでは大違いである。
なので、夜が明けるまで睡眠を取ることにした。
寝ているときに襲われたらさすがにやばいので、交代で眠る。
ユーリが見張っているときにデーモンが出た。
すかさず二本の剣を出して迎撃。見事なものである。
ユートが見張っているときにもデーモンが出た。
すかさずユーリを起こす。
ユーリは眠さと戦いながらも、デーモンを無傷で迎撃できた。
………。
ユートは申し訳なさと不甲斐なさで土に埋まりたくてしょうがなかった。
役立たずな自分が憎い。
夜が明けると二人は歩きだした。
ユーリの話によると、目標の人がいるところ(おそらく町のようなものだろう)は徒歩で半日くらいの距離にあるらしい。
……ホントにここは地獄なんじゃないだろうか、と本気で悩むユートである。
ユートのためにちょくちょく休憩をはさみつつ、デーモンを倒しながら進む。
途中で鳥が、赤いリンゴのような果実を食べているのを見つけた。
ユーリが袋を持っていたので、いっぱいになるまで収穫し、町に着くまでの食料とすることにした。
とてもお腹がすいていたので、本当に嬉しかった。
神様、仏様。本当にありがとうございます。と心の中でお礼を言った。
……マクスヒルテも神様らしいが、長旅になるであろうユーリに水と袋しか持たせないケチな神様なので、彼は除外である。
お腹いっぱいになって歩いていると、またデーモンに遭遇した。
本当にデーモンとの遭遇率がハンパない。
荷物を持ちながらだと動きが鈍るかもしれないので、水と袋はユートが持っている。
ユーリが戦闘担当。
ユートは荷物持ち担当である。
情けな……いや、もう言うまい。
さらに歩いていると、だんだん日が傾いてきた。
「結構歩いてきたね~、多分あと少しだね」
ユーリはまだまだ元気そうである。
対してユートはもうクタクタだ。
この世界に飛ばされた直後に比べたら、必要に迫られて少しは体力も増えているのかもしれないが、おそらく雀の涙程度だと思われる。
「そうだね…ホント早く着いてほしい…もう当分歩きたくない…」
「あはは、大丈夫だって!もうすぐだよ。敵もデーモンだけだし、私が不覚を取ることもないしね!」
そんなことを言いながら、眩しい笑顔を見せてくれる。
うん。素晴らしい笑顔だ。
でもフラグはやめようね?
フラグって回収されるのが世の常だからさ。
「ヴゥウ…」
そんなことを思っていたら本当に出てくるデーモンさんである。
主要人物より空気が読めてる気がするのは気のせいだろうか?
喋ることすらままならないのに。
「ユーリ!デーモンだよ!」
「分かってる!ちゃちゃっとやっつけちゃうよ!」
だからフラグになるようなことを言うなとあれほど……。
そんなツッコミはよそに、ユーリは二本の剣を構える。
コイツはユーリが初めて倒したデーモンから数えて22匹目のデーモンである。
ーー慣れ。
それは人の心の中に油断を生む。
「ヴォアアア!」
デーモンは右ヅメで横薙ぎの一撃。
それをユーリは左で受け、右でデーモンを刺突する。
しかし、デーモンは苦悶の声をあげながらも左ヅメでユーリの肩を斬り裂く。
「ヴォオオオ!!」
「ぐぁっ…!」
ユーリはそのまま剣を引き抜きながら後ろに下がり、膝をついた。
……とうとう起こってしまった。
最悪の事態が。
「ユーリッ!!」
咄嗟にユーリに駆け寄るユート。
肩をケガしているので背中を抱くように支える。
はっきりいって、ユートは人見知りである。
知りあって間もない人で、さらに女性であるユーリに対して背中を抱くようにして支えるなんて不可能だ。
しかし自然と抵抗なくできた。
それだけ彼の中で、彼女は近しい存在になりつつあるのだ。
ユーリの顔を覗きこんでみると、少しの苦悶の色は見えるものの、結構余裕がありそうだ。
どうやら傷は浅かった様子。
「ユーリ、俺が少しの間囮になるから、一度逃げよう」
真剣な表情でユーリに問いかける。
しかし、ユーリは
「大丈夫、逃げるより戦ったほうが…安全だから……」
そういって右の剣を置いて立ち上がる。
本当なら無茶するなって言って、彼女の前に立ちたい。
しかし、出来ない。
「……ッ」
ユートは唇を噛む。
懐かしい血の味がした。
「ヴァアアア!」
デーモンが左ヅメを振り上げて向かってきた。
ムリヤリ左の剣で受ける。
そして20cm程ある身長差を生かしたタックルを見舞う。
「ヴァアア!?」
デーモンは態勢を崩して後ろに倒れる。
ユーリは剣を両手で持ち、デーモンの胸に突き立てた。
「やぁああっ!」
「ヴォオオ!…ォオオオォォ…」
断末魔をあげたデーモンはくたっと力が抜け、霧散していった。
その場にユーリも崩れ落ちる。
「ユーリ!大丈夫!?」
駆け寄るユート。
ユーリは笑顔を見せるも、出血は止まっていない。
「あ、あはは…大丈夫…。何とか倒せて、ちょっと気が抜けただけ……。だけどもう少し、休憩していこ…?」
「もちろんだよ。むしろ行こうとか言い出したら全力で止めるから」
「そっか……」
引きこもり学生のユートには出血の対処法なんて分からない。
ほっといたら止まるのか?
止まることなく失血死するのか?
不安がぐるぐると渦巻いている。
皆さんも経験があるのではないだろうか。
なんとかしないと、と思えば思うほどどんどんパニックに陥って、考えすぎて、何もできなくなる。
ユートもまさに今、そんな状態であった。
しかし、ふと思い出す。
アステラに助けられた時のことを。
彼の使っていた『ヒール』を。
魔法は唱える言葉を知ってさえいれば、誰でも使えるというワケではないだろう。
魔法の適正とかいろいろ、あるはずだ。
そうでなくては、誰でも使えることになってしまう。
しかし、もしかしたら。
もしかしたら俺には魔法の適正があるのかもしれない。
唱えれば、『ヒール』が使えるのかもしれない。
なんの根拠もなかった。
しかしユートは、なにも出来ず、ただ見ているだけの現状が、たまらなくイヤだったのだ。
「頼む…何か出てくれよ…何か……!…『ヒール』ッ!」
ユーリの肩のキズに右の手のひらを向けて、必死に祈るようにそう唱えた。
「「…!?」」
すると、奇跡が起こった。
ユートの手のひらから水色の光が飛び出し、ユーリのケガを優しく包み込み、キレイに修復していったのである。
夢でも見ているかのような光景だった。
「ユート…魔法、使えたの……?」
ユーリも目を丸くしている。
そこに苦悶の色は、もうない。
「いや…俺はただ『ヒール』って魔法を真似して、唱えてみただけなんだけど……」
いまだに起こった出来事が信じられない。
しかし傷は完全にふさがっているようだし、苦しそうにも見えない。
魔法が使えた……としか言いようがなかった。
「すごい!すごいよユート!ユートは魔法使いなんだね!本当にすごい!」
ユートが現状を飲み込めずぽかんとしていると、ユーリがキラキラとした笑顔で称賛の言葉をくれる。
「い、いやいや…たまたま上手くいっただけだからね…?」
すごいすごいと連呼され、照れて謙遜するユート。
しかしそんな謙遜の裏で、彼は考えていた。
助けた。
こんな足手まといでどうしようもない俺が。
彼女を助けた。
…魔法の力で助けたのだ。
俺は彼女のように戦う力は…おそらく手に入らない。
精神面と肉体面、両方ともが圧倒的に足りていないのだから限りなく不可能に近いだろう。
しかし……魔法ならどうだ?
魔法って言ったら、火の雨を降らせたり、洪水を起こしたり、雷を落としたりするアレだろう。
実際今『ヒール』を使った。
使うことが出来た。
ならば他の魔法も使うことが出来るんじゃないか?
魔法が使えれば……デーモンだろうと倒すことが出来るんじゃないのか?
……彼女を、ユーリを守ることができるんじゃないのか?
彼はこの時、生まれて初めて誰かのために、成長しようと思った。
ユーリを守るために。
魔法の力を手に入れようと、決意した。
「ユーリ。俺は頑張って、強い魔法使いを目指すよ。そして君を守れるような男になる」
ユートはユーリに向き直り、宣言するように言った。
「うん。頑張ってね、ユート。期待してるよ」
ユーリはその宣言に、優しく微笑んで答えた。
そんな微笑ましい二人を俯瞰する者が一人。
(あれまぁ……これはなかなか面白い展開になりましたね……。素晴らしいです。さらに、さらに私を楽しませてくださいね、ユーリ、そしてユート…フフフ……)
彼が二人のこと、ひいては世界のことを俯瞰し、楽しんでいることを、この時の二人はまだ知らない。
ユーリはユートを町まで護衛したら、マクスヒルテに指示をもらう手筈になっています。
次回は新しい町(?)でのお話し。