第3話 神が遣いし少女
部屋の中央に大きめのテーブル。
男が腰かけている椅子。
テーブルの上にはクリスタルで出来た板のようなものと占い師が使うような水晶。
……以上。
これが彼の20畳ほどもありそうな大部屋にあるモノの全てである。
彼は不要物を嫌う。
結果、なんにもないだだっ広い生活空間が出来上がったのである。
普通の人間なら、こんな何もない部屋で生活するのはいろいろな意味で不可能だ。
しかし彼は可能である。
そう、彼は人間ではないのだ。
彼は神であった。
今日もいつものように彼はクリスタルに魔力を通し、世界を俯瞰する。
このクリスタルは魔力を通すことで指定したエリアの映像を写し出す魔道具だ。
いつでもどこでも生中継である。
今日はレキヤ(地球)から召喚した少年を観察していた。
(おやおや…、ロレイルの町から少し離れた位置に召喚してみたのがいけなかったのでしょうか……。捕まってますねぇ……)
見ると少年は自分から『人畜場』に入っていき、そのまま捕まっていた。
(せっかく辺境惑星のレキヤから連れてきたというのに、お粗末ですね……。まぁ、彼には戦う力が現時点では無いようですし、仕方ありませんね。彼女に護衛と案内を任せましょうか)
彼はスッと椅子から立ち上がると、マントをばさりとはためかせ、中から一つの小さな光の玉を取り出した。
そして玉に手をかざすと、みるみるうちに人の形に変わっていく。
光は、明るい緑髪が美しい少女の姿になった。
彼は少女にクリスタルを指さしながら説明する。
「ユーリ、あなたに頼みたいことがあります。
今からあなたをこの森に送ります。あなたは住人に気づかれないように、この『人畜場』に囚われているユートという少年を助け、ロレイルの町まで護衛してください。
道中、デーモンに出くわす可能性もありますのでこの剣を使いなさい。頼みましたよ」
「はい、わかりました。助けて頂いたあなたの頼み、必ず全うして見せます」
彼は少女ーーユーリに剣とアクセサリを持たせて、手をかざす。
ユーリの身体が光りだす。
「うむ。では森に送ります」
「その前に一つだけ、いいですか?」
彼女の問いかけに、一度転送を中断して顔を向ける。
「なんでしょうか?」
「あなたの名前を教えてください。私はまだ、あなたの名前を知りません」
彼女の真剣な眼差しに、微笑ましさを感じた。
彼は一度彼女から離れ、ばさりとマントを大仰に翻し、声高に言う。
「いいでしょう。私は万象神マクスヒルテ。このヤクティアに留まらない、全世界の神です。覚えておきなさい、ユーリ」
「はい。覚えておきます。ありがとうございました、マクスヒルテ様」
そうしてマクスヒルテは、ユーリを森へ送った。
、
ーーー
目が覚めると首輪をつながれていた。
アステラに袈裟に斬りつけられたところまでは覚えている。
しかし、それ以降の記憶がない。
知らないウチに、囚人の仲間入りを果たしていた。
胸のケガはおそらくアステラが治癒してくれたようで、キレイにふさがっていた。
しかしなぜか身体に力が入らない。
足元に血だまりが出来ているわけでもないので、出血多量で貧血になってるとも思えないのだが、立ち上がろうとしても、身体がビクともしない。
「どうなってんだよ……」
アステラに助けられ、救われたと思った瞬間裏切られた。
ユートはやるせない気持ちになった。
高校に入ってから、ずっとヒドイ目にあっている気がする。
でもおそらくそれは自分のせいなのだろう。
気弱で力もなく、なんの取り柄も無いから……。
だからこんなヒドイ目にあうんだ。
自業自得だ。
ユートは自分にそう言い聞かせる。
そうでもしないと世界の全てに絶望してしまいそうだったからだ。
アステラが食事を持ってきた。
パンのようなものとパテル草を炒めたものが皿に盛られている。
「飯だ、食え」
家畜にエサを与えるかのように無造作に、目の前に食事を置かれる。
引きこもりらしからぬ1日だった上に、朝から何も食べていなかったユートは空腹の絶頂であった。
奪うように一心不乱で食べる。
喉が詰まりそうになりながらも、添えてあった水で流し込んだ。
アステラはそんな彼を一瞥すると、建物から出ていこうとしたが
「待って!!」
ユートに呼び止められた。
アステラはめんどくさそうな表情で振り返る。
「なんだ」
ユートは問う。
「なんで助けた?あのまま……胸が斬り裂かれたまま放置してたら恐らく俺は死んでいたはずだ。なんでわざわざケガを治してまで俺を捕らえようとする?目的はなんだ!?」
アステラはそんなユートの様子がおかしかったのか、堪えきれないとばかりに含み笑いをしながらユートの前まで戻ってくる。
「お前なんにも分かってないんだな?俺がお人よしだからお前を助けたとでも思ってたのか?
……お前を『人畜』にして、魔力を主様に献上するために決まってんだろうが!」
後半部分は言ってる意味がよく分からなかったが、どうやらアステラは元々助けるつもりなどなかったようだ。
利用するために、集落まで連れてきたということだ。
「冥土の土産に教えてやろう。
この施設は『人畜場』といってな?人を家畜のように飼育し、人が生み出す魔力をその首輪で蒐集して主様に献上するためにあるんだよ。
そして我ら”魔人族”は”魔力生命体”。身体が魔力で出来ているから、人畜場で生み出された魔力の一部を頂くことで生きていけるのだ。貴様ら人間と違って食事も必要なく、寿命もない!
俺たちにとってお前らは家畜同然ってわけだ!せいぜい人間に生まれた不幸を呪うんだなぁ!はっははぁ!」
それだけ言うとアステラは、大股でふんぞり返るようにして施設を出て行った。
何がいけなかったのか。
人生をどこで間違えたのか。
首輪に力を吸われ、満足に動けない身体で自問自答を繰り返す。
しかし答えは出ない。
もし首輪に力を吸う機能が備わっていなかったとしても、きっと彼はこの場を動くことが出来なかっただろう。
彼はもう何も信じることが出来なかった。
どこにも居場所がなかった。
キィ…バタン。
扉の開く音で目が覚める。
どうやらいつの間にか寝ていたようだ。
アステラが見回りにでも来たのかと思い顔を上げる。
しかし扉の前に立っていたのは無骨は鎧の男ではなく、白を基調とした清楚な装いの、明るい緑髪の少女だった。
少女は一人一人顔を確認しながらこちらに歩いてくる。
誰か知り合いでも捕まったのだろうか?
そんなことを考えながら眺めていると、少女はユートの前で足を止めた。
「キミがユート?」
少女が覗き込んでくる。
「そ、そうだけど……」
少女の顔が近くて、少しドキドキするユートは、目を反らしながら答える。
「おっけー。じゃあちょっと待っててね」
そういうと少女はどこからか取り出した四角いキューブを首輪にあてた。
すると首輪から紫の光が失われ、カチャリと音をたてて外れた。
「え、それ、何?」
キューブを指さして聞いてみる。
「あぁ、これはね。私をここに送ってくれた人がくれた『人畜装置解除キー』ってものらしいよ」
首輪の機能を停止させるキューブ……。
彼女を送ってくれたという人はこの世界において、かなりの権力をもつ人なのだろうか。
そして、そんな人が助けてくれる理由がわからない。
「まぁとにかくここから出るよ!」
ユートは少女に引っ張られるようにして人畜場を後にした。
かなり集落から離れたと思う。
もう集落は見えなくなっていた。
一度休憩がてら倒木に腰かける。
「……助けてくれてありがとう」
もし彼女が助けてくれなければ恐らく死ぬまであのままだっただろう。
しかし彼女はそんなユートに気にしないで?と優しく笑いかけた。
笑顔が素敵だな……。
「私はマクスヒルテ様に、あなたを助けてほしいって頼まれたの」
「マクスヒルテ様?」
「そう。マクスヒルテ様。消滅しかかっていた私を助けてくれた命の恩人」
どうやら彼女もこの世界の人間ではないらしい。
別の世界で死に、魂が消滅しかかっていたところにマクスヒルテという人物か現れ、消滅を防いでくれたそうだ。
にわかには信じられない。
「すると……マクスヒルテって人がキミを転生させてくれたってこと?」
「転生ではないかな。この身体を召喚して憑依させた…みたいな感じかな…?私もよくわかってないんだ」
「何者なんだ一体……」
ヒトの身体を作れるとか、死んだ人の魂を回収できるとか。
異次元過ぎてわけがわからない。
「マクスヒルテ様は神だよ。何でも召喚できるんだって」
……この世界は神様が実在するらしい。
なんか頭痛くなってきた。
「えっと…そういえば自己紹介まだだったね。俺は山本佑斗。ユートって呼んで。元の世界では学生……やって…ました……」
ついつい尻すぼみになる。
学生やってい”た”が正解だろう。
引きこもってたし。
「ガクセイ……よくわからないけど、そうなんだ。私はユーリ、ユーリって呼んでね。ちょっと前の記憶はないんだけどね」
そういって彼女ーーユーリは苦笑する。
…え?
なんか今爆弾発言が飛び出したぞ?
「え……記憶がないって…記憶喪失ってこと!?」
アニメとかではおなじみだが、実際あるのか、とユートは驚いた。
どうやら消滅しかかった時に死ぬ前の記憶がとんでしまったらしい。
しかし前々世の記憶はあるという。
不思議な話だ。
”消滅”という言葉に一瞬、実はユーリは人間じゃなかったのか?という疑問が浮かんだ。
しかしよく考えると、人は”死ぬ”と表現するが、魂状態だと”消滅する”のほうが表現的に正しいのではないかと思う。
前々世は人間だったらしいが。
気になったので、ユーリに聞いてみると
「多分…人間だったんじゃないかな……」
という曖昧な答えが返ってきた。
わからないらしい。
…当たり前か。
普通の人は前世の記憶なんてないよな。
ユーリと話していて気づかなかったが、辺りはもう暗くなっており、一寸先も見えない闇の森と化していた。
キャンプ用具なんてもちろん持っていない。
木々のざわめきに、ふいに化け物に襲われた恐怖が蘇ってくる。
「……?どうしたの?」
ユーリが心配そうに覗き込んでくる。
知らずうちに頭を抱えて震えていたようだ。
男として情けない限りだが、ユーリに助けられるまでは地獄の連続だったので、臆病になるなというのは無理な話だろう。
「ここら辺には…化け物がいるんだ……」
ユートは震えながらぼそぼそと呟いていた。
その時。
「ヴゥゥ……」
ーー聞きなれた声がした。
パンとほうれん草をひたすら食わされる囚人生活…(笑)
飽きたとか言わず、しっかり食うようにな!
お前らに食わせるものそれしかねぇから!!!
フハハハ( ゜Д゜)
次回はユーリが戦います!