第2話 見てはいけないモノ
ユートは、この世界に来るまでは不登校で部屋に引きこもる生活だった。
料理や洗濯など身の回りの世話は母親が主にやっていて、ユートは食事や風呂以外は、ずっと部屋の中でパソコンか本を読んだりして時間をつぶす毎日。
もちろん友達もいない。
結果としてユートは、主にパソコンと本棚とベットを移動する程度でロクに動いてすらいなかった。
「……はぁ…はぁ……」
なのでこの体たらくである。
休憩をしてから、まだちょっとしか歩いていないのに既に息があがってきた。
少しフラフラする。
アステラにおぶってやろうか?と気を使われてしまうほどだった。
もちろんいくらなんでも高校生にもなっておぶってもらうなんてとてもじゃないが恥ずかしくてできないので、維持と根性で必死に歩いた。
ゴッ!!
「ぐっ!?」
「…!?……大丈夫か?」
足元ばっかり見て歩いていたら正面の木に頭を打ち付けてしまった。
血は出ていないようだがかなりイタイ……。
絶対にタンコブになっている気がする。
あまりにも必死になりすぎていると危ないぞとアステラに注意され、歩く速度を緩めることに。
少しでも気を紛らわせるために、周囲の自然に目を向ける。
木々の隙間から木漏れ日が差し込み、幻想的な雰囲気を醸し出している。
木にはトカゲが這っていて、少し目線を上にやると、大きめのクモがクモの巣にひっかかった蛾のような羽虫を食べていた。
先ほどは鳥しかいないと思っていたが、よく見ると虫などは普通にいるようだ。
獣類はやっぱりいないが。
そういえば森の中を歩くなんで、生まれてこのかた一度も経験がない。
幼少の頃に近所の公園を母親と共に散歩したことはあるが、その程度だった。
幼少から本を読んでばかりいたので、家を出ようとしなかったからだ。
しかしやっぱり外を散歩することはいいことだと改めて思う。
何より空気がおいしいのだ。
ほぼ一日中換気をしない自室の空気とは雲泥の差で、なんだかすがすがしい気分になってくる。
……すがすがしい気分になっても疲労が抜けることはなかったが。
ところで一体あとどれくらい歩けば着くのだろうか。
ユートは不安になってきた。
「あ、あの~。アステラさん?その集落ってあとどれくらい先にあるんでしょうか…?」
先を歩いていたアステラが快活な笑顔で振り返り、言った。
「まったく心配性だな~ユートは。あと少しで着くから安心しろって」
そうして再び歩き始めるアステラ。
まったくもって不安しかないが、とりあえずその集落以外に行く当てもないわけで。
食事と寝場所を確保するためには、たとえどれだけ距離が離れていようとも、歩き続けるしかなかった。
……そんなことを思っていた時期もありました。
いくら歩いても一向に集落らしきものが見えてこない……。
さすがにこんな長距離は現役引きこもりにはキツかった。
引きこもりをナメないでほしい。
快活そうに笑ってくるけど、剣術の稽古とかしてそうなあなたとは体のつくりが違うんですよアステラさん……。
溜まっていく文句を心の中で反芻しながらも、軋む足をひきずりながら、なんとかアステラについて行くユート。
途中で2度の休憩をはさみながらも、なんとか集落へたどり着くことが出来たのだった。
もう当分歩きたくない。
アステラの集落は、本当に小さい集落だった。
ところどころに木組みの小屋のような建物があり、他は全て畑。
畑では麦らしきものとほうれん草のような見た目の植物が栽培されている。
家畜は見当たらない。
森から野鳥を狩ってきて食べているのだろうか。
見るからに文化レベルが低そうだし。
しかし池も川も見当たらないのが心配だ。
ところどころに井戸のようなものはあるから、飲み水に困ることはないのだろうけど、肉よりも魚が好きなユートにとっては、魚を食べる文化がないというのは大問題であった。
イワシの塩焼きが食べたい。
「この集落では井戸で飲み水を確保して、主食としてイラス麦、野菜としてパネラ草を栽培している。パネラ草はとても栄養価の高い植物で毎日食べることになるから、飽きたとか言わずにしっかり食べるようにな!」
やたらと栽培されているパネラ草とやらは、栄養的に万能な植物のようだ。
「今はどこへ向かっているんですか?」
「とりあえずは客人用の宿に案内する。……といっても、ウチも人手が余っているわけではないんでな。食事を用意してくるから、一人で待っていてほしい。決してフラフラ出歩くんじゃあないぞ。探すの大変なんだからな?」
「わかってますよ」
いろいろと集落の中を散策してみたい気持ちもあったが、なにより疲れていたので出歩く元気は残ってなかった。
集落の人々はたまにアステラのような鎧を身に着けている人はいるものの、ほとんどが村人のような粗末な恰好をしている。
おそらく鎧の人たちは狩りや警備をする人たちなのだろう。
のどかな集落だ。
ユートは既にかなり気に入っていた。
考えてみればイジメを受けて毎日が地獄で、不登校になってからも毎日がうしろめたくて、魔法陣は息が出来なくて苦しかったし、化け物には襲われるし、長い距離をひたすら歩くハメになるし……。
ホントにいいことがまるでなかった。
だからこんなのどかな集落を目の前にして、ユートは久しぶりに幸せな気分になった。
アステラには助けてもらった恩もあるし、自分に出来ることを必死でやって、ここから人生を再スタートさせようとユートは心を新たにしたのだった。
アステラに案内されたのは、周りに建つ建物より少し大きめのログハウスのような建物。
中は中央に大きめのテーブルが設置された大部屋が一つ。
奥には寝場所だろうか、寝藁のようなものが敷いてある。
キッチンやトイレなどは建物のはなれにあるようだ。
アステラは水の入った桶と木製のコップだけ置いて、はなれのキッチンに向かう。
ユートは1杯水を飲み、大きく開いた窓から町をぼんやりと眺めていた。
「うぁあああ……」
ふとどこからか断末魔のようなものが聞こえてきた。
生け捕りにした獣だろうか?
いや、獣はいなかったし、それに人間の声に近かったと思う。
そしておそらく集落の人たちも聞こえていたはずなのだが、全く気にするそぶりはない。
こんなのどかな集落なのに囚人でもいるのだろうか?とも思ったが、こんな声が届くようなところに囚人を収容しているとは考えにくい。
もしユートがアステラの立場なら、集落から離れた場所に収容するだろう。
……となると、自分のように化け物に襲われた人が発したものの可能性が高い。
「なんか気になる…」
アステラにはフラフラと出歩くなと言われた。
しかし気になって気になってしょうがない。
ユートはしばらくの葛藤の末、心の中でアステラに詫びをいれる。
すみません。ほんの少しの間ですから、許してください、と。
ユートは建物を出て、断末魔のした方へ走り出した。
断末魔は一度きりだった。
住民の生活音しか聞こえない。
辺りを見回しながら歩いていく。
……ふと一つの建物に目がとまった。
集落の建物の中でもひと際大きな建物だ。
ユートがいた客人用ログハウスも他の建物より大きかったが、この建物はログハウスの3倍近い大きさがあった。
囚人の収容施設にしては気合が入りすぎている気がする。
建物に窓はなく、入り口が一つあるのみであった。
「こんな大きな建物が……」
ユートは建物が気になり、中を確かめることにした。
(…ッ!?)
建物の中には異様な光景が広がっていた。
この建物もやはり壁などはなく、一つの大部屋があるのみであった。
腰上あたりに大きな丸太が2つ、部屋を縦断している。
その丸太には無数に鎖がつながれており、鎖の先には禍々しく紫色に輝く首輪。
……そして、人がつながれていた。
一瞬囚人かと思ったが、それもおかしい。
なぜなら首輪で丸太につながれているものの、手足は拘束されていない上に鉄格子もない。
不用心にも程があるだろう。
なのに誰も逃げようとした形跡がみられない。
皆一様に、虚ろな目を中空に漂わせて、ぐったりと床に腰をおろして動かなかった。
(なんだこれ…呪文かなにかで操られているとか?奴隷とか?)
ユートはいろいろ可能性を考えてみるものの、結論には至らない。
あまり長居するのもヤバそうな気もするので、ログハウスに戻ることにした。
「あれぇ…?ユート…?なーんでここにいるのかなぁ……?」
……しかし、振り向いた瞬間に背筋が凍った。
アステラがいた。
しかし先ほどまで一緒だったアステラではなかった。
先ほどまでの快活そうな笑顔には程遠い、にたぁっと気味の悪い笑みを浮かべたアステラが立っていた。
「まったく…。フラフラ出歩くなって言ったのにねぇ…。おとなしく部屋にいたなら、眠り毒の入った食事で眠らせて、痛い目を見ずに済んだのになぁ…!」
瞬間、アステラが剣を構える。
ユートはもちろん戦う術など持ち合わせていない現代引きこもり高校生。
急な展開に腰を抜かしてしまう。
「アステラさん…!な、なんでっ!?」
そう叫ぶのが彼の最大限の抵抗だった。
無慈悲にも袈裟に斬られる。
ユートを生まれてこの方感じたことのない激痛が襲った。
「ぐぁあああぁッッ!!」
地に倒れ伏しながら、斬られるって殴られるのとは比べものにならないくらい痛いな…と思った。
そして斬られた痛みに耐えきれず、数秒もしないうちに意識が暗転していった。
※ユートは断末魔を聞いて建物を出ていきましたが、たどり着くまでに結構迷って時間をくっています。その間に断末魔の主は捕らえられ、囚人(?)の仲間入りを果たしています。
次回、とうとう女性キャラが登場する予定です!