界外のススメ(著:ネコナベ)をリメイク
『界外のススメ』
ネコナベさんの1話目をリメイクさせていただきました。
オリジナルはこちらです。
http://ncode.syosetu.com/N9787DP/
雪道 進は自室にて起床した。
ただし、夢の中で。
夢の中で起床するとは矛盾している。だが、夢に整合性を求めること事態おかしな話だろう。
進が周囲に目を向けてみると、そこは自室だった。
自らの記憶よりも整理整頓されている……というよりは物がほとんどない。
あるのは机とベッド、壁掛け時計のみで、その他小物の類が一切無いという有様だ。
シンプルを通り越して殺風景であった。
ともあれ、数少ない家具は進の記憶によれば間違いなく自室で使用していたもので間違いない。
「進、起きてるの〜? 学校遅れるわよ〜?」
下の階から聞き慣れた母親の声がした。
母の言動から察するにどうやら今は、学校の登校日の朝であるようだ。
進はしばし考えにふける。夢の中でくらい好きにできないだろうかと。
試しに念じてみた。
変わらない。
呪文を唱えてみた。
……変わらない。
いや、進の顔が赤くなった。
どうやっても夢の内容を変えることはできないみたいだ。
ならば、仕方ないから先ほどから時計のスヌーズ機能のごとく呼び出しの間隔を短くしている母の不興を買う前に、階下に降りることにしようと決めてため息をついた。
リビングに行くと、食卓にはすでに進の兄である雪道 歩が座っていた。
歩はテレビから全く目を離さない。
ひらひらと手を振ってうめき声ともなんとも言い難い声をらしきものを喉から絞り出すことで、朝の挨拶を済ませた。
そのいかにも気だるげな様子から察するに、まだ目が覚めきっていないようだった。
どうせまた、夜中まで漫画を読んでいたか、スマホゲームで遊んでいたのだろう。
「ちょっと歩! 挨拶くらいちゃんとしなさい!」
母はことさらマナーに厳しい人というわけではないのだが、さすがに歩の態度が目に余ったのだろう。
キッチンの奥から、鋭く歩に注意した。
「……ん、ンー……ぁー……おは……ふぁぁぁぁ……よう」
母の言葉に尻を叩かれてなんとか挨拶したが、欠伸を噛み殺しきれずにずいぶんと間延びしたものになってしまっていた。
その実に滑稽な様子には、さしもの母も注意するよりも笑いが先に来てしまったようだった。
「朝ご飯持ってくるわね」
くすくすと笑いながらも、そう一言進に声をかけるとぱたぱたとスリッパの音を響かせて、キッチンの向こうにいった。
母の指示に従って、食卓に腰を降ろして朝食が持ってこられるのをじっと待つ。
さぁて、夢の中で出される食事とはどんなものか楽しみだなぁ、などとのんきなことを考えていたら進の前に一つの皿が配膳された。
皿の中には、山盛りの汚物が鎮座していた。
「は?」
思考が停止した。
しかし、刹那の間に身体のほうが理解した。
既に進は椅子を跳ね除けて、廊下に飛び出している。
何故急にそんなことをしたのか、理由は簡単だ。
進はこの食事に見覚えがあった。
その事実はこれが夢であってもなお、彼に逃亡を決意させる材料としては申し分ない。
何も考えず、とにかく遮二無二に駆け出す。
目指す場所は二階にある自室。
夢の中という世界において、安全圏であったはずのリビングが異変に侵食されていた以上、自室以外に最後の防波堤となりうる場所が思いつかなかった。
階段を駆け上がり、あと数歩で伸ばした手が部屋のドアノブにかかろうかというその瞬間、予想だにしていなかったことが起こった。
グイッ、と何かが彼の首を引っ張る。
ガクン、と視界が強烈に揺れ、進は床に倒れた。
一体何が彼を阻んだのか、それを確認するために首に手を当てた進は、全身から血の気が引いてしまった。
進の首には、重い鉄で出来た首輪がはまっていた。
その首輪には鉄の鎖が繋がっている。
ちゃりちゃりと、不快な音を響かせる鉄鎖が、階下にある玄関に続いていることを、進は直感的に理解した。
鎖が意思を持った生き物のように空中でうねり、暴れて、進をこの家から引きずり出すべく、無慈悲に身体を釣り上げ始めた。
叫ぶ間なんかない。
進は玄関から外に向かって放り出されていた。
鎖に巻き上げられ、地面に叩きつけられ、ザリザリとコンクリートが容赦なく背中をこする。
振動で揺れる視界の中でなんとか鎖の行く先に目を向ける。
そこにはただ暗闇があるだけだった。
――いやだ、いやだ、そっちにはいきたくないっ!
必死に爪を立て、少しでも抗おうとするが勢いが弱まる気配はない。
そのまま、進の身体はどこまでもどこまでも、虚無の彼方へと引きずり込まれていった。
進の家が地平の果てに沈んでいく。
「うわあああああああああああああ!!?」
跳ね起きた。
先ほどまで見ていた夢の感覚が未だ生々しく残っている。
思わず首に手を這わして、首輪の有無を確認してしまうほどだ。
結果、自分を縛めていた鉄輪と鉄鎖がもはや存在しないことを確認し、安堵の溜息を洩らして力なく横たわった。
「なんて夢だよ……心臓止まるかと思った……」
そう文句を漏らすが、原因はわかり切っていた。
”ホームシック”
もう”1年”も帰っていない自宅に対する郷愁の念があの夢を見せたのであろうことは、自身でもよく分かっていた。
「みんな元気にしてるかなぁ……」
遠い遠い、海をも超えた異邦の地。
はるか彼方、世界すら隔てた”界外”の地。
せめて、想いだけでも届いてくれないかなと、ススムはそう強く願った。