【本編完結】のじゃ姫! 信長様と天下布武〜現代知識で未来を変えろ〜(著:青山つばさ)をリメイク
『【本編完結】のじゃ姫! 信長様と天下布武〜現代知識で未来を変えろ〜』
青山つばささんの小説のプロローグをリメイクさせていただきました。
オリジナルはこちらです。
http://ncode.syosetu.com/N1243DY/
アパートまであと少しといったところで何も見えなくなった。
うわ、目の前が真っ暗じゃないか。
体は別にふらついてない。
立ちくらみ……とは違うみたいだな。
結局、これがなんなのかを理解する前に視界が明るくなっていった。
周囲を見渡す。
焼けるような陽射しが降りそそぐ田舎の田んぼ道。土が踏み固められただけの路だ。コンクリートなんかどこにも見えない。
蝉の鳴き声がすごいな。
うん、おれはこの景色に全く見覚えがない。
思い返してみる。
まず、一人暮らしのアパートで大学の課題のレポートを作成をしていた。それで息抜きにコンビニまで歩いて、軽食と飲み物を買ったな。
で、その帰り道でアパートが見えてきたところで……いきなり目の前が真っ暗になった。
全然分からないな。
いったいなんなんだよ……。
「はぁ……。……はぁ!?」
ため息をつき、顔を俯けた時におかしなことに気づいた。
服を見れば灰色の着物。羽織姿だ。しかも左腰には刀が二本差さっている。
自分の体なのに思わず二度見したんだけど!
デニムにTシャツだったおれが着物と刀。紛れもない武士の姿だ。受験に失敗はしていないが立派な浪人といった風情で全く笑えない。いや、本当に。
ふと浮かんだのは『時代劇村』とかいうテーマパーク。
いや、違う。
テーマパークみたいな作り物なんかじゃない。
てことは……本物か?
「あわわぁあ! どくのじゃあっ!」
背後からカン高い悲鳴が聞こえてきた。
咄嗟に振り返れば少年が乗った馬が迫ってきている。
ぶつかるっ!
体を放り投げた。
結果、無様にも大の字に倒れ込んでしまったが命拾いしたし安いもんだろう。
「あ痛たたた……」
上体を起こすと、パッカパッカとこちらに馬を返してくる少年の姿が目に映った。
彼もおれと同じで、着物姿に赤い鞘の刀を差している。
「相済まぬの。大事ないか? しかし、ヌシがいきなり飛び出してくるのも悪いのじゃ」
少年が騎乗したまま声を掛けてきた。
やっぱり甲高い声だな。
それより、混乱しているせいか頭が痛む。
素直に少年へと訴えた。
「少し頭が痛む」
「なんと、頭が痛む! 由々(ゆゆ)しき事態かもしれぬ。しばし、待っておるのじゃ」
少年は身軽な動きで馬から下り、手綱を道端の木に括り付けて馬を固定する。そうした後、飛ぶように道の脇を流れる小川へ駆け下りていった。
あ、おれのためにわざわざ水を汲みに行ってくれてるんだな。
ほどなくして少年は小走りで戻ってきた。不安げな眼差しで湿らせた手拭いとヒョウタンを差し出してくる。
だんだんと落ち着いてきて脳が働きだした。
いくら周囲を見渡しても現代文明の欠片すら見当たらない。少年の姿や話し方、遠くに見える板葺きの家屋。
間違いないな。
ここは断じて現代日本ではない。少年の出で立ちや家屋から想像するに中世だな。
いわゆる転移とかタイムスリップの類なのか? そんなんアニメや小説の中だけの話だと思うんだけど。
「手拭いで頭を冷やすとよい。気が進めばこれを飲むのじゃ。単なる水だが」
心配そうにおれの顔を覗き込む少年。小学校高学年ぐらいだろうか。整っている顔立ちだ。美少年といっていいだろう。
なにも分からないおれにとって、今はこの少年だけが頼りだ。
頼む、現状を教えてくれ!
「ありがとう。少し記憶が曖昧なんだけど……ここはどこだい?」
差し出された手拭いで顔をぬぐいながら、意を決して訊ねた。
「だいぶ落ち着いたようだの。ここは尾張国那古野なのじゃ。分かるか?」
尾張の……愛知の名古屋市か。場所はおれがここに来る前と同じとみていいかもしれないな。
俺のアパートも名古屋にある大学と近いし。
ていうか、やっぱり愛知じゃなくて尾張って言うんだな。ここがおれの知ってる現代日本という可能性はゼロになった。そうだろうとは思ってたけどさ!
「そうそう……今年は何年だい? できれば日付も教えてくれないかな?」
あまりにも不自然な質問だが聞いて把握しておきたい。
「うむ。天文十四年七月二十日のはずなのじゃ」
天文と言ったな?
たしか……鉄砲が日本に伝わったのが天文だったはず。天文十二年だな。この時は西暦一五四三年だから、その二年後で今は西暦一五四五年か。
おれは日本史、それも中世史の専攻だからな。これくらいは頭に入ってる。
「ありがとう。助かったよ」
おれの無事にホッとしたのか、安心顔ではにかむ少年。着物の仕立てからすると、裕福な武士の子だろうな。
帯代わりに着物を腰縄で締めている。ショートパンツのような半袴といい、随分ラフな格好をしているぞ。
いや、少年の格好より気にしなきゃいけないことがあった。
一五四五年といえば戦国時代真っ只中じゃないか。
まずいな。
下手をすると生命の危険すらあるぞ……。
戦国時代の武士は通常、小者といわれる従者を連れている。
そんな中、おれは一人でふらついているから不審者扱いされてもおかしくない。というか、客観的にいって不審な武士そのものだ。
本当に危険極まりない状況で、いつ斬られてもおかしくない。
不審者という状況から早急に脱しなければ大変なことになる。うまい手を打たないと文字通り命取りになってしまうぞ。
コミュニケーション能力はまずまず自信ある。塾講師だってできたしな。
現代と戦国時代じゃ言葉が多少異なるはずだが四の五の言ってられるか!
まずはこの少年と仲良くなって、彼の親の伝手を利用するべきだ。
ということで『きみは一体?』と問いかけようとしたところ、記憶に引っかかるものがあった。
甲高い声で話す少年……縄の帯……ヒョウタン……赤い刀……那古野……。
まさか……いやいや、まさかだよな……。
電撃のような緊張が走った。
唾をゴクリと飲み込んで訊ねる。
「そ、そのー、あなた様はひょっとして……」
「うん? ワシは尾張のうつけと呼ばれている織田吉じゃ!」
やっぱりかーー!!
戦国の風雲児、織田信長だ。
幼名は織田吉法師。
記憶と照らし合わせてみたが、年齢は十二歳。
この少年が信長なのか……。すごい偶然もあるもんだな。
ふむ。
おれは異世界転移だかなんだか分からないが、なぜか一五四五年に飛ばされてしまった。
そして戻る方法は現時点で分からないし、現代に戻れる可能性すらあるかどうか怪しい。
決めたぞ。
おれはこの少年信長についていく。
いや、信長様についていくんだ!
それなら現代に戻れる方法を見つけるまでの身の安全は確保できるだろう。
仮に戻れなくても、現代知識を利用すれば天下人となる信長の元で大出世も可能なはず。
よし、このチャンスを最大限に活かすんだ!
「吉様はうつけと見せねばならぬ理由があるから、うつけのふりをするのでしょう?」
少し言葉遣いが怪しいかもしれないが、分かったふりで応対してみよう。
信長は少年時代は周りに理解されず、うつけと呼ばれていた。
天才は周囲には理解されにくい。
けどこう言えば、おれの考える信長ならば分かってくれるはずだ。
分かってくれ!
「何ッ!?」
鋭い目で睨んできた。
ガキとはいえさすが信長。目力も迫力も半端ない。いや訂正。ガキというより美少年だな。
目が大きく、まつ毛も長くスッキリとした二重の綺麗な顔立ち。さすが戦国時代一の美女と名高いお市の方と同じ血筋だ。
「ヌシはワシのことを……理解できるのか?」
怪訝そうな表情だ。
「はっ!」
もちろんノーはない。生命の危険から逃れる正念場だ。
「では聞くが、尾張の戦をなくすにはどうすれば良いのじゃ?」
よし。食いついてきた。おれの知っている信長ならば、正解は分かっているぞ。
「されば、民を安んじ富ませ、商人の助力を得ます。そして、武力をもって不要な秩序を破壊し、新しき秩序を創り出す。まずは大義名分を得て、織田大和守を除き、守護(斯波義統)様を操れば良いかと!」
史実で信長が行なおうとした戦略だ。
どうだ? 正解だろう? 信長くん。
「ワハハ! ……ワシのことを理解できるのじゃな。名を申せ」
やっぱり正解だった……! 良かったー!
よし、ここはそれらしい言葉遣いで返答しよう。
「某はカズマと申します」
「気に入った。ワシに付いて来るのじゃ」
うまくいったようだ。第一関門突破と言ったところか。
信長は能力がある者を出自を問わず重用していた。もし、おれが会ったのが信長じゃなかったら、こう上手くは進まないんだろうな。
「はっ! 喜んで」
「名を与える。ヌシはこれから左近と名乗るのじゃ」
どこから、左近が湧いてきたの?
「へ? 何ゆえ左近と?」
思わず訊ねてしまった。
「それはな……左近に右近やら、四天王やらが家来にいれば、強そうで聞こえが良いのじゃ」
厨二病かよっ!
年が年だし、ドヤ顔をしている信長に楯突くのは愚かだな。
短気で苛烈なエピソードも残っているし。
「ありがたき幸せにございます!」
「爺も心配しているので城に戻るのじゃ。ふむ……左近はそうだな、是非もなし。ワシの後ろに乗るのじゃ」
馬に乗った経験はないけど、なんでか身体が覚えているらしい。自分でも驚くほど簡単に騎乗できた。
てかいいのか? 仮にも嫡男なんだし、普通は何人もお供が付くよな。
「吉さまぁあ、探しましたぞおー!」
噂をすればなんとやらといった感じで大声が聞こえてきた。
これまた騎馬少年が駆け寄ってくる。信長の近習かな?
「おう、カツか! 許せ」
「この池田勝三郎、平手様に叱られてしまいます。して、そちらの御仁は?」
怪訝そうな視線のガキは、信長の乳兄弟の池田勝三郎恒興だろうか。
「カツ殿。某は左近カズマです。以後お見知りおきを」
とりあえず、挨拶はしておこう。
「カツよ。見所があったのでこの左近を拾ったのじゃ」
「しかし、平手様になんと……犬猫じゃありませぬよ……」
「それは、カツの縁者としてじゃな……」
信長と恒興が話しているのは、おれの素性の口裏合わせといったところか。
「風の噂でオウミに拙者の従兄の……滝川左近とやら……」
「それでよい。さすが、カツなのじゃ」
作戦タイムが終わったのか恒興が話しかけてきた。
「左近殿。拙者は池田勝三郎です。貴殿は、近江国(滋賀県)出身の、拙者の従兄――滝川左近将監一益ということになりました。確とお願いします。くれぐれも、吉様のお役に立つように」
なるほど、織田四天王の滝川一益というわけか。
大出世コース確定だろう。これでひとまず安泰だな。
しかし、一益さん本人がいたらどうするんだ? 歴史が変わってしまうぞ。
だがよく考えたら、おれがこの時代にいる時点で、既に歴史が変わっている。
是非もなしってやつだな。
よしよし、おれの戦国時代生活はかなり明るいぞ。
ここで恒興の後ろに乗り、那古野城に向かうことになった。
もちろん、城は城でもこの時代の城に天守閣はない。
門番を蹴散らすように城内に入るやいなや、少年信長は辺りに響き渡るような声で喚く。
なんか機嫌良さそうだな。
「爺! 遠駆けから戻ったのじゃ! 左近を拾ってきたぞ」
初老の武士が駆け寄ってきた。傅役の平手政秀だろうか。年齢の割に総白髪なのは、ストレスが多いせいなんだろう。
爺はおれに一瞥をくれるが、予想に反して警戒感は少ない。
池田恒興はおれを下ろすとどこかに馬を走らせていった。
逃げやがった、間違いない。
「それはそれは、よろしゅうございました。しかしながら吉姫様、本日は和歌の修練のはずでしたな!」
「されど、すっきり晴れていて遠駆け日和なのじゃ。ほら……左近だって」
肩を落とす信長。
……ちょっと待った。
今、平手爺は信長を『吉姫』と呼んだよな?
「吉姫様! 明日の和歌の修練は四刻(八時間)いたしますぞ」
「和歌の修練は退屈過ぎるのじゃ……」
なんてことだ……。
信長が姫だなんて!
嘘だろ? いや、嘘ではない。確かに信長は自分が男だとは言ってなかった。
しかし参ったな。
信長が男ではなく姫だとすると、美少年ではなく美少女だな。
信長ちゃんだ。
信長ちゃんは、美少女でかなり好みではある。しかし、一二歳の小学六年生はさすがに守備範囲外だぞ。
五年ぐらい出世しながら、信長ちゃんが無事に育てば充分守備範囲になる。
しかし、知っている歴史とは違う……まずい。カンニングできないおれは、出世どころか生命も危ういかもしれない。守備範囲だとか言っている場合ではない。
非常にまずいことになった。
呆けているおれに、平手爺がニヤリとしながら耳打ちをしてきた。
「左近殿。ということで、相済まぬが、姫様のワガママにしばし付き合ってくれぬかのォオ?」
逃げられないか?
無理だ。
爺といっても戦国武将。イエスしか選択肢はないぞ。ヤクザ並の迫力だから。まじで怖いから。それに逃げられたとしても、不審者扱いだ。ここで何とかするしか選択肢はない。
「かしこまりました! こ、光栄の限りでございます!」
と返答するのがやっとだ。
まさかあの織田信長が姫だと!? どうする?
この日、滝川左近と名付けられたおれの戦国時代が始まった。