表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

発達障害シリーズ

タクシードライバーにはなれない

 「ああ。また、あの嫌な上司の送迎か」


 本谷清重は、無表情のままため息をつく。送迎といっても、帰宅する上司を会社から駅まで送るだけだった。それだけのことが本谷には苦役に思われて仕方がなかった。何せ車の運転は大の苦手である。免許を取ってから三年たっているにもかかわらず、運転中は不安と動悸が収まらない。


 夜道というのも、彼の不安をかき立てる材料になる。あまりにも道が明るいせいで、気づかないまま無灯火で帰宅したことがあった。自宅について、そのことに気づき、全身から血の気が失せて、膝が笑い始めた。肩関節の力が抜けて、腕が外れそうに感じた。


 「じゃあいつもの所まで頼むからな」角刈りに近い髪型で、一文字眉の大きな目で睨みつけながら、上司は乗り込んだ。「はい。わかりました」本谷はキーを差し込んで回すが、一度目でエンジンがかからなかった。


「もたもたしてんじゃねーよ!」

「あ、はい」

二度目にやっとエンジンがかかった。そのまま徐々にゆっくりとアクセルを踏んで加速させる。


「とろいなお前は、もっとさっさとやらんか」

「あ、でも安全運転は大事ですから」

「慎重すぎても駄目だろ。車の流れに乗らんか」


 上司の辛らつな言葉がいちいち胸に突き刺さる。駄目だ運転に集中しなきゃ。


「明日の仕事は、朝礼の前に資料を準備してだな……。話をちゃんと聞いてるか」

「あ、はい」

しまった。上司の話を聞いていたら信号を見落としてしまった。


 黄色からすぐに変わった赤信号の中、交差点を突っ切る車、周囲の車からクラクションが一斉に鳴らされる。

「危ねえな馬鹿野郎!ちゃんと前を見ろよ!」

「あ、はい。すみません」


 昔からこうだ。どちらか一方に意識を集中させると、もう片方がおろそかになる。

本谷の精神はビビりっぱなしだった。

「じゃあ明日も頼むな」

「はい。お疲れさまでした」

疲れたのは本谷の方だった。もと来た道を引き返し、駅とは反対方向にある自宅へと向かった。


 なんでタクシーの運転手は、人の話を聞きながら運転できるのに、僕にはできないんだろう。

ふがいない自分を責めて、ますます陰鬱な気分へ自らを追い込んだ。


 数日後、彼は自家用車通勤を止めて公共機関で通うことにした。件の上司からは散々嫌味を言われたが、

精神的には大分気が楽になった。


 それから十年の月日がたち、マルチタスクが苦手だった理由が発達障害によるものだと、本谷はネットの情報で知るようになった。近いうちに、診断できる医者を探して、診察してもらおうと心に決めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 私はタクシー会社に勤めています
[一言] 他人事じゃない話だと思いました。
2018/04/10 21:08 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ