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39話


「これでも、本神殿所属の神官でしたからね。人の悪意には敏感なのですよ」


 会場は、水を打ったかのように静まり返っていた。

 すべての視線がエドワードと、彼に腕をつかまれた内通者に集められていた。ジンジャーも呆けたように口を開け、エドワードを凝視している。その表情を見ると、イーディスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。エドワードに注意を向けさせないため、ちょうど前にいた彼に白羽の矢を立ててしまった。泣き叫んで免罪を訴える彼を見つめたときは、胸が引き裂かれそうな気持だった。

 違う、と訴えたかった。本当のことを吐き出してしまいたかった。それでも、囚われているかもしれない弟を思うと、その気持ちすべてに蓋をして、今、この瞬間にも、自分は聖女を演じている。


「ありがとうございます、神官様」


 イーディスは、自分にできる限りの笑顔を浮かべると、内通者を見据えた。


 もちろん、町中の人々が見ている目の前で、しかも、絶対に失敗が許されない舞台で敵を探し出し、糾弾することなんて、できるわけがないと思っていた。

 事実、直前まで、ほとんどの人が良い顔をしていなかった。

 特に、舞台監督なんてこの話を聞いた途端、卒倒しそうになっていた。いまでも、彼の悲鳴に近い叫び声は耳の奥に焼き付いているようだ。なにせ、彼の悲鳴に近い叫び声は芝居の待機部屋を震わすほど大きい声で


『なんですって!? 正気ですか、イーディス・ピルスナー!?』


 と、叫んだとき、顔色はとっくに青を通り越し、白く染まっていた。口を阿呆みたいにあんぐりと開き、イーディスに信じられないものでも見たかのような視線を向けてきていた。


『まだ自分の芝居も完ぺきとは言い切れないのに。芝居をやりながら、観客に紛れ込んでいる魔族やその協力者を探し出すと? しかも、見つけ出し次第、芝居のふりをしながら討伐するなんて!!』

『……すみません、でもこうするしか思いつかなかったんです』


 イーディスは監督から視線を逸らしてしまった。

 自分には、彼の悲痛の叫びを否定することはできなかった。

 なぜなら、あのとき、芝居の待機部屋に集った他の人たち――ウォルターを除く役者が共通して抱いていることだと理解していたからだ。

 なにせこの提案は、これまで毎日、朝も早くから打ち込んできた芝居のストーリーを根本から覆しかねない。しかも、それをやるのは熟練した役者ではなく、根っからの素人で自分の演技もひいこら言いながらこなす大根役者だ。イーディス自身、彼らの立場だったら抗議の声を上げていた。自分たちが誠心誠意打ち込んできた舞台を最後の最後で台無しにするつもりなのか、と。

 

『それは無茶だ、無謀だ!』

『声が大きいですよ、少し抑えてください』


 ただ一人、エドワードだけは違った。

 実際に舞台に上がらず、ただ出資と運営をする支援者(スポンサー)の彼は、待機部屋に集った人々の中で最も客観的にイーディスの提案を思案していた。

 

『防音魔術を張っていますが、あまり大声を出されると勘づかれる恐れがありますよ。

 ……まだ、死にたくないですよね?』


 彼は平然とした表情のまま、監督に詰め寄った。


「うっ……すみません」


 舞台監督にとって、エドワードは自分たちの雇い主ともいえる存在だ。監督はまだ何か言いたそうに口をもごもご動かしていたが、それ以上、なにも語ろうとはしなかった。

 

『……それで、この送り主が会場に潜んでいることは確定なのですね?』


 エドワードは受け取った手紙を掲げた。


『はい、たぶん……ですけど』


 イーディスは戸惑いながら答えた。

 ウォルターと食事をとりながら、手紙の送り主の思考について議論を重ねた。

 なぜ、この時期に手紙を送ったのか。

 なにが目的で、イーディスにどのような行動をとらせようとしているのか。

 まだ不明な点は数多く残されているが、少なくとも1つだけ分かったことがある。


『この手紙を読んで、(イーディス)がどんな行動をとるのか。絶対に気になると思うんです。だから、確実に近くにいると思いました』


 それは、もしかしたら、この芝居に参加する役者の一人かもしれないが、それはないと確信していた。

 役者の一人ではない、となれば、残されたのは舞台を観に来た客のみとなる。


『もちろん、こいつ一人で探すのは至難の業だし、それが原因で芝居間違えたらたまったもんじゃねぇからな。安心しろ、オレが標的を探す』


 とんっとウォルターが後ろから肩に手を回してきた。

 自信ありげな様子で口元を綻ばせている。彼の赤い双眸に迷いの色は一切見当たらなかった。


『んで、見つけた標的をエドワードがとらえる。ま、無理ならオレが舞台を降りて捕まえるが……そうだな、標的を見つけた時の合図は……』

『大丈夫ですか、ピルスナー』


 エドワードが彼を疑わしそうに見上げた。


『たしかに、私は悪意に敏感です。ええ、あの権力争いしか能のない連中の集まりで暮らしていたのですからね。そこの聖女に向けられる悪意も判別がつくでしょう。

 ですが、あなたは聖女と違って、黒い靄でしたっけ? それが見えないではありませんか』

『そりゃそうだが、それ以前にオレはここの領主だぜ? 領民の顔くらい覚えてるし、違う顔が混じっていれば分かるっての!』


 そう言うと、ウォルターは胸を叩いた。

 しかし、相変わらずエドワードは彼を信用していないらしい。じとっと目を細めたまま、訝し気に彼を見据えていた。


『ですが、もし、その人物が顔を隠していたらどうするのです?』

『それこそありえない』


 彼のそんな反応に対し、ウォルターは鼻を鳴らした。


『オレみたいな容姿でも、顔を隠さずに白昼堂々歩けるんだぜ? オレの領内で顔を隠す奴は、やましいことしでかした犯罪者しかいねぇよ。むしろ、発見次第、職務質問だ』

『……たしかに』


 イーディスは王都のことを思い出した。

 ありったけの人を国中から集めたような街で10年以上暮らしていたが、ウォルターのように角が生えたり牙が目立つ人を見たことはなかった。もちろん、彼のような人物が普段、王都に住んでいたことがなかったこともあるだろうし、このオークバレーの街のように、彼の人柄をよく知った人がいなかったということもあるだろう。

 つまり、ウォルターや完全に魔族の男が街中を歩いても咎められないのは、彼らの人柄が領内に広まっているからだ。この人なら大丈夫という安心感が背景にあるので、職質されることはない。しかし、今まで培ってきた下地もないのに、魔族的特徴のある人物がうろついていたら、どうだろう? 怪しいことこの上ないし、即急に対処しなければならない。


『大丈夫だ、この舞台が失敗することはねぇよ。万が一の時は、オレが責任を取る。ピルスナー家の名に懸けて誓おう』


 ウォルターがそこまで言って、ようやく舞台監督はアドリブの許可を出してくれた。

 ここまでやったのだ。これでハズレを引いたのだとすると、目も当てられない。

 イーディスは唾を飲み込むと、エドワードがとらえた内通者をしっかり見据えた。


「彼からは悪意があると聞きましたが、さて……貴方は何者ですか?」

「……」


 内通者はフードを深くかぶり、うつむいていた。

 風一つ通さないほど分厚い外套のせいで、やや太って見えるが、実際の体格は自分と同じくらいだろう。ずいぶんと小柄な人物だ、とイーディスは感じた。フードの影とうつむいているせいで、顔がよく見えないが、なんとなく子供か女子のように思える。この暗闇でも生える金色の髪が一房、フードの隙間から胸へと垂れていた。

 そんな内通者は依然として返事も弁明も述べない。しっかり手首をつかまれているというのに悲鳴の一つも発しない。ただ沈黙を貫いていた。 

 これでは、埒が明かない。イーディスは聖女らしく胸を張ると、できるだけ威厳のあるような声を出した。


「あの手紙の送り主は、あなたですか?」

「……」

「無実であれば、あなたを罰するつもりはありません。私たちの勘違いであれば、すぐに謝罪をします。

 それとも、答えることのできない事情があるのですか?」

「……」

「……聖女、このままでは時間の無駄です」


 問答を切ったのは、エドワードだった。

 右手で内通者の手首をつかみ、もう片方の手はフードに伸びていた。内通者に抵抗する様子は見られない。ここまで無抵抗・無言だと、無実なのにいきなり指摘され、動揺のあまり固まっているように見えてくる。もし、本当にそうだったらーーと考えると、ぞっと背筋が逆立ってしまった。


「外しますよ、いいですね」


 エドワードは宣言すると、返事を待たずにフードをめくりあげた。

 薄黒いフードがめくりあがると、暗闇を映し出すような金髪が舞い上がる。陰になっていた顔を一目見たとたん、イーディスは雷で撃たれたような衝撃が走った。あまりの驚きに、一歩、後ろによろめいてしまう。



「え……あなたは……」



 なぜなら、そこにいたのは……









感想の返信が遅くなってしまい、すみません。

いつも読んでいます、ありがとうございます!


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