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35話

一部改稿しました。申し訳ありません。


「落ち着いてください、奥様」

「落ち着けませんよ、いや、絶対におかしいですって!」


 リリーの冷静な声が、イーディスを余計に混乱させた。

 こんな衝撃的な発言を受けたというのに、リリーは顔色一つ変えず、むしろ「当然だ」とでも言いたげな表情を浮かべて立っている。こうも周りばかり平然としていると、自分がおかしいのではないか?という感覚に陥りそうになるが、断言してもいい。絶対に自分の反応は間違っていないだろう。


「どうして、魔王退治が未来の王妃に繋がるんですか?」

「あら? 当然の流れではなくって?」


 エリザは、少し驚いたように眉を上げた。


「聖女陣営についた時点で、王妃からすれば敵・邪魔者認定。

 近い将来、バジェット伯爵家は取り潰しになるでしょう」

「それは……」


 イーディスにも想像できる。

 クリスティーヌは一度、敵だと認知した者にはとことん厳しい。

 盗賊や魔族なら魔術で一網打尽、人間であれば、辺境の地へ飛ばしたり、功労者であっても礼をしなかったりする。正直、イーディスにはどこで彼女から敵認定されたのか、いまだによく分かっていないが、少なくとも、よく思われていないのは理解している。

 クリスティーヌや取り巻きとは袂を分かち、イーディスの味方をした時点で、聖女が完全勝利をおさめなければ、たとえ魔王が亡びたとしても、バジェット伯爵家に未来はなかった。


「つまり、バジェット伯爵家が唯一生き残る方法――それは、聖女が魔王と無能な国家上層部の膿を取り除き、この国の頂点として新しく君臨することなのですわ」

「いや、でも国家の膿取りは私でなくてもいいのでは?」


 それこそ、聖女である自分が魔王退治に専念し、バジェット伯爵家含めた良識派貴族たちがクーデターを起こした方が良いと感じた。

 しかし、そのことを伝えると、エリザは呆れたように指を振った。


「革命には、その象徴となる者が必要ですのよ。

 その旗を掲げるものは、民から慕われる清廉潔白な勇者でなくてはなりません。真に魔王さえ討伐することができれば、聖女の人気は急上昇まちがいなし。現時点において、聖女以外に誰が勇者となりまして?」

「……つまり、頂点になった後は、なにもしなくていいということ?」

「そうですね……一応、希望は聞きますわ。革命の象徴たる王妃を蔑ろにしている、と噂されたら、革命返しされる可能性がありますし」


 エリザは言葉を慎重に選びながら答える。

 それを聞き、イーディスは一旦目を閉じた。

 革命の旗印になり、国の頂点に立ったところで、イーディスには明確な展望がない。国を経営していくだけの才覚もなければ、その教育も受けていない。

 ともなれば、革命の旗印とは名ばかりで、ほとんど貴族の傀儡だ。

 なにもせず、革命を先導し、玉座に腰を下ろしていればいい。その見返りに、良い暮らしを保障される。


「……1つ、先程から気になっていることがあるのですが……」


 イーディスは瞼を開けると、静かに口を開いた。


「王ではなく王妃とは、どういうことでしょうか?」


 イーディスも歴史には詳しくないが、先々代の母親が女王を名乗っていたことくらいは知っている。故に、最終的に玉座に座る旗印であれば、呼称は王、もしくは女王になるはずだ。

 それを指摘すれば、エリザはますます不思議そうに首を傾けた。


「あらあら? まさか、貴方たち……そこまで意思疎通ができていませんでしたの?」 

「意思疎通?」

「てっきり、そこの侍女頭の様子からして、すでに知っているとばかり思っていましたわ」


 エリザは癖なのだろうか。まるで扇子を広げるように手元を動かすと、そのまま口元まで持ち上げた。


「貴方の旦那様、王位を狙っていましてよ」

「……え?」


 今度はイーディスが首を傾ける番だった。


「国境警備隊の半数を王都征伐に向けても問題ないほどの兵力を保持し、それを水面下で拡張し続けていますわ。

 そもそも、私を受け入れた時点で、この計画に加担することを表明したようなもの。それが分からぬ辺境伯ではありませんわ」

「……」

「ピルスナー家は元来王族でしたが、彼の曽祖父が冤罪で臣下に身を落としたとされていますの。王家を恨む理由は十分にありますわ。唯一の問題点は容姿と二つ名の『色狂い』ですが、それも聖女が嫁という名誉の元では霞み、いずれ消えていくでしょう」

「冤罪……王家……。本当なの、リリーさん?」


 イーディスは確認するように、リリーへ目を走らせた。

 しかし、彼女は否定しない。むしろ、当然だと頷いている。


「ほら、そこの侍女頭も知っているでしょ? まさか、肝心の奥様が知らなかったなんて……ちょっと意外ですわ」

「……だって、私は彼の正式な妻ではありませんから」


 イーディスは拳を握りしめる。

 自分は形だけの正妻。婚姻の誓約もしていない。

 そもそも、ウォルターのことを何も知らない。先祖はもちろん、普段から何を考えているのかも――。


 彼はどうして、いままで面倒を見てくれたのか。

 最初は上からの命令だったかもしれないが、その後もクリスティーヌに睨まれる可能性があるのに、こうして今でも保護を続けてくれているのか。


 なにも、知らない。


「……それでしたら、直接、聞いてみたらいかがですの?」


 エリザはため息をつきながら口を開いた。


「もうすぐ、年越しの祭りですわよね? それを口実に、1年の終わりに思っていることをすべて吐き出し、聞いてしまえばいいのですわ。もやもやを心の内に溜めておくと、良いことは起きなくってよ」


 エリザはこの話はおしまい、と言わんばかりに立ち上がった。


「それでは、奥様。お休みなさいませ。もう遅いですし、夜更かしは美容の敵ですわ」


 エリザはリリーと一緒に退出する。

 先程まで騒がしかった部屋は、いつにも増して静まり返っていた。その静けさが異様に重く圧し掛かってくる。


「たしかに、年越し祭りの日に嘘は似合わないっていうし……」


 ベッドにそのまま横になり、小さく息を吐いた。

 嘘を持ち越すと、来年は呪われる。

 王都でも有名な諺だ。それを理由に、孤児院の神官たちは孤児たちの嘘をあぶりだしていた。その儀式に合格した正直者だけが、最初から年越し祭りへの参加を許される。ちなみに、合格しなかった不届き者は孤児院の片づけやらなにやら罰を受けてからの参加になるので、目当ての屋台や店での買い食いは絶望視されていた。

 だから、誰もが正直にあったことを話す。

 イーディスもその日に何か問われれば、つい癖で全て本当のことを話してしまいそうだ。無論、嘘をつく事案など、ほとんど思いつかないが。


「……聞いてみよう」


 すべて、疑問に思っていることを彼にぶつけるのだ。

 角や牙が生えている理由を、本気で王位を狙っているのかどうかを、そして――自分をどうする気なのかを。

 聞きにくいだろうから、人気のないところで二人っきりになったときに聞くのだ。

 当日は劇の都合もあり、ほとんど一緒に行動する予定になっている。尋ねる機会など、山のようにあるはずだ。

 











 しかし、現実はそう上手くいかないものだ。




 オークバレーは、朝から活気で満ち溢れていた。

 まだ太陽が昇り切っていないというのに、すっかり街はお祭り気分で浮き足立っている。

 パレードの華々しい演奏や酔っ払いの音程も取れていない歌声、そして売り子の叫び声などが、ごっちゃ混ぜの不協和音な喧騒があたりに満ちている。

 その喧騒を小耳に挟みながら、イーディスは朝からずっと劇の最終確認をさせられていた。

 修行する暇はもちろん、休む余裕も与えられない。舞台監督は怒鳴りっぱなしで、役者たちは誰も彼も真剣な表情で話しかけることすらできない。イーディスもまるで水中で息継ぎなしに練習している、そんな緊張感に襲われていた。


「よし、それでは今から3時間――休憩だ。その後、最後の確認を行う。解散!」


 その緊張感から解き放たれたのは、もう夕方になってからだった。

 舞台監督の声と共に、空気が一瞬、緩んだのを感じる。イーディスも緊張が緩み、疲れの波がどっと押し寄せてきたような気がした。祝福の加護を使ったときほどではないが、ちょっと仮眠をとった方がいいかな、と思うような疲れだった。


「おい、イーディス。なーに、ぼけっとしてるんだよ」


 ふらふらと椅子に近寄ろうとすると、後ろから手をつかまれた。

 案の定、振り返るとそこには彼の姿があった。同じ時間、練習をしていたというのに、彼の顔には疲れの色が一欠けらも見当たらない。それどころか、目を無邪気な子どものように輝かせている。


「そんな辛気臭い顔をしていないで、一緒に祭りを楽しみに行こうぜ! 美味い店を知ってんだ」

「ちょ、待ってください!」


 こちらの静止も待たず、彼は人ごみの中へと駆け出していく。イーディスも手をつかまれているせいで、引きずられるように人ごみの中に放り込まれた。つかまれているだけでは、すぐ離されてしまいそうだったので手を握り返す。

 念願の二人っきりだが、これではとてもではないが、内密な話をすることはできない。

 そのうえ、彼は顔を知られている。出店の横を通り過ぎる都度、


「おっ、領主さま。これ、安いよ。買っていかんかね?」

「あ、領主だ。いつ結婚式を挙げるんだい?」

「なーなー、この前の酒代、まだ払ってないんだけどー」


 など、ありとあらゆる人に話しかけられていた。

 正直、すぐそこの屋台で売られている面かなにかを顔に張り付けてやりたいくらいだ。

 だが、そのようなことをしても、彼の耳や角は隠すことができないので意味がない。そもそも、嫌がられてしてくれないのがオチだろう。


「まだまだ挙げるつもりはねぇよ、つーか、酒代は払っただろ? おやっさん、ぼったくろうとすんじゃねぇーよ」


 ウォルターは半ば酔っ払い気味の彼らに対し、笑いながら相手をしている。


「ありゃ、ばれたか」

「当たり前だ。ってか、そこのお前。お前は、しっかり税を納めろよ。売り上げの申告に不審な点があるって、ここまで報告上がってんぞ」

「あはは、以後気をつけますよ」


 なんだか、楽しそうに会話している様子を見ていると、こちらが場違いな気がしてきた。

 そっとこの場を離れよう。支度部屋まですぐそこだ。そこに戻れば、リリーが控えてくれている。そう思いながらつかんでいた手をそっと解き、ウォルターとの距離を取るために一歩下がろうとした。


「いやー、それにしても、坊ちゃんはよくやってるぜ」

「なにしろ、領主さまの御先祖といえば――」

「おい、その話は止めろって」


 しかし、その手はすぐに強い力で妨げられてしまった。先ほどまでそれほど力が入っていなかったはずなのに、強く握りしめてくる。それどころか、思いっきり引き寄せられた。抵抗することなどできず、そのまま彼の身体に密着してしまう。


「その話は嫌なんだよ」

「あー」


 群衆の視線が一度にイーディスに向けられる。


「たしかに、逃げられちゃかなわねぇな」

「せっかくの嫁さんだもんな、領主さま」


 何故か知らないが、同情と好機の視線を向けられ、少し落ち着かない。

 先祖云々の話を聞きたくなかったのは分かるが、それをこちらに押し付けるのは違うのではないか、と反発心を抱いてしまった。


「そういうことだ。じゃあ、オレたちは先に行くぜ」


 そのまま人波をかき分けるように進み始めた。

 彼の足は、とある店にたどり着くまで止まることはなかった。3階建ての大きな料亭だ。いかにも敷居が高そうで、入ることを想像すらしていない店だった。

 ウォルターは予約をしていたのか、清潔な服を纏った女中になにやら告げると、すぐに部屋へと案内される。片隅の個室だった。窓の向こうには、ちらほらと祭りの松明が灯され始めている。


「ほら、お前が選べ」


 あれよあれよという間にウォルターはメニューを手に取ると、そのままこちらに渡してきた。


「いつもお前は頑張っているからな。その褒美だ。好きなだけ食べていいぞ」

「えっと……ありがとうございます」

 

 とはいえ、この店は初めてだ。

 なにが美味しいのかもわからない。そもそも、メニューに記載された文字が達筆過ぎて読み取れない。

 結局「おすすめで」という無難な回答になってしまった。


「いやー、それにしても疲れたな。お前もよく3日で仕上げたぜ。やっぱり、努力の才能があるんじゃねぇの?」

「……ありがとうございます。でも、それに根気良く付き合ってくれた皆さんのおかげだと思います」

「礼なんていらねぇよ。結局、努力したのは自分じゃねぇか」


 ウォルターがにかっと笑った。

 口の隙間から凶悪な牙が見える。どこからどう見ても人間の者ではない魔族の牙。だが、彼はやはり間違いなく人間だ。額に刺青が刻まれていないのはもちろん、黒い靄の気配はどこにも感じない。


「それで……最近、ちょっと様子が変だったな。なにか聞きたいことあるなら、相談に乗るぜ」


 ウォルターは真面目な顔になると、静かな声で尋ねてきた。


 ここは個室。魔族の気配はもちろんない。

 どこも宴会で大騒ぎしているせいで、ここでの会話が漏れることはないだろう。


 イーディスは深呼吸をすると、ずっと気になっていた質問をぶつけた。


「ウォルターさんの祖先について、のことですけど……」




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