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26話



「お久しぶりです、クリスティーヌ様」

「ええ、お久しぶり。元気そうで何よりですわ」


 クリスティーヌは、くすりと微笑んだ。

 いつも美しく輝いているが、今日は特別美しい。

 黄色の薔薇が咲いたようなドレスが、彼女の美しさを際立てている。ばっちり化粧をしているからか、通常よりも美しさが三割増しだ。ただでさえ豊満な果実を思わす胸も、さらに強調されている。腰も折れそうなほど細い。

 あまりの美しさに、背後に控える美女美男ぞろいの取り巻きすら霞んで見える。彼女の絶対無敵な美しさと対面した男は、きっと彼女の虜になってしまうに違いない。そう思うと、ウォルターのことが不安になった。


「ええ、おかげさまで元気です」


 イーディスは、ちらりと視線を上に向けた。ウォルターは無表情だった。ただ口を固く結んだまま、クリスティーヌを見下している。

 

「ウォルターも久しぶり」

「……ああ、そうですね」


 ウォルターは素っ気なく返した。

 イーディスは少し驚いてしまった。まさか、ウォルターとクリスティーヌが知り合いだったなんて、いままで考えたこともなかった。


「お知り合いだったんですか?」

「ええそうなのよ。国境警備関係のごたごたがあったとき、彼に手伝ってもらったの」


 クリスティーヌはそう言いながら、彼の腕をつかもうと手を伸ばした。


「いえ、あのときはオレの方が世話になりましたよ」


 しかし、その手が彼に届くことはなかった。

 ウォルターがわずかに下がったからだ。イーディスも彼と手をつないでいなければ、下がったことに気づかなかった。そのくらい、わずかにクリスティーヌと距離を取ったのだ。クリスティーヌの手は、その誤差のおかげで届かない。


「オレは最前線まで王妃様を送っただけです。……まさか、不可侵条約を破って攻め込んできた敵兵を、おひとりで全滅させるとは思いもしませんでした」

「私からしてみれば、あの程度の敵を倒せない騎士団の練兵度合いが気になりましたわ。

 ……そうそう、そのことについて、お話があったの。ちょっと来てくださらない?」

「……それは、今でなければなりませんか?」

「ええ。ちょっと外交問題も絡んできてるの。聖女様と一緒のところ悪いけど、2人きりで話したいわ」

「オレは……」


 ウォルターはしばし悩むように眉をひそめた。

 王妃からの頼みを臣下が断れるはずもない。つまり、彼女の頼みとは、すでに決定事項だ。それを覆すことができるのは、国王しかいない。その頼みの国王は――と、イーディスは会場に視線を奔らせた。国王は意外と近くにいた。側近たちや貴族の重鎮たちとなにやら会話をしている。しかし、そこまで集中していないらしく、10秒に1回はクリスティーヌに視線を向けていた。

 王太子は国王になっても、クリスティーヌにかなり熱を上げているらしい。時折、ウォルターには憎しみを込めた視線を向けている。


「失礼ながら、クリスティーヌ様」


 イーディスは勇気を振り絞ると、彼女に話しかけた。


「な、なにかしら、聖女様?」


 イーディスが話しかけると、クリスティーヌの身体がびくりと瞬間的に震えた。なるべく柔らかい口調で話しかけたというのに、なぜ怯えられたのか分からない。だが、そこは気にしないことにした。


「いえ、先程から国王(レオポルト)様が、クリスティーヌ様のことを気になされているようですけど……よろしいのでしょうか? もしかしたら、用事があるのでは?」


 さりげなく、ウォルターではなく、国王の元へ行かせようとする。

 彼女の目的は純粋に仕事関係かもしれないが、それでも、ウォルターを連れて行かれるのは嫌だった。


「もう、聖女様ったら。知っているでしょ? レオポルトは昔から私のことが嫌いなの。きっと、私に『さっさとどこか行け』って視線で訴えているのよ。だから、彼は放っておいてもかまわないわ」


 ところが、クリスティーヌはころころと笑うと、イーディスの提案を一蹴した。

 やはり、クリスティーヌは何も変わっていない。王妃になっても鈍感なままだ。いつも通りのクリスティーヌ・エンバスである。


「本当に、いまですか? 明日では駄目でしょうか?」

「駄目、いまがいいのよ。ねえ、聖女様。旦那様をお借りしてもいいかしら?」


 クリスティーヌは手を合わせると、上目遣いで懇願してきた。

 もう、断ることはできない。これを断ったら不敬にあたいする。イーディスはウォルターを恐る恐る見上げた。ウォルターは小さく肩を落としたところだった。


「……分かりました、王妃様。

 ……おい、そこの神官野郎。イーディスを頼む」

「……野郎とはなんですか、野郎とは」

 

 霞んで見えた取り巻きの中から、神官のエドワードが姿を現した。

 服装は普段と変わらない。だが、新品の法衣なのだろう。見るのも申し訳なくなるほど純白の法衣だった。

 

「すぐ戻ってくる。いいか、イーディス。こいつの傍から離れるなよ」

「分かりました。その……待ってます」


 了解、と返事をするように、彼はイーディスの肩を軽く叩いた。

 そして、2人は足早に去っていく。その後ろを少し離れて、取り巻きたちが後を追いかけていった。ちくりと心に針が刺さったような痛みが奔った。


「……まったく、あの辺境伯……僕がいなければどうするつもりだったのか」


 エドワードはむすっと頬を膨らませた。


「……それで、見つけましたか?」


 エドワードはクリスティーヌが去って行った方向を見つめたまま、静かに問いかけてきた。先日とは違い、もう黒い靄の気配など一切感じられない。


「はい。数名ほど」


 イーディスもウォルターが去って行った方向を見つめるたまま答えた。


「ですが、クリスティーヌ様からは何も感じませんでした。取り巻きの方は……すみません、よく見ていなかったので分かりませんでした」

「まったく、貴方という人は肝心なときに……まあ、クリスティーヌの潔白が分かったのでよしとしましょう」


 エドワードは少し安心したように息を吐いた。


「貴方が立てた計画のことを聞きましたよ。ひどい計画ですが、他に手はないのですよね」

「はい。効果を考えると、あれが最適かと」

「……ですよね。それで、それはクリスティーヌにもやらせると? 潔白が分かっているのに?」

「申し訳ありませんが、表面上はパフォーマンスですから」


 もちろん、潔白の有無にかかわらず、彼女を除外するわけにはいかない。

 せっかく、ささやかな仕返しなのに、それまで取り上げられたら、一気にやる気が削がれてしまう。こればかりは、誰が何を言おうと譲れないところだった。


「分かっていますよ。……はぁ、初めての夜会ではクリスティーヌと共に過ごしたかったのに、どうして貴方なのでしょうかね」

「すみませんでした。……え? 夜会、初めてだったんですか?」


 イーディスは少し目を見開いてしまった。

 年下だということは理解していた。実は、アキレスと同じ年くらいなのではないかとさえ思っていた。だが、魔王討伐の旅に同行できるほどの実力者は、誰も彼もがイーディスより年上だった。それに、常日頃から人を見下したような態度をとってくる。

 だから、童顔なだけで年上なのだろうと思い込んでいたのである。


「ええそうですよ。今回も本当は参加できないはずでしたが、そこは、クリスティーヌに頼み込んで連れてきてもらいました」


 そう言いながら、彼は近くにあったグラスに手を伸ばす。

 手にしたのは酒ではなく、果実汁(ジュース)だった。


「あなたはどうします?」

「あ……どうも、ありがとうございます」


 エドワードからグラスを受け取ると、2人とも同じ方向に再び視線を向けた。

 ウォルターたちは、まだ帰ってこない。


「おや、バドワイザー君! バドワイザー君ではありませんか!」


 恰幅の良い貴族が近づいてきた。


「たしか、ワドル伯爵でしたか」

「いやー、いつもお世話になっています。その年で儀式を執り行うと聞いた時は不安になりましたが、いやー立派なものですなー」


 ワドル伯爵はエドワードを褒めちぎる。イーディスの方など見向きもしない。エドワードはにこやかに返答していた。


「実は、私の娘がちょうどよい年頃でしてなー。いやー、ぜひとも一度、神官様と見合いをして欲しいのですよ」

「おや、聞き捨てなりませんな。私も娘も――」


 ワドル伯爵を皮切りに、ぞくぞくと貴族が集まってくる。

 エドワードは最初こそ、イーディスの傍にいようと努力しているようだったが、群がる人の波に押され、どんどん距離が離れていってしまう。そのうち、エドワードはイーディスを気にしながらも、やむをえないという様子でどこかへ消えてしまった。


「……結局、約束は守れなかったってことか」


 一人、グラスを握ったまま壁に寄りかかる。


「貴方が聖女様?」


 声をかけられ、顔を上げてみる。

 すると、そこには3人の令嬢がいた。3人とも赤・ピンク・黄色と暖色のドレスを纏っているが、そろいもそろって黒い靄を纏っている。魔族が憑いているのだ。イーディスは少し警戒心を高めた。


「そうですけど、なにか?」

「ちょっとお話があるの。バルコニーに来てくださる?」

「すぐ終わりますわ」

「静かなところで、ゆっくりと楽しいお話をしたいだけですの」


 これは、怪しい。

 ウォルターとの約束がなくても、これは悪意に満ちた誘いである。絶対に行くわけがない。イーディスは首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが……」

「まあ、嬉しいわ! さっそく行きましょう!」

 

 真ん中の令嬢が腕を強引につかむと、イーディスの意思など全く無視して歩き始めた。どうやってこの手を振りほどこうか、と考えを巡らせる。しかし、相手は魔族に憑かれているとはいえ貴族の令嬢。前国王ならいざ知らず、いまこの場所で「行きません」と強引に跳ねのけたり、「この人、魔族です」など告発しようものなら、即刻「不敬だ」と罰を喰らいかねない。

 大声を出して目立つのも、このような場所では御法度だ。


「ちょ、私はまだ良いとは一度も言っていませんけど?」


 イーディスはウォルターやエドワードの姿を探す。

 しかし、このようなときにかぎって、どこにも見当たらない。

 このまま魔族に連れられ、バルコニーまで出るしかないのか。



 諦めかけた、そのときだった。







次回、辺境伯視点です。



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