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悪役令嬢、無双する



 そして、ついに運命の日がやって来た。



 魔王の脅威が拡大し、いつこの国に攻め込んできてもおかしくない。

 神殿では昼夜を問わず神託を求める儀式を行ったが、全く効果が現れず、もう無理なのか、と諦めかけたとき、一筋の神託が下ったのだ。


 『魔王を倒すには、聖女が必要である。その聖女とは、銀髪と紫色の瞳を持つ少女である。

 名前は、イーディス・ワーグナー』

 

 この神託を受け、神官たちはすぐさま行動にでた。

 銀髪・紫の瞳。そして名前は、イーディス・ワーグナー。

 たった3つの情報を頼りに、不眠不休で捜索を開始すること一週間、ついに該当人物が発見されたのだ。

 そして、神官が彼女を迎えに行っている間、「聖女の儀式」を行うため王家や国政に関わる主要人物は神殿に集められることになった。


 その主要人物の中には、当然、レオポルト王太子とその婚約者 クリスティーヌ・エンバスも含まれている。

 クリスティーヌは王太子の隣で、やや顔を伏せながら聖女の到着を待つ。

 クリスティーヌは表情こそ平静を保ちながらも、掌は汗でびっしょりだった。これから「自分の死」がやってくる。はたして、これから来る少女が本当に未来で自分を殺すのか。それとも、自分の見た未来はでたらめで、全く知らない少女が現れるのか。

 正直、不安で心が四散しそうだ。

 そんな彼女の隣に立つ王太子は、これまたいつになく不機嫌だった。偉そうに腕を組み、指で肘を叩いている。


「まったく、なぜこの俺が、こんな女と一緒に聖女を待たねばならんのだ」

 

 王太子は舌打ちをすると、クリスティーヌの方に顔を向けた。

 クリスティーヌは内心「またか」と呟くと、無表情のまま


「その言葉、そっくりそのままお返しいたします」


 とだけ答えた。

 この十年、向こうが自分を嫌っているのは百も承知である。

 一応、好感度を上げようとは努力した。だが、なにをしても王太子の眉間にしわが寄るばかりで、突き放すような態度に変わりはない。むしろ、悪化したように感じる。

 王太子と顔を合わすたびに悪口を言い、罵倒してくる。あまりに罵詈雑言がひどいものだから、一度だけキレたことがあった。


 『そんなに私が嫌いなら、婚約破棄すればいいではありませんか!』


 しかし、王太子は怒りで顔を赤らめ、「婚約破棄などするわけないだろ!」と頑なに受け入れようとはしなかった。

 嫌ならば、さっさと婚約破棄をすればいいのに、なぜしないのだろうか。

 聖女が来る前に婚約破棄をしてくれれば、御家断絶の未来は避けられる。無論、自分の名は穢れ、エンバス家に迷惑をかけてしまうが、一族郎党皆殺しに比べれば遥かにマシである。

 だが、哀しいことに王太子は婚約破棄をせず、今もこうして婚約者として傍らに立っている。 


「……聖女がやってきたら」


 クリスティーヌは小さく呟いた。

 きっと、王太子は聖女に惚れる。

 未来で視た通りに、聖女に入れあげ、邪魔な婚約者を殺す。

 自分を、一族を、そのすべてを根こそぎ殺される。

 クリスティーヌは恐怖を押し込めるように、ドレスの裾を握りしめた。


「なんだ、聖女が怖いのか?」


 そんな彼女に、意地悪な王太子は目ざとく気づいたのだろう。

 いつも通り、彼はからかうような口調で尋ねてきた。クリスティーヌはじろり、と睨みつけた。


「怖い? 国を救う存在を怖がる必要がどこにあるというのです?」

「……いや、なんでもないさ。ただ、そうだな……目立ちたがり屋のお前のことだ。大方、聖女は自分ではないか?とでも考えていたんではないか?」

「まさか!」

 

 返答までに、やや間があったが、どこまでも失礼な王太子である。

 クリスティーヌは彼から距離を取ろうとしたが、しっかりと腕を組まれてしまった。これでは、まるで寄り添っているみたいである。目をさらに細め、無言で拒絶の意を表明してみたが、彼は素知らぬ顔だ。クリスティーヌの抵抗を嘲笑うかのように、ふんっと鼻をならした。


「未来の国王夫婦が仲睦まじいと見せつけなければならない」


 だが、はたして王太子の目論見は成功しているのだろうか。

 クリスティーヌは列席する関係者に視線を移す。案の定、「有望株」と呼ばれる騎士や傭兵、魔術師たちなどからの視線が痛い。どの男もまるで「殺してやろうか」と言いたげな目をしている。王太子と密着すればするほど、むずむずと足の裏がかゆくなってきた。

 クリスティーヌは「もう耐えられません、離してください」と口にしようかと考え始めたその矢先だ。



 運命の女が、やって来た。



「……イーディス・ワーグナーです」


 その女は『未来視』の通りのみすぼらしい少女だった。

 身体つきも貧相で、身だしなみにも気を配っているようには見えない。外仕事が多いのか、こんがり日焼けをしている。未来で視たとき、唯一の取り柄だった銀色の髪も薄汚れていた。

 しかし、外見だけで人を判断してはいけない。

 彼女が紫水晶の首飾り――通称『聖女の証』に触れた瞬間、光が爆発した。瞬く間に、神殿が七色の光で満たされる。その中心には、みすぼらしい少女がいた。


「おめでとうございます、イーディス。貴方は今日から聖女として認められました」



 神官長の言葉が遠くで聞こえる。

 間違いなく、彼女は聖女であると認められた。



 そう、未来は変わっていない。

 この少女は、自分を破滅に追いやるのだ。

 そのために、ここまで努力を重ねてきた。

 クリスティーヌは決意を硬くするように、手を強く握りしめた。

 ここまでは同じだったが、自分は努力した。家に芽生え始めていた不正はすべて取り除き、どこからつついても埃は出ない。これなら、王太子から婚約破棄されても生きていける。


 未来は、必ず変わるはずだ。


 ただ、最後まで気を抜いてはいけない。どこから綻び始めるか、まだ分からないのだ。

 なので、クリスティーヌは聖女に親切にした。

 もちろん、貧民で薄汚くて礼儀作法も知らない少女など、視界にも入れたくなかったが、無視して好感度が下がった結果、聖女の権力で処刑されたらたまったものではない。

 なにかと世話を焼き、将来――もし、未来が正しいのであるなら――恋仲になるであろう王太子との関係を聞いた。

 これが喜ばしいことに、聖女は王太子に何の感情も抱いていないことが判明した。

 しかしながら、処刑ルートを辿る可能性が消えたとは言い切れない。

 なにせ、王太子も聖女の旅に加わることになっている。その道中、なにか恋が進展する可能性だってあるのだ。


 クリスティーヌは、聖女の旅の仲間に志願した。

 王太子と聖女の恋仲が進展しても「私は敵ではありません」とアピールするために。



 旅は順調だった。

 無論、野宿は快適とは言えない。

 食料も現地調達で、大っ嫌いな野菜の煮物などしか食べるものがないときもあった。

 挙句の果てには、汚らわしい山賊たちが道を塞いできたこともあった。

 魔王討伐の旅を急いでいるというのに、聖女の実力は上がらず「本当に聖女なのか?」という声が上がることも多くなってきた。

 王太子はあからさまに、他のメンバーも聖女の存在を疑問視し始めている。唯一、聖女を連れてきた神官だけは聖女を気にかけていたが、それは「聖女の癖に弱すぎて見ていられないから」という理由。

 

 もはや、聖女なんて必要ない。


 旅の後半になると、ほぼクリスティーヌの攻撃魔法が炸裂し、魔王は一撃で倒した。

 聖女は後ろで、ぽかんと眺めていただけ。



 本当に間抜けである。



 こうして、あっけなく――途中、嫌なこともあったが、旅は終了した。

 聖女は誰とも恋仲になることはなく、むしろ、みんなから嫌われていた。


「私、未来を変えることができたのね!」


 これで、肩の荷が下りた。

 ただ、一抹の不安が残る。

 聖女をいつまでも城に置いておくわけにはいかない。万が一にも王太子と出会い、恋に落ちる可能性が捨てきれないのだ。かといって、聖女として「一応」崇めなければならない存在を、貧しい孤児院に返すわけにもいかない。

 そして、一つ――クリスティーヌは良い案を思いついた。


「レオポルト王太子、聖女の処遇ですがよろしいですか?」


 王の崩御に伴い、王太子が事実上の国の頂点になっている。しかし、王太子は即位の準備に追われていた。政務はほとんど婚約者であり、未来の王妃に丸投げである。


「ピルスナー辺境伯の正妻が亡くなってから、すでに3年が経とうとしています。

 どうでしょう、聖女を辺境伯の正妻として迎えてもらうのは?」


 ピルスナー辺境伯といえば、王都から遠く離れた国境付近に領地を構えている。

 辺境伯の妻ともなれば、王都に出てくるとしても数年に一度。辺境伯も武功や政治に興味がないのか、やることは最低限の仕事だけで、あとは領地に引きこもって好き勝手している変わり者だ。

 そこに送ってしまえば、もはや聖女が自分やエンバス家を脅かすことなどできやしない。


 一介の孤児が聖女となり、魔族を退けた後は、上級貴族の正妻になり、静かな土地で余生を過ごす。なかなかできた良いストーリーである。


「これ以上、聖女とはいえ孤児の少女を王城に置いておくのは……王族の品位に関わってきますし、かといって、孤児院は火災で焼けてしまっているようですので、帰す場所もありません。

 聖女を城から追い出したなんて、王家の醜聞になります。

 となれば、婚姻が最適な聖女の余生になるかと」

「うむ、それでいいだろう。辺境伯なら、聖女の身分とも釣り合う。

 なにより、孤児の少女が貴族の仲間入りを果たすのだ。きっと、あやつは泣いて喜ぶだろうな」

 

 こうして、聖女はピルスナー辺境伯の元へ送られた。

 聖女は生まれ育った孤児院に帰れないことを嘆いていたようだが、きっと、辺境の地で貴族として暮らすうちに忘れるだろう。


「さてと、私は次の仕事がありますので、これにて」

「いや、待て」


 さっさと王太子の前から去ろうとしたが、遮られてしまった。

 王太子は面倒くさそうに腰を上げると、こちらへ歩み寄ってくる。


「そろそろ、休憩する。お前も少しは休め。

 せっかくだ。一緒に昼食でもとるぞ」

「何を言っているのですか、レオポルト!」


 王太子の進行を妨げるように、どんっと書類の束が置かれる。

 書類を持ってきたのは、文官だった。政治面に詳しいだけでなく、将来有望な魔術師でもあり、一緒に旅をした仲間である。


「ということで、クリスティーヌ様。あのように彼は仕事が残っています。私と昼食を取りましょう」

「あ~、ずるい! 僕がクリスティーヌちゃんとお昼を食べようと思っていたのに!」

「いいや、オレが昼飯に誘おうとしていたんだ。お前らは、さっさと仕事に戻りな」

「クリスティーヌ、あんな奴ら放っておこう。僕とお昼ご飯を食べに行くよ」

「おい、抜け駆けする気か!? そうはさせるか、この神官野郎が!」


 魔術師を皮切りに、あれよあれよと旅の仲間が集まってくる。

 なぜ、皆が皆、そろいもそろって自分と昼を共にしたがるのだろうか。最近、ずっとこればかりで首を傾けてしまう。

 だが、これも平和な一場面だ。

 魔王討伐の旅の時には、ここまで和やかに会話する余裕もなかった。

 クリスティーヌは幸せな一場面に微笑みながら、傍らの侍女に


「今日の昼食は、旅の仲間たちと食べますわ」


 と告げた。



 こうして、クリスティーヌの平和で平穏な王城生活は続いていく。


















 もはや、彼女の頭には「お払い箱の聖女」なんて、欠片も残っていなかった。




1話は本日16時に投稿します。

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