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20話

 

  第一の聖女は、守護を望んだ。

 ありとあらゆる災厄から、皆の身を護りぬく「守護の力」を欲した。


  第二の聖女は、純粋な力を望んだ。

  誰にも負けない、逆境を打ち返す「圧倒的な力」を欲した。


  第三の聖女は、癒しを望んだ。

 この世のありとあらゆる傷を癒し、皆を救う「奇跡の力」を欲した。


  第四の聖女は、運を望んだ。

  不利な状況を跳ね返す、圧倒的な「幸運の力」を欲した。


  第五の聖女は、友を望んだ。

 なにがあっても裏切らない、種族を超えて自分を信じてくれる「仲間を作る力」を欲した。




 そして、第六の聖女は――





 ※



「夜会か……」


 イーディスはうなだれた。

 王城に巣くう魔族を発見・排除するのは、まだいいのだが、そのための手段として、夜会に参加することになってしまったのである。


 しかも、ウォルターと一緒に。

 正直、彼とは「夫婦」という関係よりも「師と弟子」である。彼が自分を正妻として認めていない以上、つきあわせるのは申し訳ないし、イーディス自身、彼を旦那として認識していない。食事を共にした回数は2、3回だし、そのときに話していた内容は、ほぼすべて「聖女の力」についてだった。寝所はもちろん別で、一緒に出掛けたことなど1度しかない。それも、ウォルターがイーディスを聖女だと認識する前の出来事だった。


 ウォルターも夜会に参加することが、かなり嫌だったらしい。彼も随分と抵抗していたようだが、最終的には渋々承諾した。


「……まぁ、国の危機だからな」


 彼は、神官のエドワードの後ろ姿を睨みつけながら言った。苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「ったく、夜会に参加するのもタダじゃねぇってのに。あとで請求書を送りつけてやる」

「そんなに金がかかるのですか?」

「あ? いや、そこまでかかるってわけじゃねぇが……ま、お前は気にするな」


 ウォルターは、イーディスの頭に軽く手を置いてきた。

 不愉快そうな表情は消え、笑顔を浮かべている。


「なーに暗い顔してんだよ! もっと胸を張れ、イーディス! 

 なにはともあれ、あの神官がお前の力を認めたってことだぞ? そりゃ、夜会は大嫌いだがな、これに成功すれば、城で踏ん反り返っている連中もお前のことを認めるはずだ」


 まるで、太陽のような笑みだ。

 目は釣り上がっていて、武骨で、角や牙が生えてて、温かみとは程遠い凶悪顔のはずなのに、笑顔が太陽のように優しくて温かく感じる。

 あの尊大で自己中で拉致犯の神官に認めてもらえたことを、自分のことのように喜んでくれている。だから、こんなにも彼の笑顔は温かく感じるのだ。しかし、どうもそれだけではない気もする。


「これからも頑張れよ、イーディス!」

「はい!」


 だが、いまは考えないでおこう。

 まずはこの喜びを噛みしめたかった。できるだけ長く、幸せを味わいたい。





「夜会に参加するとなれば、さっそく準備が必要ですわ」


 ところが、幸福感に浸る暇などほとんどなかった。

 リリーはイーディスの腕をつかむと、問答無用で連れて行かれたからである。

 いつもと変わらぬ無表情だが、どこか気分が高揚しているように見える。


「いいですか? あなたは聖女ではなく、ピルスナー辺境伯夫人として参加されるのです。ピルスナー家の名に恥じぬよう、しっかり準備させていただきますので、覚悟しておいて下さいね」


 話している内容はともかく、声色も明るく、まるで、ピクニックに行く前のアキレスのようだ。



 そこからが大変だった。

 まず、ドレス作りから始まった。

 一から採寸して作ると聞いたとき、イーディスはひっくり返りそうになった。特注品を作るとなれば金も時間もかかってしまう。イーディスは咄嗟に「王都にいた頃、出来合いのドレスがショーウィンドーに展示されているのを見たことがある。それで構わない」と訴えたのだが、あっけなく却下されてしまった。


「貴族には貴族の格式というものがあります。最低限、そこは身に着けていただかなければなりません」

「はい……そうですね」


 この時点で、イーディスの理解をとっくに超えていた。


 採寸はリリーとハンナ、そして、ドレスのデザイナーとその弟子で行われたが、これも顔から火が出るくらい恥ずかしい。なにしろ、こちらは下着姿になるのだ。他人の前で下着姿になるなんて、孤児院の身体測定の時以来である。

 しかも、今回は腕を上にあげたり、後ろを向いたり、手を伸ばしたりなど、とにかく体の隅から隅まで計測される。羞恥プレイ以外のなにものでもない。

 やっと採寸が終わったと思えば、次にやって来たのは宝飾店だった。

 輝くばかりの宝石の数々を見せられ、頭がくらくらしてくる。これを自分がつけるのだと思うと、鳥肌が立った。なにせ、こちらは孤児院上がりの小娘である。場違い感、半端ない。完全に宝石負けしている。


「ふふ、リリーさん楽しそうですね」


 リリー同様、ハンナもどこか浮足立っていた。


「はい……そうですね」


 イーディスは遠い目をした。

 はやくこの悪夢のような時間が過ぎ去り、さっさと聖女の力を高める修行をやりたい。普通の組手でもいい。身体を動かしたい。


「では、奥様。明日からはダンスとマナーの授業を始めましょう」

「はい……そうですねーーって、ええ!?」

「午前中は今まで通りで構いません。午後は最低限のダンスとマナーを身に付けていただきます。

 ……聖女の力を高める修行ですか? いえ、それは休みです。旦那様も多忙でいらっしゃいますし、それで丁度良いでしょう」


 ちょうどよくねーよ。

 イーディスは思ったが、言い返せない迫力があった。

 仕方ないので、午前中は今まで通り、午後はリリーや彼女の呼んだスパルタ的家庭教師と過ごし、夕食後に独学で聖女の修業をした。

 マナーはともかく、ダンスなどやらなくても良いだろうに。壁の花になって、周りを観察すればいいだけなのに。

 わずかな抵抗で尋ねてみたが、まったく聞き入れてくれなかった。


 それからあれよあれよという間に時間が過ぎ、気がつけば王都に向かう日になっていた。

 ウォルターは後から来るらしく、自分だけ先に王都に出発する。

 王都に行けば、もうダンスやマナーの授業はない。しかし、同時に組手相手もいなくなる。


「ま、仕方ないか」


 イーディスは王都郊外の屋敷に到着すると、すぐに剣をとり出した。


「修行でもしよう」


 これまで、ほとんど「祝福の加護」の練習は独学でしなければならなかった。

 だが、そんな時間の隙間を縫うような試行錯誤の結果、少しずつ分かってきたことがある。

 それは、加護の使い道だ。

 加護の力を使い過ぎれば、次の日に支障が出る。いくら加減したとしても、1度使っただけで身体から力が抜けてしまう。

 これでは、たくさん使うことができない。


 かといって、諦めるわけにもいかない。


 だから、イーディスは「祝福の加護」に非常に近い力ーー付与系魔術を極めることに決めたのだ。


 発端は、午前中の修行中――たまたま使用した付与魔術の威力や持続時間が上がってることに気づいたときだった。「祝福の加護」に派生して、付与系魔術の能力値が上がっていたのだ。

 もともと、石に光を宿したり、腕の力を強化したりと付与系術を失敗したことはなかったが、それは解放前の「祝福の加護」が絡んでいたのかもしれない。


 ならば、話は早い。

「祝福の加護」の前段階として、その他一般的な付与系魔術を会得するのだ。

 通常は付与系魔術を使い、ここぞというときに「祝福の加護」を使う。そうすれば祝福の加護の使い方にも慣れるだろう。


 ということで、いまは「祝福の加護」ではなく、付与系魔術の特訓に励んでいる。


「イーディスの名のもとに、風の素よ、感知の力を剣に宿せ」


 いつものように、人のいる位置を確認する。

 この魔術を発動させておかなければ、もしリリーが近づいてきたとしても気づくのが遅れる。

 以前、夜の修行中に彼女が現れ


「夜更かしは美容の敵! もうお休みくださいませ」


 と、イーディスが寝入るまで監視されたことがある。

 それ以降、こうして感知の術を発動し、人が来るかどうか確認している。こうすれば、彼女が近づいてきたと気づくことができる。一旦、修行をやめ、ベッドに入ればやり過ごすことができるのだ。


 感知の術が剣に宿る。

 刀身に緑色の光が宿り、簡易的な地図の形になった。どこに人がいるのか、一目でわかるようになっている。


「さてと……それじゃあ始めるか……あれ?」


 そのとき、不思議な点に気づいた。

 イーディスを示す点の上に、もう一つ……見知らぬ点が非常に薄く重なっている。


 だから、イーディスは上を向いた。変哲のない天井だ。どこも不審な点はない。しかし、問わずにはいられない。イーディスは静かに問いかけた。


「そこにいるのは、誰?」


 次の瞬間、爆発的に殺気が膨れ上がる。

 ほぼ同時に、何か鋭いものが急激な速度で落下して来る。


 イーディスの脳天を目指して。








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