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17話

 

「もらった――ッ!!」


 イーディスが剣を振り下ろした。

 紫色の粒子を帯びた剣は、神官の脳天を直撃する。そして、そのまま――剣は神官の頭をすり抜けた。イーディスは失敗したと直感する。しかし、次の瞬間だった。


「ぐ、ぐわぁあああああ!!」


 神官は頭を押さえながら、悲痛の叫びを上げ始めた。悲鳴は空高くまで突き刺さり、訓練場に木霊する。イーディスの目には、神官の身体全身を覆っていた黒い靄が薄くなっていくのが映った。この機を逃すわけにはいかない。イーディスはそのままゆっくり、頭から胸、股にかけて神官の身体に剣を通過させようとした。


「く、くそ――、聖女の、小娘が!!!」


 しかし、剣が神官の背中に差しかかった途端、大量の黒い靄が噴出した。まるで、壊れた住処から命からがら逃げるかのように、黒い靄は空へと昇っていく。


「――ッ、待て!!」


 空まで逃げられたら、イーディスに倒す術はない。祝福の加護の詠唱を工夫すれば閉じ込めることはできるかもしれないが、生憎、どのように詠唱をすればいいのか思いつきもしなかった。


「ウォルター・ピルスナーの名のもとに!」


 ところが、靄は空高くまで飛び去って行くことはできなかった。


「土の素よ、悪霊を縛り付けろ! 決して逃がすな!!」


 ウォルターの詠唱が空を貫いた。詠唱と同時に地面から銀の鎖がつきだしてくる。鎖はまっすぐ靄の行く手を塞ぎ、そのまま拘束する。靄は鎖の隙間から抜け出そうとしたが、銀の光に弾かれて逃げることができない。そのまますべての靄が拘束され、再び地面に落ちた。


「ちくしょう」


 黒い靄は完全に拘束されてしまった。

 少しずつ靄は人の形を作っていく。イーディスは神官の身体から剣を引き抜くと、そちらに切っ先を向けた。


「あなたは……誰?」


 靄から現れたのは、あきらかに魔族だった。

 額に浮かぶ複雑な刺青、幾重にも巻かれた角――。あきらかに魔族以外の何者でもない。


「どうして、神官様の身体に憑いていたの?」


 イーディスは横目で神官を見た。靄が身体から完全に抜け出だしたことにより、白目をむいたまま、崩れるように地面に倒れてしまっていた。足元の草が微妙に揺れていることから考えるに、単に意識を失っているだけだろう。


「誰が答えるか、小娘め!」

「潜入捜査って奴だろ?」


 いつの間にか、ウォルターが近づいてきていた。鎖を維持するためなのか、魔族に右掌を向けている。


「へっ、誰が――」

「答えないなら、もっと締め付けるまでだ」


 ウォルターは掌を少しずつ握りしめていく。すると、銀の鎖は輝き、ウォルターの手に合わせるように縛り上げていく。魔族は首を抑えると、苦悶の表情を浮かべた。


「……く、苦しい……ッ!」

「イーディス、この鎖に『祝福の加護』を付与することはできるか?」

「できます。すぐにやりましょうか?」

「や、やめろ! わ、わかった! 話す、話す!!」


 魔族は命からがら声を絞り出した。

 祝福の加護を付与されたが最後、息苦しさに加えて「魔の払い」を受けることになる。それは、きっと悶絶するほどの痛みに違いない。


「潜入だよ、敵情潜入調査だ!」

「潜入調査?」

「そうだ! 城で有能そうな奴を篭絡して、必要な情報を集めるッ! ここに来たのも、その一環だ! 聖女の力を図り、削ぎ落すためだ!」


 だから、神官はここに視察へ訪れた。

 そして、聖女の首飾りを奪おうとした。


「なるほどな。首飾りさえ奪ってしまえば、聖女本来の力を発揮できない。

 だが、妙だ。てめぇ単独で考えて実行したとは思えねぇ」


 ウォルターは魔族を睨み付ける。


「主人は誰だ?」

「主人? そんなもん決まってるだろ? 俺たちの主人は一人だけだ。そう、魔――うッ!!」


 しかし、魔族が主人について話そうとした途端だった。突然、呻き始める。拘束も強めていない。祝福の加護もしていないのに、だ。


「う、うがああああ!! あ、頭が、われ、割れる―――ッ!!」

「イーディス! なにかしたか!?」

「な、なにもしていません!!」


 まったく理由は分からない。本当に唐突だった。魔族は悶え苦しんでいる。目から血が流れ、白目は空を向いていた。口から泡が噴出してくる。


「お、お許しを! ――ぐ、あああ!!!」


 首が不自然な方向へ急激に曲がると、そのまま折れた。

 魔族は完全に沈黙した。


「……死んだ?」

「……ああ、死んでる」


 魔族の全身から力が抜けている。

 イーディスは、その姿を呆然と見ることしかできない。魔王討伐の旅を思い返してみても、このような様子で死んだ魔族はいなかったはずだ。


「どうなってんだ?」


 現状を異様に感じたのは、イーディスだけでなかったらしい。

 ウォルターも表情こそ平然を装っているが、声に驚きの色が混じっていた。


「魔って言ってたな、最後」

「俺たちの主人は一人だけだ、とも言っていましたね」


 ウォルターが指を鳴らすと、鎖が消えていった。イーディスも剣にかけていた付与を解く。すると、たまりたまっていた疲労が波のように押し寄せてきた。身体全身から力が抜けていく。イーディスはその場に座り込んでしまった。


「……ま、口封じされたって考えるのが無難だろ。

 おい、そいつを客間に連れて行け。目覚め次第、事情を吐かせるぞ」


 ウォルターは近くの騎士を呼ぶと、神官を連れて行くように命じた。

 神官の意識はまだ戻らない。騎士が抱え上げると、神官の手はだらりと地面に伸びた。


「お前もご苦労だったな、イーディス」


 ウォルターは頭を撫でてきた。先ほどまでの険しい表情はなくなり、口元に笑みを浮かべている。


「祝福の加護を使いだしたときは、どうしたんだ?って思ったが……いい戦いだったぜ!」

「ありがとうございます」

「よし、まずは休め。疲れてるだろ?」

「は、はい!」


 しかし、返事はするものの、動くことはできない。

 あの神官ほどではないが、祝福の加護を使った影響だろうか。気を失うほどにはいかないにしろ、完全に力が抜けてしまっていた。足腰が立たない。なんとか剣を杖代わりに立ち上がったが、一歩、二歩進んだだけで足元がよろけてしまった。そのまま、地面に倒れ込んでしまいそうになる。

 だが、地面には倒れ込まなかった。痛いくらい力強く、なにかに引き寄せられたからだ。


「まったく、歩けねぇならさっさと言いやがれ」


 気がつけば、ウォルターの腕の中に倒れ込んでしまっていた。


「屋敷に戻るついでだ。送ってやる」


 たくましく硬い腕、そして、心の鼓動を強く感じる。イーディスはなんだか無性に恥ずかしくなってしまった。顔に体中の熱が集まってきたかのように感じる。


「お、おります! おりますから!!」

「立てねぇのによく言うぜ。おとなしくしてろっての」


 彼はイーディスの恥ずかしさなど露ほどにも気づいていないのだろう。そのまま顔を背後に向けると、待機していた騎士たちに指示を飛ばした。


「……ってことだ。お前たちは、休憩終わりだ。さっさと修練に戻りやがれ!」

「えーっ!? ずるいですよ、ウォルター様だけ!」

「俺たち、もっと休みたいです!!」

「ごたごた言うな!! あとで、オレも戻ってくる! それまで腕立て100回だ!」


 騎士たちの文句を背中に感じる。そう言いながらも、律儀に腕立てをやり始めることから考えるに、彼は意外と慕われているのかもしれない。


「ほら、寝ろ。運んでやるから。加護とやらを使って、疲れてんだろ?」


 恥ずかしくて寝れるわけがない。

 そう感じたのは、イーディスの心だけだったらしい。祝福の加護を使ったこともあるが、神官との戦いと魔族の出現で、もう精神的にも疲れ果てていた。


 瞼が重い。


 気がつくと、イーディスはウォルターの腕の中で意識を手放していた。



 そしてーー







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