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14話


 ピルスナー辺境伯の鍛錬場では、その日も怒声が木霊していた。

 辺境伯領の騎士たちの大半は、国境警備に命を懸けている。騎士たちの半数は国境警備の任につき、残りの半数は辺境伯の屋敷や辺境伯領の至るところに配属されるのだ。

 いずれ来る国境警備の任につく、その日まで。


 だから、騎士たちは常に鍛錬を欠かさない。

 今日この日も、彼らは掛け声とともに剣、槍といった己の武器を振り下ろす。その都度、綺麗に切りそろえられた芝生が風圧で揺れていた。


 誰もが鍛錬に励む中、その一角に異色を放つ存在がいた。

 イーディス・ワーグナーだ。若干短めな銀髪を揺らしながら、複数の騎士を捌いている。手には木造の剣を握りしめ、騎士たちに立ち向かっていた。


「――ッ、まだまだ!!!」


 イーディスは既に満身創痍だった。

 肩で息をし、身体中は泥まみれ。身体中に打撲傷や擦り傷を作っていた。正直、もう足は動かない。だが――


「イーディスの名において」


 イーディスは歯を食いしばると、左手をさっと自分の足に当てた。


「祝福の加護よ、我の足に宿り疲れを払い――」

「なにやってんだ、馬鹿!」


 最後まで詠唱を言い終える前に、拳骨が降って来た。


「――ッ痛い、なにをするんですか!」


 イーディスが涙目で顔を上げると、そこには呆れ顔のウォルターが立っている。


「祝福の加護は、オレとの修業以外では使うなっていっただろ!」

「でも……」

「でも、でもなんでもねぇ! 肝心の午後に『疲れて動けません』じゃ、まったく話にならねぇだろうが!」


 ウォルターは額に筋を浮かべながら怒鳴った。イーディスは頭を抱えながら小さな声で謝った。


「本当に分かってんのか?……まあいい、ほら拭け」


 ウォルターはタオルを投げてよこした。


「ありがとうございます」

「礼はいらねぇよ。お前は必要以上に修行しすぎだ。

 ……拭きながらついてこい、大事な話がある」


 洞窟遭難事件から一週間後。

 イーディスの日常は少し変わり始めていた。

 午前中は今まで通り、訓練中の騎士たちに混ざり、一緒に組み手をしたり、剣や魔術を競ったりする。嫌ではない。むしろ、身体を動かしていた方が気がまぎれる。それに、倒せる騎士の数が増加すると、自分が強くなったことを実感できるので嬉しい。


 本当に神とやらは底意地が悪い。

 

 タオルで汗を拭きながら、胸元の首飾りに視線を向けた。

 もし、旅の序盤でこのくらいの力があれば、もっと話は変わっていたかもしれないのに。正直、神に問いただしたいところだが、あれ以来、神は出てくることはなく、首飾りが光り出すこともなかった。

 神とやらが干渉してくるのであれば、もっと早い段階で色々教えてもらいたかった。


「いいか、お前の『祝福の加護』って奴は、何度も連発していいもんじゃねぇ」


 そんなことを考えていると、ウォルターは前を歩きながら話しかけてきた。少し急いでいるのか、いつもより若干早足である。


「付与魔術に近いもんだってことは分かったがな、普通の付与魔術よりずっと得られる利益が多い分、反動がでかいって分かってるだろ?」

「……はい」

 

 イーディスは首飾りに目を落としたまま、タオルのヘリを握りしめた。

 

 連日の午後、ウォルターといろいろ実験してみた結果、どうやらこの「祝福の加護」とやらは、「払い」の意味が強いらしい。

 たとえば、先日のように「魔族を払う力」を剣の刀身に付与させれば魔族を払うことができる。先ほどやろうとしたように、「足の疲れを払う力」を自分の足に付与させれば、疲れが払われ、また最初の時のように元気いっぱいに活動することができる。


 それを下級魔術を行う程度の魔力を練り込んだだけで発動できるのだから、つい使用してみたくなってしまう。


 だが、この「祝福の加護」には大きな欠点が2点ある。

 まず1点目は、使用したあと、物凄く疲れるということだ。 

 使用後、身体から魔力や体力をごっそり吸い上げられる感覚になる。最初に使ったときなど、その感覚に耐えきれず、気を失ってしまうほどだ。あれ以来、使う量や練り込む魔力を制限して使っているが、やはり身体に馴染まないのか、それとも単なる体力不足なのか、しばらく座り込んでしまう。


 2点目は圧倒的な攻撃力不足だ。

 疲労や眠気などは、一時的に払うことができる。

 だが、問題は力だ。

 

 なにせ、この払いの術は()()()()()()()()()()。 

  

 人間を払うことはできず、かといって、「魔を払う」状態で騎士たちと戦ったが、相手を傷つけることは絶対にできなかった。かすり傷一つも負わせることができず、刀身が騎士の身体をすり抜けてしまうのである。

 魔族相手なら絶対的な強さを誇っているが、人間相手ではあまり使えない。 


 疲労も眠気も払っても一時的。

 副作用のせいで、払った以上の疲労や眠気が襲ってくる。

 しかも、人間相手にはあまり使えない。


 正直、よく考えてから使わないといけない力である。


「で、そのことを伝えるために呼んだんですか?」


 太陽の位置に目を向けるが、まだ頂点にさしかかっていない。

 昼食には早いし、いったいどうしたのだろうか。イーディスが内心、首を傾げていると、ウォルターは頭を掻いた。


「いや、数日前に神官の野郎が来るって話はしただろ?」

「はい、エドワード様が来るって話でしたよね」


 その話を聞いたとき、「なぜ?」と思ったものだ。  

 彼はクリスティーヌに夢中で、イーディスのことなど義務的にしか考えていないはずなのに、どうして会いに来るのだろうか、と。

 だが、どうやら辺境伯領の神殿を視察するために訪れるらしく、そのついでにイーディスの様子を見に来るだけなのだそうだ。その話を聞いて、イーディスは少しだけ安堵した。

 エドワード・バドワイザー。 

 彼は苦手である。なにしろ、アキレスに別れを告げる暇もないまま、イーディスを本神殿まで拉致した張本人だからだ。もし、あそこで彼が「しばらく戻ってこないから、別れの言葉をいってきなさい」など時間を与えてくれたら、ここまで後悔はしなかったはずだ。

 

 それはそれで、「必ず帰る」という約束を果たせずに後悔する可能性があるわけだが。


「あー、その神官だが……」

「どうしたのですか、その姿は」


 ウォルターが先の言葉を言い切る前に、どこか人を馬鹿にしたような声が聞こえてくる。


「服も色気がなく、泥だらけではありませんか。ところどころ破れているようですし、傷まで負っていますね。ピルスナー辺境伯領では、このような姿が流行しているのでしょうか」


 屋敷の入り口に、誰かが立っている。

 心臓の鼓動がが嫌になるくらい大きく聞こえる。イーディスは衝動的に首飾りを割れそうなくらい強く握りしめた。


「んなわけないだろ。つーか、事前に決めた日時くらい守って欲しいですよ、神官様。こっちにだって、準備ってもんがある」

「それでは視察の意味がないでしょう」


 ウォルターが苛立ちを含んだ声色で言い放つが、神官はどこ吹く風だ。彼の怒りをあまり気にしている素振りはなく、その無表情な視線はまっすぐイーディスに向けられていた。


「久しぶりですね、六代目聖女 イーディス・ワーグナー」


 清潔な白い神官服に身を包んだ童顔の少年――。見間違えるはずもない。


「いいえ、いまはピルスナー辺境伯夫人でしたか。相変わらずで何よりです」


 玄関に立っていたのは、魔王討伐の仲間(メンバー)にて、最年少で本神殿幹部の座を射止め、精霊に愛された天才児――エドワード・バドワイザーその人だった。





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