冒険者クルト 2
「おいおいまじかよ。このダンジョン、この先ずっと真っ暗じゃねぇか。」
岩でできた入り口をちょっと進むと壁の作りが変わり、その両側の壁には松明が置いてあった。
ゾルティが言った通り、松明が照らしている場所より先は真っ暗のようだ。
「クッポの魔法で周りを照らしながら進むとしたらどんくらい魔力は持つ?」
「そうだね〜。明るさにもよるけど、松明と同じ明るさなら2、3時間かな。もうすこし明かりを抑えれば4時間は持つと思うよ。」
クッポの得意な魔法は支援系が多く、戦闘中は前衛の俺とソティアに補助魔法でバフをかけるのが基本だ。それに加え使い手の少ない回復魔法も使えるので、多少の傷は直してくれる。ただ今回は最悪の場合、クッポに周りを照らしてもらうことになるので魔力は温存した方がいいだろう。
そう考えると深追いは禁物だな。
「わかった。それじゃあ、クッポは前衛の俺とソティアが敵に苦戦するまでは補助魔法は使わず、魔力を温存しておいてくれ。」
「了解〜。それじゃあ僕は松明で後ろからみんなを照らしてるね。」
「なんだよ。クッポのくせに今日は気がきくじゃねぇか。ほらよ。二本しかねぇんだくれぐれも松明を落としたりするんじゃねーぞ。」
盗賊のゾルティは壁に掛かっていた松明の一本をクッポに投げ渡し、片手にもう一方の松明を取ると罠の有無を確認しながら進み始めた。
先頭を行くゾルティの後ろに二人並びで俺とソティア、そしてトンカンとクッポが続き、ダンジョンを進んでいった。
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だいたい1時間ほど進んだだろうか。それなのに時折ゾルティが罠を見つけるだけで、今のところ特に何も起きていない。相変わらず真っ暗なこの道は四角い形をしたトンネルで、分かれ道や上り坂、下り坂が繰り返されるだけだ。
「なんなんだ。このダンジョンは!宝の1つどころか魔物一匹出てこねぇじゃねぇか。それに道も変わらねぇしホント勘弁してくれよ。」
「そうでゲスな。おいらもそろそろ戦いたいでゲス。」
「そうね。私も正直、飽きてきたわね。もしかしてここってダンジョンじゃないのかもって思えてきたわ。」
みんな口々に文句を吐きだし始めた。もちろん俺もそろそろ飽きてきた。もう少し行って何もなければ引き返すべきかもしれないな。
そんなことを思いながら進んで行くと、ダンジョンに来て初めて俺のスキル【気配探知Lv3】が反応を示した。
俺のスキル【気配探知Lv3】はだいたい半径1kmくらいの半円上の範囲に入った気配を探知できるというものだ。これは冒険者にとってはとても嬉しいスキルで、狩りや野営で重宝する。ただ問題点はLvが低いのもあり、あくまで何かが範囲に入ったことしか探知できず、具体的な特徴や数などは把握できないことだ。
「おっと。ようやく魔物のお出ましのようだ。みんな気を引き締めろよ!」
そうみんなに向けて俺がリーダーぽく注意を促したその時だ。
ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ
前方から何かを擦り合わせているような音がものすごいスピードで近ずいてきた。
「おいクッポ!明かり魔法を使ってくれ!松明の光じゃ急な攻撃に反応できねぇ!」
「了解!ちょっと眩しいかもだけど我慢し、、カハッッ。く、、くる、し。たす、、て。」
クッポが苦しみだしたのは、ギュンッというという糸が張るような音が聞こえた瞬間だった。
すぐさま俺は後ろに振り向き、クッポを確認しようとした。だか目に入ったのは尻餅をついて上を見上げているトンカンとその足元に落ちた松明だけでそこにクッポはいない。
「違う!クルト上だ!!」
叫び声をあげ、ゾルティが松明を上に掲げた。
そこには全長1mほどの見たこともない蜘蛛の魔物が天井に張り付いていた。その蜘蛛の魔物の口から吐き出された糸はクッポの首に巻きつき130cmくらいの小柄な体型のクッポを天井まで吊り上げていた。
「クッポ!!!俺の仲間を離せ!!!」
スキルの反応も無かったのにどういうことだと思いつつ、俺は地面を蹴って天井にまで跳躍し、右手の片手剣で切りかかった。しかし蜘蛛の魔物は即座にクッポの首に巻き付いた糸を切り離して右の壁に飛び移った。
糸から解放され、力なく天井から落ちたクッポをトンカンが受け止める。
「おい!クッポ!眼を覚ますでゲス!こんなところで死んじゃダメでゲス!!」
糸の切れた人形のように力ないクッポの肩をトンカンが揺らす。蜘蛛の魔物を警戒しながらトンカンに近寄ったその時、今度はソティアが叫んだ。
「来るな!!来るな!!!いやっ!やめて!いやーーーっっっ!!!」
「なんなんだよ!来るんじゃねえええ!おいクルト!早くこっちを助けろよおお!!!」
ゾルティが松明の振り回し、もう一方の手で体についた何かを振り払っている。
揺れる明かりで辛うじてしか見えないがソティアはスピアを抜くことも無く、ゾルティと同じように自分の体につく何かを懸命に振り払おうとしている。
どうすればいい。
今まで何もなく油断してしまっていたのか状況の変化に思考が追いつかない。
トンカンを守るため蜘蛛の魔物と戦うべきか、それともソティアとゾルティの元に駆けつけるべきか、その迷いが俺の動きを止めてしまった。そんな時、
「、、、ラ、イ、、と。」
とてもか細い小さな声で、息も絶え絶えクッポがそう囁いた。
クッポが唱えたその魔法は、クッポの全魔力を吸い取ったかのように、生活魔法のレベルを大きく逸脱した光量でダンジョンを照らし上げた。そのあまりの眩しさに俺は目をつぶる。
すこし経ってやっと目を開けた俺は、その光が希望の光などではなく、酷く無慈悲な光であったことを痛感する。
目の前にいたはずのトンカンはいつの間にか頭部を蜘蛛の魔物に食い千切られ、すでに首から上を失ったその身体は俺の足元に転がっていた。
ゾルティは松明の炎で自分に群がる魔物達を焼き払おうとしたのか身体中ひどく焼き爛れていた。そんなゾルティは俺らに目も向けず来た道を走り去っていた。
ついさっきまで明るい笑顔を浮かべていたソティアには、大量の黒い魔物が群がっている。その可愛らしかった顔と細く柔らかかった四肢は所構わず貪られ、すでにその面影は残っていない。そして魔物達の隙間からは時折ソティアの悲痛の声が漏れるのが聞こえるが、あまりに凄惨なその光景に足が竦み動けなかった。
まさに俺が目にしているのは地獄だった。クッポがダンジョンを照らさなければこんな地獄見ずに済んだのに。どうしてもそう考えてしまい、憎いとすら思ってしまう。
ただどんなにクッポを憎んでも現実は変わることはなく、目の前の魔物達は次はお前だと告げるような目でこちらを見ていた。
地面にはソティアに群がっているのと同じ黒い昆虫の魔物が何百匹もひしめき合い、天井にはさっきまで戦っていた蜘蛛の魔物が何匹も張り付いていた。
仲間達が一矢も報いることもなく死んでいく姿を見ていることしかできない無力感と絶望が俺の心を壊すのは容易で、もう抵抗する気力など俺には残っていない。
あぁ俺も死ぬのか。こんなダンジョン来るんじゃなかったな。
そんなことを思ったのを最後に、俺の意識はなくなった。