チート能力で異世界ハーレムを作りたい(願望)
異世界転生を否定するわけじゃないけど、最近のなろう主人公には身に余る力への葛藤とか、精神的な強さを得る為のプロセスとかカタルシスとか色々足りねえよなあ。
そう思った作者が「俺はこういうのが読みたいんだよ!」という偏見をぶちまけた作品です。
少年がいた。特別なものを夢見て、まだ諦められない少年が。
彼は幼い頃に英雄を夢見ていた。夢見れば、夢が叶うと思っていた。
そうじゃないと気づき、夢見ながらも、所詮は夢なのだと心の底では思い始めていた。
彼が高校生となった夏の日。何かを成し遂げる気力も湧かないまま、日々をのんべんだらりと過ごしていた時だった。
大通りの交差点。何をするでもなくぶらついていた正午。
わぁ、と空気のざわめきを聞いた気がした。
少なくとも自分には関係がないと、無視を決め込んでもよかった。
直後、ざわめきは大きな悲鳴に変わった。
本能が危険を確認しようと、声の方向に視線を向ける。車だ。
人混みを跳ね飛ばしながら走る車だった。
状況は読み込めず、されど危険が迫ってくる事だけは理解して、他人と同じように車から遠ざかるように背を向ける。
混乱した人の津波をかき分けようとして、背中を押されたのか、それとも脚を引っ掛けたのか解らないまま転んだ。
痛みが連鎖する。誰かの脚が、手が、無造作に、無差別に身体を打った。
抜け出そうともがいても、また誰かにぶつかって転ぶ。焦って動きが震える。また転ぶ。
涙が出て来た。何でこんな目に遭うんだ。そう思いながら立ち上がろうとして、気づいた。
転んで低くなった視界に、自分より幼い子供が、同じように蹲っていた。
チート身体能力。神はそれを叶えた。
巌の如き体格に、獣の様な筋の柔らかさ。そして、一度拳を握れば砕けぬ物は無いと言わんばかりの金剛力。
ただの高校生には過ぎた力だ。彼は己の姿を見て、自分が深い思い違いをしていたのだと気付いた。
そも、他力本願で事を成し。自らの浅ましき欲望の為に他人を害そうなどと、不届き千万。
それが社会に寄生した小悪党相手であっても、安いヒロイズムを満たす為、自分本位に暴力を振るって良しとする道理が何処にあろうか。
しかし、その程度の低い謀は、彼自身の思慮の浅さによって頓挫した。
鏡に映る益荒男は、何処をどう見ても悪人ヅラだ。
傍若無人に悪業悪果を振り撒いて、酒池肉林の粋の果て、何処ぞの勇士に討たれて終わるような風貌である。
佇まいと面構えだけで人を殺しそうだ。これに剣の一つを持てば、余りの武威に警邏が黙って見過ごすまい。
まして、彼が思い描く、美少女とのハーレムなど夢のまた夢である。
こんな姿で平穏無事な異世界生活など送れるはずがない。そうと気付いた彼は頭を抱え唸り声を漏らした。
その様が、余人にあっては堪え難い苦痛に悶える猛獣のように映るのだった。
異世界に降り立った男は、早速途方に暮れてしまった。
こんな筈ではなかったと、心の内で男が言い訳を始めていた。
そんな事は御構い無しに、男自ら望み、神々が結んだ戦乱の因果がやって来た。
怪物の名はレッサードラゴン。本来人の生活圏に姿を見せる事のない野生の竜種である。
縄張りに足を踏み入れば、或いは狩の標的にでもならない限り、人が襲われる事はない。
辺境の怪物退治を生業とする者にとっては、知らぬが間抜けの誹りを受ける常識だ。
しかし、長らく村を拠点として活動していた冒険者は、己の常識外の状景を目の当たりにしていた。
人の営みを、いつものように繰り返していた村のど真ん中で、人を超越する怪物が散々に暴れ回っている。
悲鳴を掻き消す獣声と、建物が吹き飛ぶ轟音が絶え間無く響き渡る。
それが危機であると認識した者から動き出すが、何の準備もなく竜種を相手取るのは至難の業であった。
何とか気を引こうと矢を射かける者も居たが、人や建物が遮蔽となり、結局 レッサードラゴンが更に暴れるだけとなった。
圧倒的な暴力に寄る奇襲に為す術がないまま、蹂躙の限りを受けるしかないと思われたときだ。
一人の巨漢が、ドラゴンの前に立ち塞がった。
自分に出来る事は何だ。
剣など握ったことが無い。それどころか、喧嘩だってしたことも無い。
妄想の中でだけヒーローで、頭の中では嫌な奴らをボコボコに叩きのめして、誰もが自分に賞賛を送っていた。
こうして自らの足で、進んで危険地帯に乗り込む勇気なんて、カケラも無いくせに粋がってばかりだ。
今だからこそ解る。危険に曝されるって、凄く痛いかもしれないって、死ぬかもしれないなんて、とんでもなく恐ろしいんだ。
心の底では、子供の絵空事と馬鹿にしていたヒーロー達は、本当に偉大だったのだ。
恐竜みたいな爬虫類が此方をジロリと見ていた。身体の芯が縮み上がる。漏らしそうだ。
何の策も無いままに、ただ何となく逃げたくなくてここまで来てしまった事を後悔した。
なんて馬鹿だったんだ。出来るなら逃げてしまいたい。此の期に及んで、全てが手遅れだと気付いて置きながら、それでも逃げ道を探そうとする自分に失望した。
そんな感傷をトカゲの恐竜は待ってはくれなかった。
一際大きな咆哮と共に、巨体に似合わぬ勢いを持ってレッサードラゴンが突進する。
躱そうとは思わなかった。
ただ身体が自然と動いた。
小学生のとき、誰が言い出したか、相撲が流行ったことがあった。
体験が咄嗟に構えを造る。腰ダメを低く、腕を伸ばし、全てを受け止めるように抱き着く。
がっぷり四つ。比べることも馬鹿馬鹿しい体積差にも関わらず、その組み合いは実現した。
レッサードラゴンが渾身の力で進もうとするのに合わせ、少年の肉体が盛り上がる。
必死の組み付きを一瞬も緩めないという覚悟があった。
ほんの直前までカケラも湧くことのなかった闘志が、今確かに彼には宿っていた。
それは竜種を受け止めた事による力への過信か。それともここに来て生存本能が働き肝が座ったのか。
彼自身にも解らない。だが、しかし、彼はこの瞬間、ドラゴンに立ち向かうと決めた。
「フッーーーー!」
少年は力を抜き、自らレッサードラゴンとの拮抗を解いた。
一瞬の間。後一秒も経たずに竜の顎門に飲み込まれんとする僅かな時間。
少年の腕が跳ね上がる。
レッサードラゴンの頭蓋が、真っ直ぐ天へ向いた。
勝ち上げ。右肘を掲げた少年が、空かさずレッサードラゴンの犬歯を握った。
そのまま身体ごと巻き込むように、竜をひっくり返した。
帯も無く、体の揺らしも無い。強引で変則的な上手投げであった。
技もクソも無い腕の一振りが、レッサードラゴンを投げ飛ばした。
竜にとっては幼き日の同族とのじゃれ合いより、ついぞ無かった経験だった。